Episode:83
「それは何の座標だ?」
「分かりません。ただ第四惑星の住人が発見した、とても重要なもののようです。
だから行ってみようと思っていたところ、いきなりゴレモラサ人から『見つけたものを渡せ』と言われて、砲撃されてしまって……」
途中だいぶ端折ってあるが、嘘は言っていない。
「まったく、あの連中は。対価が必要なことをなかなか理解せん。まぁ炭素系だから、ルールが守れぬのも無理はないが」
炭素系のエルヴィラとしてはカチンと来る台詞だが、指摘しなかった。それを言ってしまうと、「やはり炭素系だ」と非難されてしまう。
本当はそんなもの炭素珪素関係なく、その人と種族によるはずなのだが……。
そんな思いを抱きつつも、違うことをエルヴィラは口にした。
「ゴレモラサ人が言っていた『見つけたもの』というのは、その座標かと。どう思われますか?」
「おそらくそうだろうな。何かでその惑星に有ることを知って、狙っていたのだろう」
見解がまとまる。
そして来るべき質問が来た。
「で、そなたらはこれからどうする? 当分は守ってやれるが、永遠には無理だ」
「それは理解しています。ですので、その座標へ向かおうかと」
瞬間、宇宙船の操縦室にかすかに羽音のようなものが響いた。ヨーヨーア人が興味を惹かれたときに出す独特の音を、集音機が拾って伝えてきたのだ。
脈ありと踏んでエルヴィラは持ちかける。
「もし差支えなかったら、一緒に行っていただけませんか?」
ヨーヨーア人の船団がなぜここに居たかは知らない。が、興味を示したなら可能性はある。
炭素系のことをいろいろ揶揄していたヨーヨーア人だが、珪素系の中ではかなり高速で動くせいなのか、「軽率」なことで有名だ。
ゴレモラサ人のようにキレて交渉のテーブルをひっくり返したりはしないが、よく好奇心に駆られて衝動的な行動をとる。
それが岩のようなどっしりした種族が多い珪素系の中では、短慮で軽率と取られていた。
ただあくまでも「珪素系の中で」であって、遙かに高速で動き衝動的に振舞う種が居る炭素系と比べれば、よっぽど深慮と言っていい。
(価値観の基準って、いろいろおかしいよね……)
そんなことを思いながら、エルヴィラは交渉を続ける。
「一緒に行っていただけるなら、もちろん座標はお教えします。ただ、目的地に着くまでは他言しない、という条件になりますが」
「それだと上へ報告が出来ぬ。困るな」
異議を唱えるヨーヨーア人に対し、エルヴィラは「もっともです」と言いながら更に続けた。
「報告されてしまうと、まだ近くに居るゴレモラサ人が通信を傍受するかもしれません。そうなったら、先回りされてしまう可能性もあります。場合によっては、あのソドム人に知られてしまうかもしれません」
「それは有り得るな……」
ここでもソドム人の悪評が有利に働く。
誰もがソドム人の悪辣さを知っているから、引き合いに出すと話が予想通りの方向へ行きやすい。
「どうでしょう、座標に何があるか確認してから、上に報告していただけませんか?
そうすれば一緒に行って頂く報酬として、座標そのものをお教えします」
そして考える暇を与えぬように、エルヴィラは畳みかけた。
「上への報告は、『護衛を引き受けた』と言えば済みますよね?」
「それもそうか」
好奇心のほうが職務に勝ったようだ。
「では、こうしよう。
我らはヨーヨーア本星調査艦隊だ。そしてこの辺境の地にて『二人の地球人』から救助を請われ、護衛を引き受ける。報酬は過去に記された座標だ。
但し到達前は危険回避のため極秘とされ、到達後に艦隊外のヨーヨーア人が座標を知ることになる」
「異論ありません」
これだとヨーヨーア人側のほうが多少不利なのだが、当人たちには「好奇心を満たす」という目的があるため、不利を気にしていない。
商売人としてはどうかと思うが、当人たちがそれでいいと言っているのだから、これ以上気にする必要もないだろう。