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11. 装置ルチレイティ - オウシュ(後)-

オウシュの過去話後編。

途中からサヤと出会ったときに突入。

※ちょっと長いです。

目的地である聖闇球に向かう旅の途中、めんどくさくて俺は少年の姿を取ることにした。

本来の姿であると、女共が寄ってきてしょうがないからだ。


神鬼の里を出て初めに寄った村は人が少なく、俺を見ても恥じらうか失神するくらいで俺に近づくことがなかったのだが、次に寄ったのは大きな町であったので散々な目にあった。


そういえば、町に寄ったのは久しぶりであった。

昔、そう100歳くらいまでは、酒と女と博打と、散々遊び倒した俺である。

いろいろバカをやっているので有名になっており、近づく女も己を知る女ばかりで、割り切って付き合うことができ問題はなかった。


しかし遊びに飽きてからは町などには寄っていない。

むしろ俺の趣向は、術の実験や古書を荒らすこと、後は酒と惰眠へと変わっていた。

なので、専ら里で過ごすことが多くなった。

アヤメが必要なものは揃えてくれていたことも大きいだろう。


だから油断した。

まさか、あんな大事になるとは思わなかった。

考えてみれば、神鬼は長寿の種族。

100歳までで付き合っていた奴らは大概引退してるか死んでいるかだろう。

過去の俺を知っていたとしても、100年近くたって入れば忘れている奴もいるだろう。


それがあんな事態になるとは………


「……チッ」

森を歩きつつ、俺は思い出しことへの嫌悪感で舌打ちしてしまう。


「しようがありませんよ、オウシュ様。見慣れている私でさえ、オウシュ様の美貌には見惚れてしまうことがありますのに、初めて見る方であれば失神すれば良い方でしょう。しかし今回の町は人間族が中心に住まう町。おそらく真に美しい者には見慣れていなかったでしょう。ならば、半狂乱になるような者が多く現れてもおかしくないと思います」

