Episode:09
「まぁどっちにしても、あと二、三日はここへ釘付けだしね」
「誰かさんのおかげで」
すかさず突っ込まれたが、エルヴィラはこれは無視し、宇宙蝶の映像を最初へ戻す。
「これ見てると、やっぱりお互いに、なんか話してる気がするんだよねぇ」
「状況から見て、話していないほうが不思議だと思いますけど?」
「珍しい、あんたがそんなロマンティックなこと言うなんて」
エルヴィラの言葉に、ワケの分からないことをという顔で、イノーラが説明し始めた。
「光り方に、ときどき同じパターンが出てましたわ。それも複数の間で、決まった順のやり取りで。これは意思疎通ではありませんの?」
姪っ子の言葉に慌てて解析をすると、言うとおり数パターンが確認された。
「よく見てたね……」
「普通は分かります。それにあの生物が遭難信号に反応するのは、今までの事例でよく知られていますわ。だとすれば互いに信号を送り合っていても、何も不思議ではないと思いますけど」
我が姪ながら頭の回転は本当に速いと、エルヴィラは感心する。
「いっそ、あたしたちも遭難信号でも出してみようか」
思いついて言ってみると、イノーラから雪原のごとく冷たい視線が帰ってきた。
「必要がないのに遭難信号を出すのは、禁じられてますわよ」
「冗談だって。でも遭難信号出せば、あの蝶たち寄ってくると思うんだよねぇ」
まぁ実際にはイノーラの言うとおり、その信号は出せない。どこかの誰かが受信したら大騒ぎだ。
ならばそれに似た、何か違うものを使うしかないわけだが……さて何があったかと、エルヴィラは考え込む。
答えを導き出したのは、イノーラのほうだった。興味を持ったらしい。
「テスト用の通信帯で、遭難信号を出してみます?」
確かにその方法なら、クレームは来ない。万が一どこかの誰かが受信しても、機体に無茶をさせたので念のためにテストした、と言えば問題ないだろう。
「やれる?」
「おばさまじゃあるまいし、出来もしないことを言ったりしませんわ」
さっき服のことを言った腹いせだろうか。今日のイノーラはやけに突っかかる。
(まぁ、いいんだけどさ)
ひとたびどこかの惑星なりステーションなり、ともかく他者のいるところへ出たなら、エルヴィラの独壇場だ。
頭は抜群にいいが、どうにも社交性に欠けるイノーラは、交渉や駆け引きが苦手だった。
良くて折り合いがつかず決裂、最悪の場合は言ってはいけないことを次々指摘して、相手を怒らせてしまう。
それを姪っ子は自分でも分かっているのだろう。他人に対しては信じられないほど大人しい。典型的な内弁慶だ。
これもペットとして飼われていた弊害だろうと、エルヴィラは思う。
「通信帯チェック完了、信号、送信開始」
イノーラの淡々とした報告があって、信号が流された。
「どうなるかなー」
「どうにもならないかもしれませんわ」
相変わらずの掛け合いをしながら、観測用カメラからの映像を見守る。
意外にも、事態が動くのは早かった。観測用カメラに映る宇宙蝶が、いくらも経たないうちに、ちかちかとまたたき始める。