Episode:84
「では、契約を」
「分かった」
ネメイエス政府のときと同じように、契約が交わされる。双方で契約データが交わされ、銀河政府のデータベースにも同じものが送られた。
これでエルヴィラたちは護衛を、ヨーヨーア艦隊は報酬として貴重な座標を得たことになる。
「艦隊を動かす準備があるため少し時間をもらいたい。準備が出来たらすぐに知らせよう」
「分かりました、お待ちしています」
そこで通信は途切れた。
途端にイノーラが食ってかかってくる。
「おばさま、座標をそんなに簡単に教えてしまっていいんですの?!」
「うん」
エルヴィラの答えに、姪っ子がますますヒートアップした。
「あの惨事を引き起こした物と、関係があるのですよ? なのにそんなに簡単に、世間に知らせるなんて」
「……アンタにそういう神経があったことに、今すごく驚いてんだけど」
数字と機械にしか興味のないイノーラが、他人のことを心配するとは思わなかった。
姪っ子のほうは癪に障ったらしい。毒舌が加速する。
「私はおばさまのように、考え無しではありませんから。過去に起こったことから学んで、類推する能力くらいありますわ」
「そっか。でもね、大丈夫。ちゃんと考えてる」
イノーラが気付かないのなら、好奇心に駆られたヨーヨーア人は絶対に気付かない。
そして同時に、だから珪素系は騙されるのだと思う。
珪素系の物事の考え方は明確だし、理路整然としている。
けれどそれ故に、すべてを飛び越えた突飛な発想や臨機応変変幻自在な対応をしない。直観に従った根拠のない行動など、絶対にしない。
だが珪素系に比べて遙かに脆弱な炭素系が銀河で覇権を握っているのは、この発想の自由さ故なのだ。
そして珪素系に「いかにも炭素系らしい」と評されるエルヴィラは、その臨機応変さを存分に発揮するつもりだった。
もちろん彼らに損はさせない。そんなことをしたら、いくら『二人の地球人』の片割れと言えど、命の保証がない。
だが、予想通りの利益を上げさせるつもりもない。そしてそれでも、話はまとまるはずだ。
「ま、見てて。伊達に銀河で商売はしてないから」
自信たっぷりに、エルヴィラは言い放った。
艦隊は順調に飛行していた。当然、エルヴィラたちの宇宙船も一緒だ。
今一行はワープを終えて亜高速飛行で、例の座標へ向かっているところだった。
「もうすぐ到着しますわ」
イノーラが言う。ただその声には戸惑いがある。
「……おばさま」
しばらくして、姪っ子が躊躇いがちに声をかけてきた。
「なに?」
「例の座標、何もないようですけど……」
「うん」
エルヴィラの席からも、そのデータは確認できる。そして宇宙図には、ただ何もない空間だと表示されていた。
「どうなさいますの? ヨーヨーア人にあんな威勢のいい事を言って、これじゃ報酬になりませんわ!」
「ねぇ、その座標よく見て。あぁ違う、ネメイエスから持ってきたほう」
この言葉は予想外だったのだろう、イノーラが黙る。
「これが何か……?」
「その座標、お尻にヘンな模様記号ついてるよね?」
「え、ええ……」
一見無意味にしか見えない、座標の最後の記号。だがエルヴィラは、その意味を知っていた。
確かまだ、船を手に入れて商売を始めたばかりの頃だ。
何とか難しい商談を上手く片付けて相手方と喜び合ってたとき、与太話として聞いた。
『宇宙を旅してると時々、おかしな座標に出会うことがあってな』
宇宙で商売をしている割には気のいい、地球の昔の船乗りを思わせる相手だった。
『んでその座標の中でも飛び切り面白いのが、お尻に余計な模様のついてるヤツだ。ん? お前さん疑ってんな?』
まるで酒場の酔っ払いのような調子で、その相手は次々とまくし立てた。