アヤメはさも当たり前だと言う。


じゃあ、先に言っておけ。

俺の後ろにあれほど行列ができるとは思わなかったぞ。

なんだあれは、子供から年老いた者までいたじゃないか。

しまいには女同士で何やら争いをし始める始末。

町は大混乱だ。

まぁ、俺は逃げたので混乱しようがどうなろうが関係ないが、おかげで町でゆっくりできなかった。

久しぶりに酒でも飲もうかと思っていたのに……。


という心の文句は、八つ当たりに近いので飲み込む。

そういう訳で、今後そのようなことが起こらぬよう少年の姿を取った訳だ。


「おい、この姿ならもう大丈夫だろう?」


一般的にこの姿ならバーでギリギリ飲める年齢である。


「………おそらく」

自信なさげに言うアヤメ。


「帰りは寄るぞ。フードでもかぶれば大丈夫だろ」

不機嫌そうに俺は言いきった。


そうこうしているうちに、目的の場所に近づきつつあることを感じていた。


これは……濃いな。


今までになく、その場の闇の気配が濃くなっていた。

女共の半狂乱もこの闇の気配のせいもあるのかもしれない……と思いたい。


町からは大分離れたとはいえ、ここまで濃ければ町にも影響が出てくることもあるだろう。

さて、どうするか。

ここで闇を消しながら行くという手もあるが……めんどくさいな。

多分、大元を叩けばこのあたりも弱まるだろうとわかる。


「一気に行くぞ」


俺はアヤメの言葉を待たずに、駆けるように森を抜けた。

突然の速さにアヤメは対処できなかったようだ。

いつもなら影のように後についてくるはずのアヤメの姿がなかった。


アヤメは神鬼の里第2位の力を持つとはいえ、俺とは雲泥の差だ。

俺の半分にも及ばない。

俺が本気を出してしまうとさすがについてこれないようだ。

とはいえ、歴代の神鬼の長の中でも首位を争うほどの力はあるのだから、一人でもまぁ大丈夫だろう。


森を駆けて深部に近づくごとに闇の気配が濃くなることがわかる。

これはもう…この辺の生きるものはもう闇にのまれてしまっている。


ピリピリと肌を焼くような感覚を感じていた。

これは身体が闇が蝕もうとすることに抵抗している証拠だ。

神鬼は神力の力を持つと同時に身体自体にも闇に抵抗しようする力も持っている。

だから神鬼が闇に落ちることはない……はずだが、この感触は死ぬことはあるかもしれない。

ここまでの闇の濃さには前例がないので断定できない。


少し離れた場所にアヤメがいるのがわかる。

歩を緩めている様子はないので抵抗する力はあるようだが、長居するべきではなさそうだ。


とっとと終わらせよう、そして酒を飲もう。


そうして着いた先は、予想をしていた場所、聖闇球が納められている場所だった。

円を描くように石の柱が7本立ち、その中心に聖闇球が台座の上に浮かんでいる。

しかし本来ほのかに金色に輝くはずの白い球は、真っ黒に染まっていた。

聖闇球はもう闇から光へと変換する能力がなくなり、闇を吸収するばかりの玉となっていたのだ。


俺は息を飲んだ。


これは……


闇に染まった聖闇球の何かしらの意思を感じる。

そして、どうやら俺を敵と認識したようだ。


やばい。


聖闇球から蠢く何かがいる。

そして何かが放たれた。


俺は咄嗟に神力で障壁を作りそれを防いだ。

それはどこまでも深い闇色の獣だった。

形でいえば、オオカミに近いかもしれない。


俺一人なら対処できるが、アヤメでは対処できないだろう。

一度出直さなければいけない。


「オウシュ様!」


アヤメが到着してしまった。

俺は障壁で一度はね返った闇の化け物へ追い打ちに衝撃波を放ち、アヤメの手を引き、元来た道を駆ける。


「一度出直すぞ…」


「!!……ですが!」

自分が足手まといであるということに気付き、アヤメが不服そうに俺の手を振り払う。


生意気な…

振り払われたが、後ろについてきているだけましか。

アヤメは結構プライド高いからな。


「自分のことくらい自分で守れます。オウシュ様戦ってください」


森を駆けながら俺に訴えてくるアヤメに俺は鼻で笑う。


「あれはおまえでは無理だ」


事実無理だろう。

あれは既に意思をを持ち、力を持つ化け物。

それもとてつもない力。


プライドが許さなかったのだろう。

アヤメは小さい頃から俺の専属従者として育てられ、俺の補佐をすることを生きがいにしているような女だ。

それを自分が力になれないばかりか、足手まといになっているという事実。


アヤメはきびすを返すと、闇の化け物の方へと向かっていった。


「…チッ!」


俺はしょうがなしに、アヤメの後を追った。

アヤメはあの化け物を甘く見すぎだ。

個々に対しては確かに対処できるかもしれない。

だが、数がそろえばどうなる……


…こうなるんだよ!


