Episode:75
「計測器持った?」
「おばさまじゃあるまいし、持ってるに決まってるじゃありませんか」
そんなやり取りをしながら、エルヴィラたちは外へ出た。
イノーラが機械を作動させる。
「どう?」
「まだ弱すぎて。もう少し強くなれば……」
「なら、もう少し」
少しずつ、慎重に近づく。
「あ、もう少しで分かりそうです」
そう言って姪っ子がもう一歩進みだしたとき、いろいろなことが一度に起こった。
通信が来たという知らせが入り、イノーラの計測器が波長を捉えた旨を告げ、エルヴィラの背筋を嫌なものが這う。
「イノーラ、ダメっ!」
彼女の身体を横抱きにするように抱え、一足飛びに宇宙船の方へ戻り――斥力ベルトを付けていなかったら出来なかった――同時に叫んだ。
「イノーラ、船のエンジン始動! 離脱っ!」
「は、はい」
あまりのことに思考が停止しているのだろう、姪っ子がすんなりと従う。
航行法違反だが、ハッチが開いた状態の船が動き出す。そこへエルヴィラは、イノーラを抱えたまま滑り込んだ。
「全速で大気圏から離脱っ!」
「おばさま、いったい?」
「いいから早くっ!」
有無を言わさず指示を出す。
気迫に押されたのだろう、イノーラが急いで船の高度を上げた。その間にエルヴィラは、さっきからうるさく鳴っている通信要請の方に答える。
「ごめん急いでるの、何か用?」
「いや、気になる情報、手に入れてな」
例の情報屋だ。ただ幸い今は映像を出すシステムがないので音声だけで、それがありがたかった。
「何かそこの致死性のヤツ、休眠してるだけって話が出て――」
「今、逃げてるっ!」
確証があるわけではないが、多分間違いない。なぜならハッチの向こう、既に見下ろす距離になった地上で、植物らしきものが次々と枯れているのだから。
「お、おばさま、何が……?」
まだ事態を飲み込めていない姪っ子に、エルヴィラは顎で地表を指し示した。
イノーラが顔面蒼白になる。
「ど、どうしましょう」
「ともかく逃げる! やつら、惑星の外へは出てないから、そこまで行けば逃げられるからっ!」
「はいっ」
船がスピードを上げた。常に何かがズレている姪っ子も、さすがに状況を理解したのだろう。
情報屋の心配そうな声が聞こえた。
「お前ら、大丈夫なのか?」
「分からない、でも逃げきる!」
イノーラが踏み出した際に一瞬でも反応が遅れていたなら、どうなっていたかわからない。
同様に外からでも動かせる操船端末をイノーラが勝手に作っていなかったら、やはりどうなったかわからない。
だがそういう幾つもの偶然を重ねて、今は無事だ。ならばまだ、運は逃げていない。
「操縦室行くよ」
「はい」
二人で慣れた操縦室に入り、席に腰を下ろすと、全方位モニターが船の周囲を映し出した。
「うわ、なにこれ」
「微妙なエネルギーの差異が、視覚化されたものです」
「ひぃ……」
黒い不定形の這いよるモノ。視覚化された〝それ〟は、そんな風に見えた。
それが、追ってくる。