01.莢 - プロローグ -
最初は3人のプロローグ。サヤ→トーヤ→ミチヒサの順です。
※プロローグは主に説明・紹介回。
主人公(?)であるサヤの回です。
私はふと空を見上げた。
風を感じた。
緑を感じた。
世界を感じた。
「……お母様。ごめんなさい」
私は手をつなぐ母に唐突に言った。
「どうしたの、莢」
母は私の前にしゃがみ、顔を覗き込むように見た。
「あのね、私ね、お母様と同じ巫女にはなれないみたいなの。えっとね、私大きくなったら、トーヤと一緒
にここじゃない違うところに行くことになるの。そう見えたの。私が行かないと世界が壊れる…」
私は目の前の母に今見えたことを一生懸命説明した。
まだ、母のようにいろいろな言葉を知らないから、うまく言うことができなくてもどかしかった。
「それでね、あの…、トーヤはあっちに倒れているみたい。助けてもいい?」
母は私をじっと見つめ、そして静かに息を吐いた。
「そう、わかったわ、莢。それは莢が見たことなのね。そのトーヤという子はあっちにいるのね」
母は私が指をさした方を見つめ、
「佐久真」
と一言呼びかけた。
「はい」
後ろに控えていた佐久真と呼ばれた男性は一言返事をすると、すっとその場を離れた。
日の光が木々に阻まれ、適度な木漏れ日となり降り注ぐ。
こんな日は母と裏山を訪れることが日課となっていた。
裏山は神の山とも言われ霊力が高まる、身が清められるということもあるからだ。
裏山へ行くことは修行の一環とはわかってはいたものの、空気が澄み、優しい木々達が迎えてくれるこの裏山へ母と一緒に行くことは、私にとって母と散歩をしているようで、とても楽しみにしていることだった。
予知の能力を持つ巫女として栄えてきた真務家。
真務の血を受け継ぐ者は強い霊力を持ち、男性は邪を払う能力に長け、女性には邪を払う能力と共に予知の能力も備わる。
真務家に生まれた私も例にもれず霊力が高く、巫女の頂点である母の跡を継ぐものだと小さいながらも思っていた。
けれどそれが叶わないということが今日、視えてしまった。
母はどう思うだろう。
母は私に今までにない巫女の才を感じ、とても喜んでいたことを知っている。
通常男性の方が強いはずの邪を払う能力を、私は異例にして既に大人の男性すら寄せ付けない強さを持ち、そして予知の能力も類を見ない的中率だった。
真務家に生まれた者の誰もが霊力が高いわけでもなく、霊力が高くともコントロールができるわけではない。
それゆえ修行をするわけなのだが、私には修行前からすでに真務家の一番能力の高い長老と同じくらいの能力を備えもっていた。
いや、長老さえも超えているのではと言われるほど特異だった。
「莢はすごい姫巫女になるわね」と、いつしか母が嬉しそうに微笑んでいたことが頭によぎる。
でももう真務家の巫女としての未来はない。
巫女になれない私を母は嫌いになってしまわないだろうか。
佐久真を待っている間、そんな不安が頭の中をぐるぐる回る。
母と歩いていて突然見えた未来。
ここで母に言わなければ、トーヤは見つからず、ここにずっといられたのに。
今トーヤが見つからなければ、私はここにいられるのに。
トーヤが…。
母と別れたくない不安にかられ、私に負の感情が押し寄せてくる。
ふと、母が私の手をぎゅっと握った。
母を見上げると、母はにこりと笑った。
「莢はやはりすごい子なのね。私の力なんて遠く及ばない。でもあなたはまだ小さい。だから…」
泣いていいのよ…と母の言葉が続く前に、私は母に抱きつき、泣いた。
母と別れる日を知ってしまったけれど、まだそんなことなんて私には受け止められない。
ずっとずっと母と一緒にいられると思っていたから。