視認できた限りではアヤメは4匹ほど化け物をあっさりと倒したようだ。

だが、それは先行だ。

その後ぞろぞろと化け物が増えていき、あっという間にアヤメを取り囲んだ。

あいつらは元々が闇だ。

おそらく己の意思である程度動き方が決まるんじゃないだろうか。

先行が倒されたことを知ると、一気に動きが加速したと思う。

獲物がいることの喜びに舌なめずりする音が一瞬聞こえた気がした。

俺は苛立ちを抑え、闇の化け物に向かって衝撃波を放つ。


アヤメを逃がすべく道を作る為に打った衝撃波は確かに道を作ったが、それもすぐにふさがれてしまう。

一瞬見えたアヤメは対処はまだできているようだが、こちらに来る余裕がないようだった。


「チッ」


今日何度目かの舌打ちをし、俺は最大限の神力を己に溜め、そしてそれを自分の周りに結界を張った。

この結界に触れば、闇の化け物消え失せる。

体力の消費が激しいので余り使用したくない技だったが仕方がない。

俺はそのままアヤメの元へと突っ込んだ。


「…オウシュ様!」


俺を視認したアヤメが叫び、俺の手を掴む。


「阿呆が」


俺はアヤメを抱え込み、その場から飛んだ。

そして一度神力結界を解き、化け物から距離を置くために全力で駆ける。


俺の全力はかなりの距離を稼いだ。

しかし俺達を完全に敵・獲物と認識した奴らはすぐに追ってくるだろう。

このまま奴らを引き連れていくわけにはいかない。

あんなのを町へやったら、考えるだけでも恐ろしい。

神力も持たないものなど一溜りもない。

地獄絵図になりそうだ。


俺は昔バカをやってはいたが、基本、平和主義者だ。


とりあえず、アヤメを化け物から大分距離を取った場所に置く。

アヤメを見ると、その身体は化け物に何か所か咬まれたような跡がある。

そしてその部位から肌が黒くなり始めている。


「とりあえず、ここで待っていろ」


俺はそう言い捨て、また地を駆けた。

今度は闇の化け物どものところへ。


アヤメも獲物と認識されてるはずだから、アヤメの方に行かないようまずは俺があいつらを引っ掻き回し、俺に注目させる。

そこで一網打尽にしよう。


しかし、面倒臭いことになった。

ちょっと調査して帰るつもりだったのだが……。

まぁ、多少の闇は払うくらいは想定内だったが、闇が化け物化しているとか止めてほしい。

このまま案内者トーリヤータと救世主が来なければ、世界は闇の化け物の滅ぼされるのだろうな。

さすがにそうなったら俺ではもう対処できないぞ。


俺はそんなことを考えつつ化け物と対面した。


******************


闇の化け物どもは、幸いにして阿呆だった。

いや、阿呆というか本能が強いのだろう。


簡単に俺の誘導に引っ掛かってくれている。

ついでに俺は弱ってますよー手負いですよー的な演技をしたら、更に乗ってきたようだ。

阿呆だ。


しかし阿呆で助かった。

アヤメのことはすっかり忘れたようだったから。


さて、そろそろ反撃をするか……

と攻撃耐性をしたときだった。


突然、俺の目の前の化け物が飛散した。

それも闇が飛散した際に光が舞う。

そう、それは闇から光へ代わったかのように……。


…!?

