6月20日 AM8:45 2-4教室
目布高校は偏差値帯で言えば上位の高校であり、毎年倍率は2倍は越える。加えて、一昨年は前年に東大合格者を3人輩出したらしく、過去最高倍率を記録した。それをくぐり抜けてきた2年生は過去最高に優秀であると言える。しかしながら、他学年に比べ些か優秀だとは言え、中学を卒業したばかりの生徒の日常会話は毎年のように同じである。天候、噂、部活動など、どれをとっても普通である。中でも色恋沙汰となると眼を変え盛り上がる。
「えー!百合ちゃん、五百旗頭会長のことが好きなのー⁈」
保持茶歩の声量にクラス中の視線が集まる。
「ちょ、ちょっと!、声がおおきいよう。」
内田百合はゆでダコのように顔を真っ赤にして茶歩の口を塞ぐ。
肩にかかるくらいの黒髪、幼さを少し覗かせる顔立ち。クラスのマドンナとまではいかないが、一定層のファンがいてもおかしくない生徒である。極度の人見知りを克服すればの話であるが。
「確かに会長はモテるもんねー。この前もバレー部の宇多さんが告白してたらしいよ。」
「だからだよお。ファンクラブもあるらしいし、勝手にとっても好意を寄せているなんて知られたら袋叩きに遭うよ。」
百合はため息をつき、席に着く。五百旗頭のファンクラブは排他的で名が通っており、告白は認可制とまで噂されている。
「だから、私は心の中だけで思いを寄せるだけで十分だよ。」
「甘い、甘いよ!」
茶歩は百合の肩を摑み、ぐっと顔を寄せる。
「そんなこと言ってたら会長が卒業するまで言えず仕舞いだよ。学校より先に別のとこが卒業しちゃうよ。」
百合の肩を前後に揺さぶりながら、口角泡を飛ばさんばかりに弁を奮う。百合はあうあうと呻くばかりである。
「そうだ、告白をするなら練習をしないと。そうと決まれば今日から特訓だよ。」
茶歩は高らかに宣言する。一方、百合はずっと揺さぶられていたせいか、赤べこのように頷くのみで真意のほどは知る余地もない。
けたたましい予鈴とともに茶歩という嵐は自席へと戻っていった。はっと正気を取り戻した百合が、後悔をしたところで後の祭りであった。