6月20日 PM0:40 生徒会室
本郷衣織は雑務に追われていた。会長である五百旗頭武人がここ1ヶ月ほど学校に姿を見せず、生徒会業務が滞っていた為である。衣織自身としては副会長として全力で会長をサポートしてきたつもりであった。しかし、このような状況を鑑みると、偏に(ひとえに)自分の能力不足が原因であるのではないかという自責の念が頭を離れない。五百旗頭は勉学もさることながら会長としての資質も十分備えており、目布高校の代表として相応しかった。一方で副会長の衣織は平凡と評されることが専らであり、一部の過激な武人のファンから酷いバッシングを受けることが度々あった。その度に武人は衣織を庇った。
ーーそんな武人に自分は惹かれていったのかもしれない。ーー
衣織は少し懐かしい思いを感じた。
ーーこのままではいけない、私がしっかりしなければ、武人が戻って来た時にまた迷惑をかけることになる。ーー
自身に言い聞かせることによって衣織は理性を保っていた。
ーー昼休みもじきに終わる、それまでに少しでも作業を進めなければ。ーー
衣織は書類の山に手を伸ばした刹那
、ドアノブが捻られた。昼休みに生徒会役員が訪れることは滅多にない。となると、客人しか可能性は残されていない。予想通り中に入ってきたのは衣織にとって見知らぬ女子生徒であった。
ショートロングの黒髪に小さな顔。それと対称に瞳は大きく、片目は眼帯で包まれてはいるものの長く見詰めてしまえば吸い込まれてしまいそうだ。
「生徒会室はここで正しい?」
「そうですが、何か御用ですか?」
「案外狭いのね。」
衣織はムッとし女子生徒の睨む。
「失礼ですがどちら様ですか?」
「船引導子、なんでも部の3年だ。」
「なんでも部……?聞いたことないわね、非公式団体の類?」
限られた予算の中、高校も部を増やすことは是とせず、なんでも部などと言った胡乱げな団体を認めるわけが無かった。衣織も予算配分の場に立ち会ったが、そのような団体名を聞いたことが無かった。
「公式に部としては存在していない。五百旗頭武人のことについて訊ねたい。」
「本日、会長はおやすみなさってます。また後日ご来訪下さい。」
「本日?1ヶ月の間違いではないかしら?」
導子の言葉に空気が凍る。実際、五百旗頭の不登校は学校中に流布されており、他の女子生徒が知っていてもおかしくない。しかし、衣織にとっては触れられて欲しくない事実であった。
「だとしても、私が答える義務はございません。」
「義務云々はどうだっていい。ただ五百旗頭武人の不登校前の様子さえ教えてくれればよい。」
いよいよ衣織の表情に怒気が帯び始める。
ーーなぜこの生徒はそこまで武人にこだわるのか。武人とどういう関係なのか。ーー
衣織の目は鬼神がごとく導子を睥睨する。
「……たとえ知っていたとしても、あなたには教えないわ。」
「ふん、くだらん感情だ。なぜ五百旗頭武人にそこまでこだわる。」
「あなたに何が分かるのよ!」
ついに衣織が激昂した。導子を睨む目は定まらず、腕はわななくばかりだ。
「あなたは武人の何を知っているの?武人のなんなのよ……。」
嗚咽を漏らし、衣織は問い掛ける。
そして、力が抜けたようにしゃがみ込む。
その光景を導子はただ見つめ、体をくるりと反転させ、生徒会室を去っていった。梅雨の陰鬱な空気が導子にまとわりついて離れようとはしなかった。