神力とは違う力…これは。


そして化け物が消えた場所から現れる袴姿の黒髪の少女。

少女はそのまま必死な表情で俺を包み込む。

そして次には、清々しい風のような、心に響く音のような、何かが爆発した。


俺は少女で見えなかったが感触でわかる、辺り一帯のすべての闇が光に変わったことを。


この力、明らかにこの少女が救世主だろうということがわかる。

しかし案内者トーリヤータがいない。

どうして一人なのか。

事故でもありはぐれたのか。

俺の中で疑問が飛び交う中、俺を包んでいた少女の身体が少し離れる。

すると、心底こちらを気遣う少女の顔が目の前にあった。


少女は美しかった。

俺が過去の映像で見た闇の女神ティア・マティヤを彷彿とさせる。

他の救世主も何十人と見てきたが、ここまで似通った者はいなかった。

しかし女神に似ていると思ったのは、雰囲気なのだと気付く。

ところどころ異なる。

華奢で小柄な体系、大きな目は変わらないものの、女神よりも少し釣り目で鼻はそれほど高くない。

女神の肌は陶磁器のような白さであったが、少女は健康的な色白。

今は急いで来たのかその頬をほんのり赤く染め、少し潤んだような黒い瞳が心配そうに俺見つめている。

そう、瞳の色が違う。

女神は金色だった。


正直、俺は少女に見惚れていたようだ。


なんだこの感覚は。


「どこか痛みはない?大丈夫?」


少女の声はとても澄んでいて、俺の心を洗い流すかのように心地良い。


いや、待て、約200歳も生きている俺が、こんな小娘にときめいてどうする。

冷静な俺の一部が叱咤し、我に返った。


「俺は大丈夫だ。……しかし…」


多分、この少女は俺を勘違いしている。

俺の現在の見た目の年齢は、せいぜいこの少女と同じくらいに見えるだろう。

加えて、闇の化け物どもに目暗ましをする為に神力等の力は全て抑えている。

少女から見た俺は、手負いの少年に見えるだろう。


ならば、救世主としての力試させてもらおう。


「俺は大丈夫だ。……しかし…」

俺はわざとらしく、目を伏せる。

そして次には懇願するような瞳で、再度少女を見つめる(アヤメが見たら吹き出していそうだ)。


「すまない、俺はもう力がない。だが、おまえなら…」


お願いしたい、でもそんな危険なのに……的な性格良さそうな少年を演じてみる。


「どっちにいるの?」


少女の決断は早かった。

俺が言う前に、この場所ではないどこかに誰かの気配を感じていたのだろう。


この女できるな…

ちょっと真っすぐ過ぎだが、力はかなりある。

ただまだ不安定だが…


そう考えを巡らせながら、俺はアヤメのいる方角に目を向けた。


それだけで少女は察したようだ。

しばらく、その方角を見つめていたかと思うと、

「大丈夫。生きてる」

とつぶやいた。


ほう、そんなこともわかるか。

目にも力があるのか…


と、もう少し少女を観察しようかと思えば、少女は風を起こし、その場から消えた。

いや、実際は風を身にまとい森を駆けぬけていった訳だが、尋常ではない速さだ。


思わず声がもれた。


「すごいな……」


多分、この言葉も聞こえていそうだ。


救世主だけあって、いろいろ規格外みたいだ。

俺も規格外なんて言われているが、そんなもの比較できないほど…。

ただ、力が安定していない。

俺は力の使い方がわかっている分、あの少女とやりあったとしたら、俺の方が互角かそれ以上か。


少女の不安定に加えて、案内者の不在。


少女の現状としては“この世界に来たばかり、そして何らかの原因で案内者と別行動している”が有力か。


もっと以前に現れていたのなら、この少女の行動を考えるに噂などの情報から俺の部下から何かしらの報告を受けるはずだ。

少女の行動は、突然身も知らない男(まぁ今は少年の姿だが…)を一生懸命に助けようとしていた。

おそらく何かに直面したとき、その人が困っていたら迷いなく助けるのだろう。

そんな行動をしていたら目立つはず。

現在は、魔物が狂暴化していたりしているからそんな局面にはすぐに出くわしそうだしな。


それがないと考えれば、やはり“来たばかり”なのだろうと思う。


……ったく、案内者は何をやっている。

