10. 闇の神殿 - オウシュ(前)-
主要人物オウシュの回。
過去話から入ります。
「オウシュ様…そろそろなのでは」
屋敷で昼寝をしている俺に声がかかる。
俺の従者にして、神鬼の一族第2位の実力を持つアヤメが進言する。
アヤメは幼い頃からかなりの力を持っており、一族の一存で俺の従者となるよう教育されてきた女だ。
アヤメは俺が50歳の頃に生まれたのだが、その頃の俺は既にかなり遊んでおり、一族の者は頭を悩ませていた。
俺はしなければいけない里の仕事を投げ出し、世界を渡り歩いて遊んでいたのだ。
一族の者はもちろん俺の行動を止めようとしたけれど、止められる訳がない。
なんせ俺の力は歴代の神鬼達の中ではもう規格外としかいいようがないほどの力だ。
里の者が全員集まって俺に力をぶつけたとしても、それで傷がつけられるかと言えば答えは否だ。
まぁ、運よくならかすり傷くらいつけられるんじゃないか?
そんなとき、アヤメが生まれた。
生まれた当初から俺を除けば一族一番の力を持ったアヤメは期待され、英才教育をされた。
俺の従者兼歯止め役として。
アヤメは俺の癖や性格、好みの味、枕の固さ、布団の固さ、服の趣味…と、俺についてを嫌というほど叩きこまれたらしい。
そして「おまえはオウシュ様の為に生まれてきた従者だ」と刷り込みもされている。
そう教育されすくすく育ったアヤメが10歳なった頃、俺の前に現れた。
最初「めんどくさい」と思っていた俺だが、意外に一緒にいて楽なことに気付き、従者として認めた。
教育の賜物だな。
それから140年ほどの付き合いになる。
多少前よりうるさくなったが、それでも痒い所に手が届くような存在なので重宝している。
ついでにいえば、俺とそれだけ近くに一緒にいたアヤメは、俺の力に恩恵を受け更に力を増していた。
アヤメも規格外と言える力を有するようになったので、代わりに仕事を頼むこともしばしば。
俺は先ほどのアヤメの言葉に対し、すっとぼけた。
「何がだ?」
「お分かりの癖に…」
アヤメがスッと目を細める。
わかっているさ。
ただ、めんどくさい。
記憶装置である神鬼の魔石を通せば、過去を見ることができる。
一族の代表である俺だけができる権限。
しかし、つまらないんだよ。
世界はくり返している。
世界コムドットには、闇の神殿と呼ばれる聖域がある。
そこには穢れとなる闇を集積して浄化をする装置があるのだが、それは永久的に動くわけではない。
動かすには案内者が救世主と呼ばれる者を連れて闇の神殿に赴き、装置に救世主の力を注ぐ必要がある。
装置に力がなくなって来る頃、その案内者と救世主は現れる。
創世した頃からしていると考えると、もう何十回何百回と繰り返された行為なのだろう。
自分の力があればあるほど、神鬼の魔石から過去を読み取れる量も増える訳だが…。
あえてしつこく言おう、本当につまらない。
あれらはやっていることが毎回流れ作業なのだ。
装置に力がなくなってくると、闇の気配が濃くなっていく。
すると案内者が救世主を連れてくる。
救世主が闇の神殿の装置に力を注ぐ。
その繰り返し。
俺は過去を数十回見たが、途中で数えるのをやめ、そして見るのをやめた。
頑張ったよ、俺は。
ちなみに、この神鬼の魔石に記録されるのは映像のみで音声はない。
何十回と見た最後の方は子守唄的に映像を流し見ていたな。
結論から言えば、案内者であるトーリヤータが真面目すぎる。正格すぎる。面白みがない。
いつも闇の化け物が暴走するまでにいかないほどに闇が貯まると闇の神殿の前に2人が現れ、そして力を注ぐ。
トーリヤータと救世主の間には事務的な関係でしかない。
案内者が仕事を与え、救世主がそれを引き受ける。
世界平和を考えれば安定した仕事はとても良いことなのだろうが、俺にはつまらん。
神鬼の一族は基本好奇心旺盛な種族だ。
その中でも俺は自他ともに認める好奇心旺盛の困った奴だ。
面白いと思わなければやる気はおきない。
それに俺の立ち位置はただ記録をする係。
こんな役目、俺でなくても良いだろう。
俺の瞳には、真眼である物事の本質を見抜く力ともう1つ、見たものを記録する能力を持っている。
これは神鬼の一族であれば、真眼を持たずとも持っている能力である。
しかしその身に膨大な魔力及び能力を持っていなければ、長時間記録をし続けることはできない。
だからこそ、神鬼の魔石の管理権限はその一族で一番力のある者とされるわけだが…。
俺は楽しく人生を過ごしたいだけなので、正直迷惑だ。
「オウシュ様……」
責めるように俺の名を呼ぶアヤメ。
しょうがない。
俺は右手の平に力を込める。
そして手の平に浮くように現れるのは、俺と同じ瞳の色の球体。
その球体をアヤメに投げつける。
「おまえならこれを扱えるだろう。行って来い」
その球体は俺の独自の術で出したものだ。