母と別れることなんて考えたくもなかった。
でももうそれは変えられない未来。
いつも褒められていた予知の力。
初めてこんな力なければいいと思った。
こんなこと知りたくなかった。
母は泣きじゃくる私を抱きしめ、頭を優しく優しく撫でてくれた。
母のその暖かさを感じ、気持ちは少しずつ落ち着いてきた。
その数分後、佐久真は腕に自分の上着で包んだ男の子を抱え戻ってきた。
その姿を確認すると、母は私を促した。
「お母様、この子がトーヤなの」
私は私の運命になるだろうその男の子を見た。
「屋敷に戻りましょう。佐久真、その子に手当てを…」
佐久真はうなずくと屋敷に向かう。
母は私にニコリと微笑みかけると、手を差し出した。
私はその手を握り、母と共に屋敷に帰る。
まだ先のことになるけれど、母とのこの時間を大切にしたい。
母の手から伝わる温もりを感じながら、ゆっくりと帰路を歩んだのだった。
******************
「昔の夢か……」
目を覚ました私は、ため息とともにつぶやいた。
今日は休日。
昼食を取ったあと、術式の開発のヒントがないか、家の蔵から持ってきた古文書を呼んでいるうちに眠っていたらしい。
最近頻繁にあの頃の夢を見るようになっていた。
多分、そろそろだからだ。
トーヤを発見した日から10年がたち、私は15歳となっていた。
4月から高校1年生となる。
私は今日まで着実に修行を続け、己の心身を鍛え続けた。
その結果、新たな術式を開発できるほどとなり、現在、真務家の開発部に務めている。
本来であれば開発部ではなく、姫巫女として崇められ、真務家の中心人物として君臨していたかもしれない。
もちろん、相談役や補佐は必要ではあるけれど。
しかし私自身がが見た予知によって、そういう未来はないものとされた。
私が見た予知は一族の間でも重要視され、その「異世界で救済」を第一とするものに考え改めたのだ。
世界が滅亡するというのは、自分たちの世界も滅亡することもさしているのだから当然なのだと思う。
自由になった私が開発部に在籍しているのには理由がある。
いざ異世界へ行ったとき、術を知れば知るほど救済に近付くだろうということは建前とし、私個人としては、私がいなくなった後も真務家が繁栄するように、何かしら恩返しとして力を残しておきたいと思ってのことだった。
……その術式開発が得意ではなかったというのは、計算外だったけど。
「わかっている、もうすぐなんでしょう」
仮眠で改めて認識させられて、正直深い溜息しか出てこなかった。
トーヤと共に異世界へ赴き救済する旅か。
私はむくりと体を起こし、少し乱れた袴を正す。
そんなこと考えていてもしょうがないと気を取り直し、肝心のその案内者であるトーヤがどこにいるか確認することに決めた。
トーヤは私の1つ下の弟として扱い、寝食を共にしてきた。
トーヤを見つけ、予知も視たことから、私が面倒をみることになったのだけれど、トーヤは正直手のかからない男の子だった。
物覚えもよく、運動神経もよく、容姿端麗………腹が立つほど欠点がない。
小学生のころなど、私が勉強を教えたはずがいつの間にか私の宿題の方に手を出し、それさえもすぐに理解してやり通してしまう。
私も勉強はできる方なのだけれど、トーヤの頭脳は常人には理解できないほどずば抜けている。
運動にしても同じで、どんな運動もこなしてしまい、部活動を行えば瞬く間にその部を全国区へ連れて行ってしまう。
私は努力で成績優秀を収めている。
それに対し、努力のど《・》の字もないような人が隣にいるために、達成感というよりも何度となくやるせない気持ちにさせられ、なんとなくトーヤに対しイラつきを覚えるのもしょうがないと思わない?
