Episode:80
「星系政府に言われては困る。そ、そうだ、金を払うから、我々を第四惑星へ降ろしてくれ」
「それこそ、星系政府に掛け合わないと。あの星は原則、立ち入りが禁止ですから」
エルヴィラたちがネメイエス政府に頼めば、あの英雄扱い振りからして、たぶん許可が出るだろう。
が、頼む気はなかった。何故かはよく分からないが、「それをやってはダメだ」という気がするのだ。
たぶんゴレモラサ人はどこかに残った記録の断片から、あの惑星に「何か重要なもの」があると判断し、そこから出てきた自分達を狙っているに違いない。
「ダメだ、星系政府に知られてはダメだ!」
「……でしたら尚更です。ここは発生星系で、星系内のすべての権利はネメイエスに帰属します。なのに勝手なことをしたら、私達がどれほどの損を蒙るか」
ゴレモラサ人が黙る。
権利の境界を侵すのは、銀河文明ではご法度だ。だからこれを正論として出されたら、強要は難しくなる。それを承知の上での、エルヴィラの台詞だった。
そして彼等が黙っている間に、小声で地球語を使ってイノーラに話しかける。
(近くに船団、居た?)
(はい。六光年の距離にヨーヨーア人が。それから銀河第十五区商連社が十八光年のところに)
上々だ。これなら助けを求められる。
銀河第十五区商連社は、いわば商社だ。大規模に輸出入等をしていて、構成員も複数の星系から来ている。そしてもうひとつのヨーヨーア人は、珪素系生物だった。
エルヴィラからしてみれば、どちらを選ぶか明白だ。
(イノーラ、ヨーヨーア人の船団近くへワープ用意。あたしは交渉するフリして、時間稼ぐ)
(りょ、了解……)
意図が分からないのと、かなり危険なこととを頼んだせいだろう。姪っ子の声が震えている。
一方ゴレモラサ人は、哀願するような調子――翻訳機がそうしているわけだが――で話しかけてきた。
「もし我らの要望を聞いてくれたら、権利をやろう。だいたいのことは出来るぞ。船団が欲しいか? 交渉優遇権か?」
第二ソドム人を名乗るだけあって、出してきた条件はかなり魅力的だった。だがそういう利権をヘタにゴレモラサ人から受け取ったら、それをネタにどこでどう強請られるか分からない。
とはいえ、単に突っぱねても話が面倒になるだけだろう。
「そうですね……では交渉だけはしてみますから、その対価として、この船に銀河航行権を付与していただけませんか? たしかあれは、推薦さえあれば割と簡単に取れたかと」
銀河航行権というのは、各星系の領有宙域を申請なしで航行できる権利だ。地球で言うなら「ビザ免除」が近いだろうか。ただあくまでも「航行」が可能なだけで、それ以外のことは一切出来ない。
それでも持ち出したのは、簡単に取れる割に、エルヴィラたちには見返りが大きいからだ。
ソドム人をはじめ銀河の有力種族は「持っていて当たり前」なのであまり感じていないようだが、エルヴィラたちは銀河政府に加盟していない地球出身なので、この権利がない。
だからどこかの星系へ行くたびに宙域外で申請をし、許可が下りるまで待機していなければならなかった。
それでも用事があって行ったなら我慢もできるが、目的地へのルートの関係で「ただ通りたいだけ」の場合は悲惨だ。酷いと何日も待たされた挙句、許可が下りないことさえある。
それが全て無くなるのだから、エルヴィラたちにはかなりの恩恵だった。
「ほう、そんなものでいいのか?」
尊大な口調でゴレモラサ人が訊いてくる。
と、イノーラが地球語で囁いた。
(おばさま、ゴレモラサ艦隊のエネルギー値が、おかしな動きをしています。何か仕掛ける気かもしれません)
予想通りだ。
(イノーラ、もう飛べる?)
(はい、いつでも)
準備が万全なことを確認して、エルヴィラはゴレモラサ人に返した。
「銀河航行権だけで構いませんよ、交渉するための対価ですから。成立した暁には、改めて別の報酬を頂きます」
「それは出来ないな。航行権を報酬に、何としても着陸許可を取ってもらおう」
同時に、ゴレモラサ人の砲門に灯がともる。
間髪入れずエルヴィラも叫んだ。