02.統也 - プロローグ -
主要人物2人目、金髪王子のトーヤのプロローグです。
※プロローグは主に説明・紹介。
短か!
俺は、道場で稽古に励んでいる。
今日の稽古は合気道だ。
相手の呼吸、動きを見て、それに対処する。
相手を結び、導き、崩す。
その動きを丁寧に、忠実にこなす。
ときおり、悲鳴のような歓声が聞こえるが、気にしない。
気にしないが……
スッと、静かではあるが、鋭い目つきでその歓声を発した者たちをにらみつける。
しかし、にらみをきかせても、その顔に反省の色は見えなかった。
正直、自分の動きに反応して、いちいちキャーキャー言われるのは迷惑だ。
集中すれば耳に入ってくるわけではないのだが、自分以外にも門下生が来ている。
まじめに取り組んでいる者ばかりなので、こういった騒がしい者は道場に入れたくない。
しかし、入れないと何をするかわからないところがあるので、そういうわけにもいかないのが現状だ。
そして何より、今、莢が見ているだろうことがわかる。
こんな状況は極力莢に見られたくはない。
後でどんな視線を送られるか、想像するだけで頭が痛い。
ここの所、ただでさえ嫌われている節があるのだ。
これ以上嫌われたくはない。
俺には莢の気配を感じる力があり、莢の千里眼でさえも見られていれば、気配を感じることができる。
その能力は、当たり前のようにこの世界に来た時にはもうあった。
それは俺が莢の案内者である所以…。
人にはわからないようそっと溜息をつき、気を取り直し、道場へ一礼をすると退出の準備をし始める。
そんな俺の行動に合わすように、先ほど歓声をあげていた集団の中から1人がさっと立ち上がり、タオルを持って近寄ってきた。
これはいつものことなのだが、別段うれしいというわけでもない。
道久によると、その日来た集団の中で公正なクジの元、俺にタオルを渡す人を決めているらしい。
『そのくらい、誰もがトーヤにタオルを渡したいという意思のあらわれなんだから、受け取るときは笑顔の一つでも見せた方がいいよ。波風立てたくなければね』
そうニコニコしながら助言する親友の過去の言葉に従い、とりあえず、いつも通りその女に微笑みを返す。
『あと、お礼の一言もあげれば、なおオッケー』
「…ありがとう」
女は顔を真っ赤にして固まったようだが、俺は気にせず、受け取ったタオルで汗を拭きながら道場を後にした。
正直、どうして俺に女達が群がるのかよくわからない。
道久に言わせると、そういうことは他人に言わない方がいいらしい。
『リア充死ねって言われるかもね♪』
そういうこともよくわからない。
そもそも人間関係というものが苦手だったりするのだが、そのことに気づいているのは多分、道久くらいだろう。
この世界へ来たときから姉として接してくれている莢でさえ、そのことには気付いていないようで…。
むしろひどく誤解をしている気がする。
莢から悪く思われるのはしょうがないのかもしれない。
そもそも莢は予知ができるので、自分が莢を異世界へ連れて行くことを知っている。
莢が望まなくてもそれは起こるという現実を受け入れるには無理があるだろう。
出会ったころから言葉はわからなくとも、自分に向けられる目に多少の恨みが含まれていることには気づいていた。
莢にどう思われようと、俺は莢を連れて行かなければならない。
それが使命、魂に刻み込まれた世界の意思。
しかし、世界の意思とはいえ、莢によく思われていないことは悲しいことだった。
莢は心に恨みの心があったにしても、それを表に出すこともなく、自分の運命を受け止めているようだった。
莢が未来を受け止め、あの時、俺を見つけてくれなければ今の自分はいない。
使命を全うできるかもわからない。
俺にとって使命を全うできなければ、死を意味するようなものだった。
だから、莢は俺にとっての恩人。
生活や言葉を教えてくれた莢。
感謝しつくせない思いがある……のだが、当の本人、莢にはその思いは伝わっていない。
莢が近づいてきているのを感じる。
この距離だと、おそらく屋敷を出たところだろう。
俺がさぼりをしていると思って、慌ててきたのか。
さぼりはしているつもりはなかった。
毎日の鍛錬はきちんとこなしている。
身体にとって、過多に鍛えても逆に悪いこともある。
その辺の加減も計算して鍛錬をしている。
余った時間は、人との接し方の勉強をしているつもりだった。
道久に言われたのだ。
『トーヤはさ、もっと人について勉強した方がいいよ』
同じ学年の道久とは、四六時中一緒にいると言っても過言ではなかった。
そんな中、俺は年を追うごとに人とのトラブルに巻き込まれることが多くなっていっていた。
それも原因は自分ということなのだから、どうにかしなければと思っていた矢先に言われた言葉だった。
『どうしたらいい?』
その問いに対し後日、道久が何やら周りの友人と話し、そういったトラブルがないよう取り計らってくれた。
そして、今の状態に落ち着いた。
多少面倒であるものの、トラブルが起こることもなくなり安心したわけなのだが、その状態は莢にとってあまりいい印象ではなかったようで、『またさぼったでしょ』と不機嫌そうに言われるようになってしまった。
特に最近の莢は気が立っているのか、過敏になっている節がある。
誤解を解きたくてもどう説明していいのかわからなかったので、莢の居場所を感じ取ることができることをいいことに、のらりくらりと逃げたのも悪かったかもしれない。
周りで何でもできる王子だとか言われているのは知っているが、現実はそうでもないことを知っているのは道久くらいだろうなと苦笑が漏れる。
道場から出てきた女達がそんな自分を見ていたようだ。
視線を女達に移し、笑顔で言った。
「今日は用事があるんだ。悪いけど、ここで失礼するよ」
女達は赤らめた顔を縦に一度ふる。
俺はそのまま裏の井戸へと足を運ぶ。
そこには道久が待っていた。
道久には頼みごとがあったのだ。
「トーヤおつかれー。で?もう行った方がいい?」
察しの良い道久に笑顔で問われ、それに対し俺はうなずく。
「じゃ、またなー」
軽いノリで走り去っていく道久を目で送り、俺はそのまま裏山のある場所へと向かった。
お読み頂きありがとうございます。
次の道久でプロローグ回は終わりです。