俺の瞳と同じ役割を持つ。
すなわち俺が行かなくても記録し、神鬼の魔石に情報を送信してくれる便利な道具だ。
扱えるのはアヤメくらいしかいないので、アヤメにとってはいい迷惑だろうが。
受け取ったアヤメは案の定溜息をついた。
それでもそれだけでいろいろ察してしまうのだから、やはり便利な奴だ……不憫ともいうか。
アヤメも俺がいなければ、一族代表の権利をもらえただろうに生まれた時代が悪かったな。
…いや考えてみれば、今も俺の代行ばかりしているのだから、ある意味代表になっているようなものか。
思わず笑みがこぼれ、クツクツと喉が鳴ってしまった。
その様子に更にアヤメは深い溜息をつく。
おそらく俺の考えていることも察してしまったのだろう。
それでもアヤメは俺の従者。
命令されたら従うのみ。
「行って参ります」
そう言い残して、その場から姿を消した。
俺はまた微睡の中に戻る。
******************
1か月ほどたったが、アヤメは戻ってこなかった。
世界に闇の気配がかすかではあるが増えてきていることがわかる。
今までのパターンであれば、もうトーリヤータと救世主が来ていて、闇の神殿の装置に力を注いでいてもおかしくはない。
まぁ、この位の闇の気配であれば、まだまだ許容範囲だろう。
しかし、俺は惰眠にふけりたくても、そろそろ仕事が溜まってきている。
とりあえずアヤメを呼び戻そうか……
そう考えていると、
「ただいま戻りました」
アヤメが帰ってきた。
「おう、ご苦労さん。それで?」
「案内者トーリヤータ様も救世主の方もまだいらっしゃいません」
「だろうな……」
闇の気配が微量とはいえ濃くなってきているのだから、装置が回復していないことを示している。
「んで?」
「あまりここを開けますと仕事が増えそうなので、失礼ながら私の分身にオウシュ様のお力を吸収させ、見張らせております。さすがに分身ではオウシュ様のお力には1週間ほどしか身体が持たないと思います。ですので仕事を終えた後、また調整しにいく許可をお願い致します」
アヤメちゃん、本当できる子だね。
「じゃ、お願い」
これで心おきなく惰眠を……というのはちょっとあれかな。
少し気になるな。
アヤメが仕事をしに部屋を出た後、俺はアヤメがつくった分身に意識をつなぐ。
アヤメの分身ではあるが、俺の力を吸収させたのなら俺の分身でもある。
というか、ほぼ俺のだろう、調整がいるくらいだからね。
意識をつなぐと、確かに闇の神殿の近くに待機していた。
俺は分身の意識を乗っ取った。
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闇の神殿の周りは闇の気配が濃くなっている。
通常であれば、闇の気配を吸収し浄化し続けているので、闇の気配の方が濃くなることはない。
しかし、装置に力が足りず浄化が間に合わなくなってしまっている現在、闇だけが集まり、闇の気配が濃くなってしまうのだ。
俺は辺りを観察するが、生き物の気配といえば植物くらいなもの。
その植物さえ、少し毒されていそうだ。
今回は遅いな。
何か変化が起きるか?
俺は若干胸を躍らせつつ、ついでだったのでアヤメの分身に手を加え、完全に俺の分身にする。
これでもう、アヤメが調整に戻る必要はないだろう。
アヤメにはやはり傍で仕事をしてもらわないとな。
そうして俺は分身から離れた
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アヤメに仕事をまかせ、俺はたまに闇の神殿や周囲の闇の気配に意識をする毎日が続いた。
あきらかに、今までにない状況。
世界に闇の気配が徐々に濃くなっていった現在、生活している人々にも多少とはいえ影響が出てきている。
俺は改めて、過去を探ることにした。
前に見たときは、適当に最近のものから順に昔へさかのぼるように見ていた、飽きるまで。
それでも何万年前まではさかのぼった。
今までの神鬼の力であれば、せいぜいそこまでが限度。
というのも、古い映像であればあるほど、その魔力消費が高くなっていくのだ。
俺は飽きたからやめたが、本来の俺の力であるならどこまで視えるかは試していない。
代々の管理者が瞳に映してきた映像だ。
その量は膨大で、それだけ力もいるわけで。
俺は創世の頃を視ることにした。
さて、俺の力が持つかどうか……
…………
俺の額をひんやりとした感触が走る。
その感触で目が覚めた。
「オウシュ様…。目が覚めましたか」
冷やした布を持ち、心配そうに俺を見守るアヤメがいた。
「何日眠っていた?」
「2日です」
「そうか」
ここまで力が枯渇したのは初めてだ。
さすが過去何十億年前というわけだ。
しかし、神鬼の魔石はいったいどれほどの力を溜め込んでいるんだ、まったく。
魔石を壊したら、この世界は爆発するんじゃないか?