通例よりも来るのが遅すぎただけでなく、救世主の傍にさえいない。


俺を見つめていたあの潤んだ瞳の少女の顔が思い浮かんでくる。

どこまでも真っすぐで、清らかで、そして慈愛にあふれていた。

しっかりしていそうで、どこか危なっかしい。


どうしてだろう。

あの少女を思い浮かべるだけで、胸が熱くなるようだ。

先ほど自分の意図でアヤメの元へ送り出してばかりだというのに、すぐにでもあの少女の元へ駆けつけたい衝動に駆られる。

目の届く場所にいないことがこんなにも不安だ。


なんだこれは…。


心の臓から溢れて出るような熱い感情に戸惑いが隠せない。

妙な興奮に多分、顔には赤みがさしているだろう。


少女は時機にアヤメを治し、連れて戻ってくるだろう。

それまでには冷静な自分に戻らないと…。


約200年生きていて初めて感じる感情に俺は振り回される。

しばらく俺はこの感情とひたすら格闘することになった。



格闘した結果……



降参だ。

俺はあの名前も知らない少女に惚れている。

自分でも阿呆ではないかと思う。

意味がわからない。


ひと目惚れというやつになるんだろうが………


正直、あの少女よりももっと色気溢れる美女と、それこそ何十人と遊んでいる。

中には清楚系も愉快系もいた。

だが、どんな者にもこんな感情を抱いたことはない。

その場限りの遊びでしかなく、長くは続かない。


神鬼の魔石で女神ティア・マティヤを見た影響かと考えたがそれも違うらしい。

まぁ女神に興味があった分、若干の影響はあるかもしれないが……感情はよくわからないから断定はしない。


ただ確かに言えるのは、女神に興味があっても触れたい、抱きたいとは思わなかった。

しかしあの少女には振れたい、抱きたい、閉じ込めたいと思ってしまう。

しかも想像しただけで、胸が苦しくなるようだ。


重症だ……。


俺は深い溜め息をつく。


丁度その頃、アヤメの気配が変わった気がした。

闇の化け物と対峙する際に、ギリギリその気配を感じ取る場所にアヤメを寝かせていた。

そうすることで、気心知れたアヤメなら離れた場所でも健康状態がなんとなくわかるからだ。

結構離れているから詳細はわからないが、多分アヤメを治療したのだろう。


あの体の闇を浄化し、治療したか。


いよいよもって救世主だな。

あんな芸当できる者などこの世に一人しかいない。


救世主に惚れるとか、どこぞの物語だ。


自分に呆れる自分がいる。


もう一度溜息をつき、さてと心構えを変える。

もうしばらく演技をしないとな。


******************


「…早いな」


俺は正直に驚き、自然と声が出た。

行きは一人だから超速であったが、帰りはアヤメがいるからもう少しかかるかと思っていたのだ。


少女は風の精霊の力を借りてアヤメを運んで俺の元へ戻ってきた。

不安定でも大きな力を使えたということは、器用さを持っていないわけではなさそうだ。


急いで戻ってきてくれたのか、少女の息は若干荒い。

ただ本人には大したことはないようで、俺の様子を心配しているようだ。

俺の身体がまだ本調子に見えないよう、神力やら気を抑え誤魔化しているからな。

俺の真眼とは異なる、少女の瞳も何か視る力はあるようだが、とりあえず騙されてくれている。


風に包まれ浮いているアヤメの姿を見れば、健康な状態に戻っているのが明らかに見て取れた。

眠っているのは体力回復の為だろう。

あのアヤメの蝕んでいた闇はどうしたものかと考えていたので、これは素直に嬉しい。


「ありがとう。助かった。……俺の名は、オウシュという。お前の名は?」


「…私はサヤ」


サヤか…。


俺の心にサヤの声が響き渡る。


いやいや、落ち着け俺。


サヤがアヤメをそっと俺の傍に下ろした。

俺は心落ちつかせる為に、寝息を立てているアヤメを見る。


阿呆な面で寝ている。

うん、落ち着いた。


「ありがとう。これはアヤメ。私の従者をしてもらっていたが、私のせいで危うく死なせてしまうところだった」


これは本当だ。

サヤがいなかったら、アヤメはどうなったか正直わからない。

だから、本当に感謝の心を込めてサヤを見つめたのだが……


お礼は人の目を見ていうべきだろう?


