Episode:76
「逃げきれる?」
「分かりません」
イノーラがそう言うのなら、危ないのだろう。
ならば、とエルヴィラは操縦桿を握った。
「回避する!」
あとはカンだ。
全方位モニターを見ながら、伸びてくる触手のようなものを次々と躱す。
スピードはほぼ互角、小回りはこちらが上。ならば操縦の腕さえよければ、分はこちらだ。
横にスライドさせ、加速し、減速し、急旋回し、捉えようと迫る腕(?)をかいくぐりながら、エルヴィラは船を上昇させた。
「もう、来ないようですわ」
姪っ子の声で我に返る。
「逃げ切った?」
「おそらくは。ですけど、もう少し離れたほうがいいかもしれません」
「分かった」
イノーラの言葉に従って、惑星から距離を取る。
(――距離に制限があって、ホントによかった)
エルヴィラは心底そう思った。それがなかったら、今頃船ごと捕まっていたはずだ。
ほっと息をつくと、やけにのんびりした声が聞こえた。
「おーい、だいじょーぶかー?」
例の情報屋だ。そういえばさっき一言返したあとは、ずっと放置だった。
「うん、大丈夫。何とかなった」
「そりゃよかった」
映像を入れる気にはならなかった。もしかしたら向こうは、また趣向を凝らした格好をしてくれているのかもしれないが、今は見るだけの気力が無い。
ちょっとだけ申し訳ないと思いつつ、エルヴィラは情報屋に言った。
「何とか切り抜けて、ごめん疲れた。急ぎじゃないなら、情報あとでいい?」
「いいぜ。さっきの〝休眠状態〟ってのが、急ぎの情報だったからな。それが何とかなったんだったら、あとは急ぐ物はねーよ」
「そっか、ありがと。じゃぁ申し訳ないけど、また後でね」
言って通信を切る。自分でも驚くくらいに疲れていた。
隣で姪っ子がぽつりと言う。
「これじゃ、放置されるわけですわね……」
「だねぇ……」
考えてみれば、この星に調査隊や救出隊が来なかったわけがない。
なのに当時のまま放置され、データが抹消されているのだ。危険度は推して知るべしだった。
「まったく、なんであんな危ない実験、地上でやるかなぁ……」
宇宙空間なりなんなり、もう少しやりようがあるだろう。
そこまで考えて思い出す。
式と一緒に見つかった座標。それを記録していた人物は、「なぜ先にそこを調査しなかったのか」と言っていなかっただろうか?
――だとすれば。
動き出したら最後、あの〝何か〟は押し止めようがない。けれどあの座標を調べたら、止められるのではないか。
もしそうなら行ってみる価値があると、エルヴィラは思った。
すぐさまイノーラに話す。
「――だから、行ってみようよ」
姪っ子からは、まだ毒舌が返ってこなかった。よほど怖かったらしい。
そんな姪っ子を可愛いと思いながら、エルヴィラは続けた。
「あんなものが普通に使われだしたら、銀河大戦どこじゃなくなるよ。
だからさ、止められる可能性があるなら、調べてみない?」
「そうですわね」
今度はイノーラも同意する。あれだけの体験をしたあとだけに、止められる手段があるなら欲しいらしい。
「じゃぁ決まり、行こう。でもその前に、ネメイエス政府だね」
言ってエルヴィラは、船を動かした。