Episode:78
「イノーラが地球に行きたいのは分かるけど、先にあの星で見つけた座標へ行ってみたいんだ。
じゃないとなんか、二度と行けない気がして」
本心だった。
理由は分からないが、そんな気がしてたまらない。そしてエルヴィラのこういう時のカンは、異様によく当たるのだ。
「――分かりました」
イノーラが折れる。
基本的にあやふやなものは当てにしない姪っ子だが、エルヴィラのカンの鋭さは今までに幾度も目にしてきている。だから根拠の無いまま、従う事にしたのだろう。
「ありがとね」
「別に。けれどそう思うのでしたら、後で何かお礼を」
やっぱりひねくれている。
「……一応考えとく。で、例の座標へは行けそう?」
「当然ですわ。銀河系の中ですし」
実際には「銀河」と言っても途方もなく広く、容易に行けない場所もあるはずだが、姪っ子にはあまり関係ないようだった。
実際危険区域と称されるところでも、彼女はすいすいと通り抜けてしまう。
「じゃぁ可能域まで出たら、超高速飛行お願い」
「了解です」
イノーラがいつになく素直なのは、彼女も例の座標に何があるかを確かめたいからだろう。
眼下の惑星が遠ざかっていく。このまま超高速飛行の可能域――惑星近くでは危険なため禁止――まで出れば、後は目的地へ向かうだけだ。
「超高速飛行可能域まで到達、これより準備に――」
そこで急に、イノーラが言葉を切った。
「どしたの?」
「次元波を確認。船団が来ます」
姪っ子が厳しい表情で計器類を見る。
「すぐ近く?」
「恐らく。囲まれます」
さすがのエルヴィラも緊張する。何の前触れもなく船を取り囲むなど、間違っても友好的とは言い難い。
動こうとは思わなかった。こんな不安定な状況でうっかり動いたら、何が起こるか分からない。最悪、こちらの船がおかしな異空間に迷い込む可能性があるのだ。
まずは様子を見て、隙をついて逃げ出すしかないだろう。
「――来ます」
イノーラの言葉と共に、全方位モニターに揺れる空間が映し出された。船が出てくる前兆だ。
「多いね……」
「ですから、船団と申しましたわ」
言っているうちに揺らぎの中からぼやけた船体が現れ、形が定まっていく。
「どこの船か分かる?」
相手の素性が事前に分かれば、ある程度の予測が立つ。交渉を少しでも有利に持っていくためには、必須の情報だ。
「――出ました。船体の特徴から、乗員はゴレモラサ人と思われます」
「あいつらか」
評判の良くない連中だ。
見かけは地球にあった「コンパス」そっくりだった。ただ上の部分に長い紐のような触手が何本か付いていて、それが手の代わりをしている。
けれど嫌がられているのはその容姿ではなく、信条だ。
ゴレモラサ人もかつて、ソドム人に騙されて支配下に置かれた。だがその先が変わっていて……驚いた事に、誰もが身も心もソドム人に捧げてしまったのだ。
ソドム人が右と言えば右へ行き、左と言えば左へ行き、まるで召使いのように振舞う。しかも他星人に向かっては「我らは第二ソドム人」と名乗り、威光を盾に暴利を貪っては、ソドム人に献上しているのだ。
安楽な暮らしを捨ててまで独立を望んだエルヴィラにしてみると、全く理解できなかった。
とはいえ、けして舐めてかかれる相手ではない。それにぶち切れるとムチャクチャな行動に走るので、その辺も危険だ。
(まぁ、ソドム人よりはマシか)
あいつらが相手では勝ち目が無いが、ゴレモラサ人なら出し抜けるだろう。
問題は、何故こんなことになっているかだが……。