だが、間違えだったかもしれない。


俺がサヤに魅入ってしまった。


サヤが俺の視線に若干戸惑っているようだ。


初心うぶだ、かわいい。


それでもなお見つめ、サヤの奥を覗き込んだ。

ついでだからサヤの力の状態を確かめようとしただけだ、ヤラシイ意味ではない、決して。


サヤの力は異質だ。

まぁ、救世主なのだから当たり前かもしれないが、それ以前にこの世界とは異なるものを感じる。

わかってはいたが異世界人という奴だな。


「ふーん。おまえ、異世界から来たか。随分力を持っているようだが……」


やはり、力が不安定だな。

サヤの中でいろいろな力がぶつかり合い暴れているようだ。

よくそれで平常にいられるな。

…ただ、きっかけがあれば安定できそうだ。

そのうち安定するんだろうが、早いのに越したことはないだろう。

この後、聖闇球も治してほしいしな。


「うん、ちょっとこちらへ来い」


俺はサヤになるべく優しい笑みを浮かべて言ったのだが、それにサヤは後ずさった。


ほう…、今の俺は少年姿とはいえ大概の女は喜んでくるだろうに、サヤはそれを拒むのか。


「いやいや、そう警戒するな。恩人に変なことをするわけないだろう…」


殺気も何もないのだから、視る力があるサヤならわかりそうなものなのだが。

警戒心が強いのか、小動物みたいだな。


フッと笑みがこぼれてしまった。


若干またびくつくサヤがいる。


かわいいとは思うが、これでは何もできない。


「……しようがない」


俺はつぶやくのと同時に隠していた力を開放し、サヤの元へ移動する。

それは一瞬のことで、油断していただろうサヤには対処できる訳がなかった。


「…!」


サヤが気付き、身構えたときには遅かった。

俺はサヤの両手を左手で絡み取り、右手で頭を抑えるようにして俺の身体に密着させる。

俺に抱え込むような形となったサヤは身じろぎくらいしかできない。


「…や、離して!」


かわいい声が俺の耳をくすぐる。

このままサヤの首元に口づけしてどうにかしてしまいたい衝動を抑えながら、暴れるサヤを抑え込む。


陽向のような暖かい香りがする。

サヤの身体は華奢なのに、柔らかくしなやかで、意外に出ているところは出ている。

サヤが暴れる度にサヤの身体を直に感じて、俺の気持ちがどうにかなりそうだ。


「うん、ちょっと待て」


とっとと済ませよう。


俺はサヤの頭を抑える右手を意識して、古代語で言葉を紡ぐ。


『目覚めよ』

言葉と同時に右手からサヤの頭に力が流れる。


古代語にはその言葉自体に力を持っている。

俺はサヤの身体に目覚めを促した。

力が不安定なのは、目覚めた力に対し身体がまだ追いついていないからだ。


「……!!」


俺に包まれたサヤの身体がビクンと跳ね上がった。

そして、力が抜けていく。


俺は半ば想像していたので、抑えていた手を離し、サヤを優しく抱き留める。

強制的に体を目覚めさせるということは、身体に負荷がかかる。

しかしそれも、しばらくすれば慣れるだろう。


「まぁ、落ちつけ。どうも力の本質が見えていないようだったから手助けをしただけだ。我らを助けてもらったお礼もかねてだな…」


そう言いながら、サヤの上半身を抱え込むようにして地面にゆっくりと下ろしサヤの顔を覗き込んだ。


サヤの瞳は金色に変わっていた。

若干ふせた瞼に、艶を持つ黒い睫毛。

睫毛から覗く潤んだ金色の瞳がゆらゆらと揺れている。

頬がピンク色に染まり、その表情は恍惚としているようにも見える。

先ほどの初心さとは思えない、色香が漂うようだった。

なのに、どこまでも純心なのだ。


俺はまた魅入ってしまった。


俺の中の感情が暴れまわる。

ダメだ、自分の感情を制御できない。


かといって、何かしたら壊れてしまいそうで、これ以上の行動もできない。

だが、この感情どうしたらいい……


「おまえ……」

俺のつぶやきに、力が入らないはずのサヤが反応した気がした。


「サヤ……俺の嫁にこい…」

気付いたら言っていた。


サヤの金色の瞳が戸惑いの色に染まる。


だろうな、俺もこんな言葉が出てくるとは思わなかった。


だが、正直な気持ちだ。

サヤと一生を添い遂げたい。


……自分でも驚きだ。


「なに言ってんだ、ませガキ」

怒りの声とと共に風が吹き、サヤを奪われた。

一瞬のことだった。


かなりの手練れだとわかる。

俺も油断していたが、怒りの声からすれば殺気立っていそうなものを見事に抑え、気配さえ感じさせなかったのだ。


何者だと思えば、サヤと同じ黒髪の青年がサヤを抱いていた。

サヤと同じ異世界人。

案内者ではない。


「ほう、また変わった者がきたな」


俺は面白いと思った。


面倒であった事象記録としての仕事。

今回も普通に案内者と救世主が来て何事もなく終わるのかと思えば、異なることばかりだ。

遅れたとしても案内者と救世主は絶対来るだろうとどこかで思っていたが、まさかの目の前の第3者である青年の登場。


青年の力も異質だ。

サヤほどの力はないが、既に力は制御している。

制御どころか、応用して自分の持つ力以上も発揮できそうだ。

精霊使いとしての属性は風と闇。

……闇を使うのも相当に珍しい。

おそらく体術もすぐれているだろうし、俺の真眼でも測れない他の未知なる力もありそうだ。

未知なる力はサヤと多少共通しているだろう。


俺を鋭く睨む青年の瞳は冷たく澄んでいる。

殺しを厭わない目だ。

目的の為なら真っすぐに殺していくのだろう。


「サヤに何をした」


呪殺でもされそうな声だ。


俺を目の前にしてこんなこと言う奴も珍しい。

今の俺は神力の力を開放し、むしろダダ漏れにさせ威嚇しているのだが、この男、そんなものもろともしないようだ。


まぁ、確かにこの男なら俺といい線まで争えるだろう。

俺と同等くらいの力を持つとは…戦ってみたいな。


約200年の歳月を俺は生きてきたわけだが、手合わせできるような輩は誰一人存在しなかった。

それが戦ってもいい相手がここにいる。

これは思ってもみない収穫だ。


サヤに出会えたことはそんなの比較にならないくらい重大なことだが、これはこれで俺にとってはかなり嬉しい。


思わずニヤついてしまった。


サヤを大事そうに抱える男。

この男もサヤが大事なのだろうと思ったら、ちょっとからかいたくなった。


「求婚していた」


俺の言葉に、男の表情が俺を殺しそうなほど怒りに染まる。

逆らう者などいなかった(ばかは別)俺には、それも愉快に感じた。

お読み頂き、ありがとうございます。

オウシュ視点はまた書いていくつもりです。

次回は誰でしょう。

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