Episode:77
惑星の滅亡の理由を知った数日後、エルヴィラとイノーラはこの星系を離れる事にした。
もともと偶然に近い形で、宇宙蝶にこの星系へ連れてこられたのだ。本来から言えば、壮大な寄り道だった。
――思いもかけず大仕事を引き受け、惑星の調査までしてしまったが。
とはいえ儲けられたのだから、万事問題なしだろう。
「いろいろ、ありがとうございました」
例のネメイエス外交部の交渉担当に、挨拶をすると、満面の笑顔(合成映像だが)が返ってきた。
「移住先を見つけてくださったあなたがたは、我らにとっては救世主ですよ。
これからも何かありましたら、遠慮なく言ってください。出来る限りの事はします」
何やら背中が痒くなるような台詞を言われる。情報屋が「救世主」と言った時は半信半疑だったが、本当にネメイエスの救世主にされてしまったようだ。
「船の具合はいかがですか? 旅立つにあたって、足りないものはございませんか? 星系中の者が心配しております」
「あ、いえ、大丈夫です、はい」
しかも話の内容からするに、数日の間に星系中に噂が広まってしまったらしい。
(勘弁してほしいんだけどなぁ……)
これならどんな要求も通るだろうが、自分はそんなご立派なモノではないから、どうにもこそばゆかった。
「これから、お二方はどちらへ?」
「地球にでも寄ろうかと。一度顔を出しておいたほうが、何かといいでしょうし」
本当はそんなつもりはないのだが、当たり障りの無いことを答えておく。
「そうですね、お二方は地球出身でいらっしゃるわけですし。宇宙図はございますか?」
「ええ、あります。ありがとうございます」
まさに至れり尽くせりだが、やはり落ち着かない。早々に立ち去って、ほとぼりを冷ますほうがよさそうだ。
「名残惜しいのですが、できたら中継ステーションにも立ち寄りたいので、これで失礼します」
「これはお引止めして申し訳ないことを! 旅の幸運を祈っております」
そこでやっと、通信は途切れた。
「つっかれたー! あぁもう救世主とかナニソレ」
持ち上げられて悪い気はしないが、それにしたって救世主は無いだろう。
自分は間違っても、そんな品行方正な人間ではない。単に商売のチャンスと見て挑み、モノにしただけの話だ。
なのに救世主だなんて、どこをどう取ったらそうなるのか。
「いいじゃありませんか。これからネメイエスの方相手なら、取引が楽なのですから」
「そーでもないってば」
この辺が交渉下手のイノーラだな、とエルヴィラは思う。
いくら向こうがこちらに対して好意を持っているからと言って、一方的な取引ばかりしていれば、いつか破綻する。
商売は、それではダメなのだ。
好意を持ってくれている相手に対しても、サービスする。それでこそ長いお付き合いになって、儲けは大きくなる。
だがこの辺の事をイノーラに説明しても、よく分からないだろう。彼女に理解出来るのは、数字で記述できるものだけだ。
「さ、行こうか」
と、姪っ子から横槍が入った。
「本当に地球へ行きますの?」
「あれは社交辞令。いきなり〝見つけた座標に〟なんて言えないって」
「そうですか……」
微妙に不満気だ。
「座標行くの嫌?」
「そういうわけじゃありませんわ」
口ではそう言っているが、やはり不満そうだ。
(ちょっと可哀想なことしたかな)
恐らくは今のネメイエスとのやり取りで、地球に行くかもしれない、と思ったのだろう。
姪っ子にとって、地球は夢の星だ。もしかしたらそこへ行けるかもしれないと、ヌカ喜びさせてしまったらしい。
「ごめん、地球はこれが終わったら寄ろう」
素直に謝る。こういうことをヘンに誤魔化しても無駄だというのは、エルヴィラは今までの経験で思い知っていた。
商売相手ももそうでない人間関係も、こういうときはヘタに隠さず言い訳をせずぶっちゃけて、最初から謝ったほうがずっと早い。
だから頭を下げる。