トーヤの唯一の欠点といえば、女癖。
ここまで目立つのであれば、目をキラキラさせた女の子たちがひっきりなしに寄ってくるのは当たり前だ。
毎日のようにトーヤの隣に並ぶ女の子たちの顔ぶれはかわる。
しかし、トーヤの周りはおかしなほど争い事がない。
女の子達の中で、何か協定でも結んでいるのかもしれない。
うーん、女の子の幸せそうな顔を見ていると、女癖とはいえ、それも欠点になっていないかもしれない…。
女癖が悪い割に、周囲の男達からの指示もあるのだから不思議なものだ。
女癖が悪いと思っているのも自分だけだったりして…。
うーん、どうしよう。
欠点が見つからない…。
いつの間にか、トーヤの欠点探しをしている自分に苦笑いをし、改めてトーヤの気配を探すことにする。
一応、トーヤの姉兼監督者として、今何をしているか確認をしている。
特に、最近のよく過去の夢を見るようになってからは、なるべくトーヤのいる位置を把握するようにしている。
異世界へ行くにしても、トーヤがいなければ行けないのだからそれぐらいはしておくべきだと思ったからだ。
トーヤは今の時間であれば、道場で稽古をしているはずだ。
精神を集中しようとスーッと深呼吸をし、すっと目を閉じ、感覚を研ぎ澄ませる。
私の能力の一つとして、一度行ったことがある場所ならば、例え離れた場所にいても視ることができる。
視るというより、感じるに近いように思う。
それがよく知る場所であるならば、なおさら感じやすくなり、時間を要さない。
逆に一度くらいしか訪れていない場所であると、精神を十分に研ぎ澄まさなければ視えないこともある。
現在いる場所は、自分の部屋。
そして視ようとしている場所は、家の敷地内にある道場。
ちなみに、現在の時刻は15:30。
視えてきた。
うん、いつも通り、女の子達もいる
トーヤはちゃんと修行をしていた。
ただし、
「きゃあああ、統也様!」
と、ときたま発生する女の子たちの歓声付きで。
ちなみに、統也は日本での名前。私がつけました。
トーヤは日本の古武術は一通り師範代までの実力をつけている。
しかし慢心することなく、その日その日でスケジュールを組み、きちんと反復することを忘れていない。
そもそも真務家は邪を払ったり、予知をするだけでなく、そういった武術にも力を入れており、武術を習うにも最高の環境にあるといえる。
4棟ほどある道場で、それぞれの道場に全国でも秀でた武術の先生がおり、その教えを乞いに遠方から通いに来るものも多くいるのだ。
そんな中で、更にいうなら優秀なトーヤが真務家の道場で修業をすれば、もう今や並大抵の強さではない。
ようするに師範代すら超える、もう正直どこまで強いのかわからなくなってしまっている。
女の子たちの歓声に対し、トーヤは無言で「静かに」と厳しい目線を送る。
そんなトーヤの様子にも女の子たちは、ホウッと恍惚な表情で溜息をつくのであった。
過去に、女の子たちを神聖な道場へ入れることは禁じたのだけれど、禁じたことで逆に女の子たちの歯止めがきかなくなり、真務家の山にトーヤを求める女の子たちが忍び込み徘徊する事が起きた為、現在では予約制で見学を許している。
トーヤは確かにかっこいいと思うのだが、小さいころから見慣れた私にはそのような感情が湧くはずもなく、むしろ子供のころは多少恨んでいたりもしたので、女の子たちの心情はまったく理解できない。
それに、万能なトーヤはさぼり癖があるので、そういったところは嫌いであった。
トーヤが道場に一礼をすると、女の子からタオルを受け取り、道場を出ていく。
…………あやしい。
そして、女の子たちもぞろぞろと道場を出ていく。
ますますあやしい。というか、絶対さぼりだ!