……危険思想は置いておこう。
結果的に見れた、断片的であったが。
しかし、自分でもよく見れたと思う。
目的の創世の頃の記憶には鍵のようなものがかかっていたのだから。
迷惑なものだ。
あそこで一気に力をうばわれたから寝込んでしまったようなものなのだ。
神鬼の一族には記録装置である魔石の映像だけでなく、手記も残っている。
それは神鬼の魔石をトーリヤータからもらい、世界の事象を記録していくことを約束したということ。
合ってはいるが、それだけが真実ではない。
救世主の正体は記されていないければ、闇の女神との関わり合いなどは書かれていない。
闇の女神ティア・マティヤ
伝承として、闇の女神ティア・マティヤは創造神コムドットの娘とされる。
闇が浸食していく世界を憂いたティアは、自らの身体を犠牲にして闇を光に変換し世界を救った。
その際生まれたのが闇の神殿にある装置とされるルチレイティ。
伝承も大まか合っている。
ただ、付け足すことがる。
案内者であるトーリヤータは、女神ティアの従者兼友人のようなものであったこと。
神鬼の祖先は唯一ティアに近づけた男であったこと、そしてルチレイティをつくる際に協力したこと。
ルチレイティをつくることで役目を終えたティアは転生を望んだ。
いや、逆か。
転生を望んでいたから変換装置ルチレイティを作った。
女神はどうも闇の神殿にいることに疲れていたみたいだな。
しかしルチレイティを永久的に動かすことが難しく、それならと女神が転生した際にトーリヤータが迎えに行き、ルチレイティに女神の力を注ぐ流れになったみたいだな。
後ついでに言えば、トーリヤータは最初闇の化身のように黒い。
どういうわけか、現在は逆に光を連想する姿になっている。
何十億年という歳月で闇が抜けたか…。
闇の女神ティア・マティヤは美しかったな。
艶やかな黒髪に金色の双眸。
闇の神殿内にいる彼女は、小柄なのにその存在感が際立っていた。
闇の中だからこそ、服から、長い黒髪から覗かせる白い肌が際立ち、優しく輝く金の瞳が星のように揺らめいていた。
細部まで視ることができなかったが…、しかし祖先はいつもティアを目で追っていたんじゃないかと思う。
断片的であったのに、ティアばかり映していた。
祖先は女神であるティアを愛していたのかもしれない。
彼女、ティアが祖先の名前を口にしていただろう映像が目に焼き付いている。
どんな声なのかもついでに聞いて見たかった。
音が聞こえないのが残念だ。
「オウシュ様?」
黙って考えを整理していた俺にアヤメが心配そうな顔をしていた。
「いや、もう大丈夫だ。力は時機戻る」
「……まだお身体は完全ではありませんが、随分嬉しそうですね」
「ああ、ちょっと面白かったからな」
にこやかに答える俺に、アヤメも「そうですか」と微笑んだ。
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あれから10年ほど経ったが、案内者と救世主は現れない。
さすがに10年も経てば、闇の気配が濃くなっている。
闇に侵された生き物が人を襲い、闇に侵された人が戦争を巻き起こそうとしているという状況。
世の中物騒になってきている。
世界に住む全種族の中で、唯一神力を持つ神鬼。
神力は闇に抵抗する力を持つ。
緊急事態ということで俺はしようがなしに、闇の気配が濃い地域に神鬼を派遣した。
そして力の強い神鬼には、各地に設置されている聖闇球の状況を確認するよう命令する。
聖闇球は闇の神殿にある装置ルチレイティと繋がっている宝玉で、小型版ルチレイティとも呼べるものだ。
聖闇球単体では機能しないが、ルチレイティがあれば機能し続けることができる。
しかし逆を言えばルチレイティが壊れれば壊れるし、弱まれば弱まる。
そう、聖闇球は現在ほとんど機能していない可能性がある。
神鬼にルチレイティや聖闇球に何かできるわけではないが、状況を把握しておくべきだと判断したわけだが、もう1つ不安要素がある。
予想の範囲だが、聖闇球が設置されている場所は闇が溜まりやすいのではないかということだ。
もしも溜まっているのならば、力のある神鬼であれば、ある程度の闇を払うことはできる。
それで多少でも案内者と救世主が来るまでの時間稼ぎになれば……。
「アヤメ、俺達も行くぞ」
「御意」
そして、俺とアヤメの二人も聖闇球の設置場所に向かう。
一番闇が濃いとされている、人間族と獣人族の間にある地域。
俺とアヤメの二人であれば、大丈夫だろうと踏んでいたのだが……
お読み頂き、ありがとうございます。
気付いているかもしれませんが、オウシュはかなり強い人。
サヤと張れると思う、多分。




