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人間管理局  作者: つむぎ
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NWS職員 無燈 蓮の手記

1.名も無い人たち


無燈 むとうれんは電車から外の風景を眺めていた。

途切れることの無いビル郡。隙間から垣間見える人の群れ。

そして何より空気の重さがのしかかってくるような重圧。


最初、東京に降り立ったときに感じたのは人の住む場所じゃないって思った。


でも、住んでみると案外そうでもなく快適な部屋と快適な町。

何不自由なく暮らせる空間。悪くはない。

ただ、緑のなさが都会っぽさを醸し出しているんだと感じた。

蓮は目の前の高層ビルから視線を落とし手元のカバンを覗いた。


そこには一人の女性の資料が入っていた。

名前は「海藤 みなと」年は26歳

彼女はいわゆる「無職」である。

理由は不明だが有名国立大学を卒業後、一度就職したがあえなく撃墜。

そのままのアパートへ引きこもっているらしい。

現在「特別独立行政法人機構 NWS」の支援を受けていて

今年で3年目である。


NWSで行った精神鑑定や心理学的には一切の問題も無くただ周りから見れば「働けるのに働かない」ように見える典型的な例。


この状況を雑誌やネットに投下すると賛否両論生まれることはもう火を見るよりも早い。

いろんな人がいろんな立場から文言をぶつけてくることはわかりきっている。


謙遜する人や、同情する人。

甘えやゆとりと騒ぐ人。


・・・でも

これは誰にも起こりえること。何の普遍もない、いわゆる通常の人間が陥る落とし穴。

思考を止めて、感性のみで動かなければならない瞬間が絶対に来る。


人生には止まる瞬間が必ず来る、気づかなければならない瞬間が必ずある。

停止しているというよりも静止している感覚、その時は必ず来る。


そんなことに気がつかず、いろんな人がいろんなとこで正論をぶつけ合い議論をしあう。

そんなんじゃだめだ、そんなのでは1mmも近づけていない。


誰も事実にたどり着けない「安全圏から石を投げつけているだけ」


それでなにが変わる?


何も変わらない。


何も変えることができないからこそ人はそうすることしかできないのではないか?


「安全圏の外側」

少なくとも石を投げつける連中とは違う風景を見ているつもりだ。


少なくとも俺は現場に立っているつもりでいる、それが勘違いだとしても。


俺は彼女のアパートへと向かっていた。

コンクリートジャングルに囲まれたその奥地に彼女のアパートはたたずんでいた。


「特別独立行政法人機構 NWS」とは「NO WOKRS」支援機関のこと。

5年前、政府があまりに増えすぎた無就職者に対して行った政策の1つである。

この機関は何らかの原因で働けなくなった、働かなくなってしまった人たちへの援助を目的としている。

所属する理由は何でもいい。なんとなく働きたくないとか働くのが面倒だとかそんなのでもいい。


無論、真剣に人間関係が悪化して精神的に参ってますという人もいる。

それぞれの度合いは様々であり、十人十色といったところ。


それぞれの人に対して、専門知識を持った人たちがそれぞれ担当している。

希望であれば、家賃のかからない、そして資格取得や色々な研修を行える施設へと移ることも可能である。


契約内容には最低限の文化的生活の保障を行うというものがある。

ある程度のお金・・・昔で言う生活補助金といわれるものも支給される。


施設にいる人たちはともかく、施設に入らず、こうして自分でアパートを借りて住んでいる人や

家族と住んでいる人も多い。


こういう人たちは少なくとも週3日のライフアドバイザーとの面談が義務付けられている。

この形式は相手との話し合いにより決めることができて。制限は恐ろしくゆるく、話し合いの場所、時間などは双方の合意の上取り決めることができる。


そう、彼女にはあらゆることを決める権限が与えられる。

共に生活してみるもよし、喫茶店や居酒屋で話し合うのもよし。

そしてアドバイザーの性別、年齢経歴、容姿なども細かく決めることができる。


海道みなとの条件は時間はいつでもかまわないが場所は自宅がいいとのこと。

俺は手土産をぶら下げて彼女のマンションの前に立っていた。


何の変哲も無いマンション。いろんな人が住んでいるらしく

家族の笑い声から喧嘩の音まで入ってくる。


ドアをノックすると中から「どうぞー」という声が聞こえた。


「はいるぞ?」


蓮はドアあけて家の中へと入って、すぐ近くにあるゴミ袋をよけながら前に進んでいった。

これといって部屋が汚いわけでもなく、かといって汚いわけでもない。


「おう、これ土産だ」


無造作に放り投げた土産をみなとは受け取るとテーブルの上にそっと置いた。


「で?どんな感じだ?」


タバコに火をつけながらポケットから携帯灰皿を取り出しテーブルの上においた。


「どんなって・・・変わらないわよ、いつもの平凡な毎日よ」


「そうか」


「とりあえず、どうする?飯か?」


「そうね・・・とりあえず」

彼女はゲーム機を取り出すと


「いつもの勝負ね」

といいコントローラーを投げつけてきた。


ここまでくるのに結構時間がかかってしまった。

初めてあったときはどうしようという状況。


彼女はいわゆる最近の若者らしいことをしていた。高校を卒業後、とりあえず大学へと駒を進め自分を探すために海外へ行き

就職活動もいわゆる普通のセミナーへと参加し、彼女はごくごく一般的に「いい」とされている方法で今日まで至ったのである。


そして就職をして、なんのことはない現実を突きつけられて撃墜されてしまったのだ。


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