私は道場から意識を切り離し、すっと立ち上がり、トーヤを追うべく道場の方へ向かった。
道場の方へ走っている途中、スラリと長い手足に黒髪の男の子がいた。
学校へ行ってきた後なのか、詰襟の制服姿だ。
「莢先輩、こんにちは!」
爽やかな笑顔で話しかけてくる。
「ミッチー、こんにちは」
彼は、城 道久。
この道場の門下生にして、トーヤと同じく中学3年生、私と同じ中高一貫校の1つ下の後輩だ。
ミッチーのお父さんは、真務家の武道の総師範をしていることもあり、小さいころから遊んだりしていた仲だ。
ちなみに夢で母に呼ばれていた佐久真という人の姓名は城 佐久真、ミッチーのお父さんであり、母の守護者などもしている。
そういう縁もあって、小さな頃から何かと一緒にいたミッチーは、トーヤと私にとって幼馴染というやつに当たる。
ミッチーというあだ名は私がつけたわけだけれど、この年でそう呼ぶのはちょっと抵抗がある。
けれど、昔から呼んでいたあだ名なので癖が抜けず、人に聞かれるのが恥ずかしいのもあり、学校ではあまり会話をしたくなかったりして…。
ミッチーには申し訳ないが中学生になったあたりから勝手に彼を避けていたりした。
対してミッチーは要領がいいのか、中学に上がったと同時に“サヤ”から“莢先輩”に変わり、敬語で話すようになっていた。
しかしなんというか、昔はかわいかったのだけれど、最近ではすっかりトーヤの悪友になり、ことごとく私の邪魔をしているような気がする。
現に今も、笑顔ながらに私の行く道を阻むように佇んでいるのだから。
しょうがなく足を止め、ミッチーを一睨み。
「そんな怖い顔しないで下さいよ。莢先輩♪」
人懐っこい表情で語りかけられるものの、私は猜疑心いっぱいの表情で返す。
トーヤによって多少目立たないものの、ミッチーのことが好きだといっている女の子も大勢いる。
この人懐っこさがトーヤよりも身近に感じ、安心するのかもしれない。
トーヤより背が低いものの、背は180cmを超える長身だ。
トーヤもミッチーも人当たりが良く、どんな老若男女も陥落させてしまう魅力があるようだが、トーヤとミッチーは似ているようで、似ていない。
トーヤが正統派の爽やかプリンスなら、ミッチーは庶民的爽やかプリンスっていったところだろうか。
なんというか、トーヤは近づき難く思うところがあるけれど、ミッチーはその逆でぐいぐい人の懐に潜り込んでくるような、どんな人でもすぐに打ち解けてしまう感がある。
しかし、騙されてはいけない。
人懐っこい笑顔の裏では、いろいろ打算的な考えをめぐらしていることを私は知っている。
「トーヤの差し金?」
その問いにミッチーはびっくりしたような表情をしてみせた。
「まさか、違いますよ~」
普通の人ならば、その自然な対応に騙されるかもしれないが、幼馴染の私を見くびってはいけない。
「うそね」
「……莢先輩にはかなわないなー」
といいつつも、笑顔のミッチー。そしておもむろに一礼をし、構えをとった。
「では、時間稼ぎとして、久しぶりに手合わせをお願いします」
正直に“時間稼ぎ”といい、それでもなおニッコニコしているミッチーがむかつきます。
私も武道は一通り修行をしている。
邪を払うことと武道の本質は似ているためだ。
トーヤほどではないけれど、師範代までとは言えないにしろ、かなりのレベルには達していると思う。
ミッチーも私と同レベルだったと思う。
トーヤとミッチーが中学へ入ってからは手合わせをしていないので、正確な強さはわからないが…。
だって、中学へ入ってますますアイドル化してしまった2人とは、なるべく関わりたくないと思いまして。
嫌がらせを受けることはなかったけれど、ヒソヒソ話と嫉妬の視線を受ける身にもなってください。
私はせめてもの抗議に盛大な溜息をついてから、構えた。
「だから大好きですよ、莢先輩♪」
そう言うと、ミッチーが私を攻めてきた。
昔から手合わせをしているけれど、こういう野外での手合わせは基本ルールがない。
もちろん加減はするけれど、自分が得意とする技を駆使する、いわゆる異種格闘技といえる。
通常ならこういった野外の戦闘行為は禁止されているけれど、幼馴染だった3人の間では遊び半分でよく手合わせをしていた。
ミッチーとの手合わせは約3年ぶりといったところだろうか。
ミッチーの素早く重そうな上段蹴りをよけつつ、その足を台代わりに手を添えて、ふわりと浮いたまま踵落としを繰り出す。
