Episode:08
「チェック終了しましたわ。もともと老朽化している部分以外は、目立った損傷はありません」
言いながら入ってくる姪っ子を見て、エルヴィラはため息をつく。まただ。
「イノーラ、その格好はダメって、前にも言ったよね」
危険がないことが分かったからだろう、スペーススーツを脱いで身軽になっている。
知的という言葉がよく合う端正な顔立ち。エキゾチックな黒髪と黒い瞳。スタイルも悪くはない。もう少しボリュームがあってもいいとは思うが、これは好みだろう。
だが問題は、そういうことではなくて……。
「ベッドルームとバスルーム以外は、服を着なきゃダメ」
「でもおばさま、服というのは防護や保温、あるいは装飾のために着るものですわ。ここは安全で快適ですし、飾る必要もありませんから、着る必要を認めません」
ペットとして育ったいちばんの弊害は、これではないかとエルヴィラは思う。
「だからさ、あたしたちもう、ペットじゃないんだから。動物みたいなマネやめなって」
「よく分かりませんわ。服を着るのが知的生命の条件なら、わたしたちの飼い主だったベニト人は、知的生命ではないということになります」
イノーラの言うとおり、二人の飼い主だったベニト星人は服を着ない。堅牢な外殻を持つ珪素生命体なので、そもそも服を着る必要がなかった。
納得しそうのない姪っ子にエルヴィラは頭を抱えたが、上手い説明を思いつく。
「ともかく着なきゃダメ。地球人のその格好は、ベニト人がボディペイントせずに外へ出るのと同じなんだから」
イノーラの顔色が変わる。彼女の中で何かが繋がったらしい。
チャンスを逃さず、エルヴィラはさらに畳み掛けた。
「それにそんな格好してるの見たら、地球の母さんたちが泣くよ?」
先ほどの言葉と合わせて効いたようで、イノーラは硬い表情のまま身を翻し、自室へ戻った。
そんな姪っ子の後姿を見ながら、エルヴィラは腹立たしさを覚える。
イノーラにではない。あの子をそうさせてしまった、いろいろなことに対してだ。
金魚か何かのように、作られた小さな環境の中で食べ物をもらい、やることすべてを鑑賞される生活。エルヴィラは頑として脱ぐのを拒んだために免れたが、服さえも与えられない、まさに「ペット」の扱い。
幼かったイノーラは割と簡単に慣れてしまったが、それなりの年齢だったエルヴィラにとっては、それらは屈辱でしかなかった。
「このデータ、どこへ売る気ですの?」
イノーラが服――正確に言うと薄布を巻いた程度だが――を着て、戻ってきた。
これで流行の清楚な服でも着たら、地球ならモテるだろうに。姪っ子の姿にそんなことを思いながら、エルヴィラは答えた。
「もう情報屋と交渉して手配済み。思ったより高く売れそう」
「おばさまにしては、無難ですわね」
服に引っかかった黒髪を整えながら、姪っ子は言い返す。
「あたしがいつも、妙なことしてるみたいな言い方じゃない」
「違いますの?」
ああ言えばこう言うばかりで、本当にひねくれている。だが、責める気にはならなかった。
要するにイノーラは、これが楽しいのだ。
あまりにも幼いうちに親から引き離されたイノーラの、数少ない楽しみを、エルヴィラはやめさせようとは思わなかった。