Episode:85
『実はこの模様ってのは、俺らみたいなならず者にゃ公然の秘密でな。幾つか種類があるわけよ。で、種類ごとに面白い仕掛けがある』
どうも大昔のどっかの星人が書き残したらしい、そんなことをも言いながら、彼は模様の意味を教えてくれたのだ。
そして目の前の座標のお尻にあるのは。
『いいか、よーく覚えとけよ。
こいつはとびっきりで、この模様のとこにゃ必ず隠された閉鎖空間がある。中にゃお宝があるってもっぱらの噂さ。
ただ入り口が分かっても、中がヘンに折りたたまれてるらしくて迷路になっててな。出てきたヤツは居ねぇのよ』
あの時は信じてなどいなかった。ただの噂話だと思っていた。
だがまさか、本当に出会うとは。
「じゃぁおばさま、この座標もそうだと言いますの?」
エルヴィラの話を聞いた姪っ子が言う。
「ただの噂では? そんな根拠のないおかしな話、世の中にはごろごろしてますし。信じて宝探しをし続けて破産したおかしな人も、山ほどいますのよ」
「けど、座標の出所ははっきりしてるじゃない」
エルヴィラに指摘されて、姪っ子が言葉に詰まる。
「そもそもこの座標、ネメイエスの第四惑星で『何かあるらしい』ってされてたでしょ? それが、そういう噂の記号と一緒だった。可能性は高いと思うんだけど」
「ですけど、宇宙図には……」
まだ自説にこだわるイノーラにエルヴィラは言う。
「座標の場所、解析してみて」
しばらくの沈黙があって、姪っ子が口を開いた。
「――分かりました。解析だけはしてみますわ」
「お願い」
短いやり取り。だがエルヴィラは、もうこれで片付いたと内心思った。
あの与太話が本当なら――現時点でかなり信憑性が高くなっているが――きっと入り口が見つかるはずだ。
そうなれば、中へ入れる。例え迷路でも問題ない。
奇妙に捻じ曲がった空間が恐れられるのは、現在位置が分からなくなるからだ。
もちろん機械は位置を示すし航路も予測するのだが、子供がぐちゃぐちゃと描いた線に脈絡がないように、この手の空間の繋がり方は脈絡がない。
だから人間のほうが把握しきれず、出られなくなる。
だがこの魔の宙域を苦としないのが、エルヴィラたちの育ての親であるベニト人だった。
生体演算機の異名を取るベニト人は、空間把握能力も抜きん出ている。
何しろ彼ら、数式を見た瞬間グラフと座標とが、多次元で頭の中に描かれると言うのだ。
地球にも楽譜を見た瞬間、頭の中でオーケストラが演奏を始めるというすごい人が居たが、たぶん似たようなものだろう。
そしてその才能を、姪っ子のイノーラもまた持っていた。
先天的なものなのか、後天的なものなのか、その辺はよく分からない。
ただベニト人の飼い主から勉強を教わるうち、イノーラは地球人としては異常とも言える才能を示していった。
(――もしかしたら、最初からだったのかな?)
外見を愛でられてペットとして買われたエルヴィラと違い、イノーラはその頭のよさで買われている。
彼女はまだ幼児だったころから文字を読み、次々と高度な計算をこなした。
だからイノーラは元々そういう頭脳の持ち主で、ベニト人に飼われたことがきっかけで、数学的能力が開花しただけなのかもしれない。
どちらにしても、いまは彼女の地球人らしからぬ、空間把握能力が必要だった。
その姪っ子が口を開く。
「座標の解析終了しました」
言いながらこちらに向ける視線は、どこか悔しそうだ。
「で、何かあったの?」
「……ありましたわ」
負けを認めたくない、そんな言い方でイノーラが答える。
「〇五七、八四三、二二五、六一九の位置に、僅かに空間のゆがみが見られます」
数字で言われても一般的な地球人のエルヴィラは、いまひとつピンとこない。
「ごめん、マークしといて」
「まったく、この程度の座標は読んでいただかないと」
今度は優越感を感じさせる声で姪っ子が毒舌を吐く。本当にひねくれているが、ある意味単純だ。
と、珍しくイノーラが交渉のことに口を挟んできた。