私の踵落としを受け止め、新たな手を打とうとするミッチーから素早く離れて距離をとる。
足をつかまれでもしたらもう負けだ。
小学校のころまでならいざしらず、現在のミッチーに腕力で敵うわけがない。
素早さと身の軽さには自信があるので、そこをうまく活用しなければミッチーには勝てないだろう。
そんなことを真剣に考えている私とは裏腹に、ミッチーは相変わらずにこにこしている。
「ちょっとミッチー、余裕すぎるんじゃないかな」
こちらは真剣なのに…口の中でつぶやく私に対し、
「いやいや、だってうれしいじゃないですか。莢先輩、もうずっと俺達の相手をしてくれていなかったですしね。単純にこの時間が嬉しいんですよ」
そう言って、犬っころのように顔が破顔した。
久しぶりに見た顔だった。
幼い頃、よく「サヤ!僕と手合わせ―!」と突然やってきては、私にまとわりついていたミッチーを思い出した。
「お、隙有りですよ」
はっとして、慌ててミッチーの回し蹴りをよける。
「ひ、卑怯よ!」
さらに、足払いをされそうになり、後ろへバックステップ。
「サヤなら大丈夫大丈夫♪」
敬語をやめて、とっても嬉しそうなミッチー。
私はというと、迫って迫りくるミッチーをなんとか避けているのが現状だ。
どういうつもりなのか、ミッチーは足技しか使ってこない。
明らかに力を抜いて戦っているとしか思えない。
く、悔しいけれど、もうミッチーの方が断然力量が上だと認めるしかない。
「お、その顔久しぶり」
顔に出したつもりはないものの悔しそうな顔をしているのはミッチーにわかってしまうようで、なんだか無性にムカッときた。
思わず、避けざまに気を送ってしまった。
「あ…」
「おっと!」
さすがに、笑顔をひっこめ真剣に避けるミッチー。
気というのは、普段邪を払うための力だけれど、人間にも効いたりする。
今の私のように無意識に気を放つなんてことは普通できないことで、私だからこそできる。
本来、気を放つには印を結んだり術を詠むなど、何かしらの手順が必要だったりするからだ。
これも私が巫女としての力をみなに期待されていた要因だ。
「卑怯はどちらかな?」
「…ご、ごめん」
意地悪そうに言うミッチーに私は素直に謝った。
とはいえ、納得もしきれず「だってミッチーだし…」とモゴモゴ言い訳をしてしまう私。
そう、昔から負けそうになると、トーヤとミッチーに限り気を放ってしまう癖があった。
気を受けてしまうと、気絶する恐れがあるくらいの威力なので、二人には結構迷惑をかけていたりする。
幼馴染の所以か、どうも二人には気が抜けてしまうことがあるらしい。
それは今も変わらないということか。
そんな私の様子に、ミッチーはもう我慢できないと大口を開けて笑い出した。
「あっはははは!サヤほんとに変わらない!」
「ミッチーだって相変わらずよ」
私はふてくされながら戦闘態勢を解く。
ミッチーは昔から私をからかうのが好きな傾向がある。
本当に変わらない。
ミッチーは涙を浮かべつつ、
「ごめんごめん、ついつい悪い癖で」
と謝りながら、ちっとも反省している風ではなかった。
ほんっとーに変わらない!
「それで、もうここを通してもらえるかな」
今だに腹を抱えるようにして笑うミッチーに憮然とした顔で問いかけてみた。
「ヒ、ッヒー……ちょっとまって」
そ、そんなにおかしいか!!??
笑いを収めようと深呼吸する彼に、ますます私の表情は険しくなるばかりだ。
「…ふぅーごめん、お待たせ」
すっかり敬語の口調は解け、昔の口ぶりに戻っていた。
周りに誰もいないのもあるだろう。
彼、ミッチーは、そういう男だ。
私とトーヤ以外には、その表情とは裏腹に警戒心が強かったりする。
「ここを通すわけにはいかないんだ。だってその方向にトーヤはいないし、それにサヤを連れてくるようトーヤに頼まれたのは俺だからね」
ん?それってつまり…
「手合わせする必要あったの?」
時間稼ぎに手合わせをといったのはミッチーだ。
しかし今の発言は、自分がトーヤの元へ連れて行く“案内人”だと言っているわけで…。
「いや、だからごめんっていったじゃないか、癖だって」
そう言いながらミッチーの顔は、悪戯っ子が浮かべるニヤニヤしたものだった。
そ、そういう意味か…………
「…ミッチー!!!」
私から先ほどより大きな第2波が放たれたが、ミッチーはひらりと避けるのだった。
読んで頂きありがとうございます。
次、トーヤのプロローグです。
※9/19ところどころ変更しましたが、大きな変更はありません。