Episode:74
「あたしも、そりゃ見てみたいけどさ。なんでそんなに急ぐのかなって思って」
「急ぐというか……」
イノーラが一旦言葉を切る。表現を探しているようだ。
少し経って、彼女がまた口を開いた。
「急ぐ理由は特にありませんけど、何というか……その見つかった石の出す波長というのが、出来たら知りたくて。
それが分かれば、再現できるかもしれませんし」
「あ、それ止めたほうがいい」
エルヴィラは気づいたときにはそう言っていた。
たちまちイノーラの顔が険しくなる。
「なぜですの? 全てのデータが目の前にあるじゃありませんか」
「違う違う、えっとね、調べるの自体が悪い、ってワケじゃないんだってば」
慌ててエルヴィラは姪っ子をなだめた。
「そうじゃなくて、もし安定して再現できたら、ほらなんていうか……絶対、兵器に転用するバカ出ると思うんだ。だから気を付けないと」
その言葉にイノーラが拍子抜けしたような顔になり、ちょっとの間を置いてから頷いた。
「なるほど、一理ありますわね。
おばさまがそんな理に適ったことを言うなんて想像しなかったから、すぐには分かりませんでしたわ」
本当にこの姪っ子、どうしてこう毒舌だけは得意なのだろう?
ただそれでも「分かった」というならラッキーだ。彼女に分からせるために延々説明するなんて、何かの精神耐久レースになってしまう。
「まぁそういうわけだからさ、しばらくはどこにも出さないでしまっておこうよ」
「ええ、そういう理由でしたら」
あっさりイノーラが合意したのは、たぶんエルヴィラの意図を理解したのではなく、「数式を独り占め」出来るからだ。
頭のいい姪っ子だが精神的には幼いところもあって、特にこういうオモチャは自分だけのものにしたがる傾向があった。
この年になってそういう態度はどうだろう……とエルヴィラは思うが、こと今回に限っては、かえっていい具合だ。これでしばらくは、あの数式が外へ出まわることはない。
そうこうしている間に、全方位スクリーンに映る景色が動かなくなる。
着いたようだ。
「またけったいな形を……」
「そうですか?」
異星人感覚の姪っ子には違和感がないようだが、太い柱を二本立て、やはり太い梁をその間に渡し、中央から半端な柱のようなものがぶら下がった、ニホンの教会の入口のような何か。
そしてその下には、巨大な丸い物体がごろんと転がっている。
「あの球体がぶら下がっていたようですね」
「相変わらず、なんでそう何でもぶら下げるかなぁ……」
確かに実験の場所としては悪くないのかもしれないが、安定性やら強度を考えてしまうと、やっているうちに落っこちてしまうのではないかと心配になる。
船が球体の傍に着陸した。
「大きいねぇ」
「そうですわね」
こうして見てみると、船の数倍は軽くある。
エルヴィラたちの船はけして大きい方ではないが、それでも百メートル近い。その数倍なのだから、数百メートルはあるだろう。
球体は割れたりはしていなかったが、落ちた時の衝撃でだろうか、一部が外へめくれるように壊れていた。あるいは出入口だったのかもしれない。
「どう? 何か分かった?」
「今計測してます。かすかにエネルギーが放射されているようなのですけれど、ともかく弱くて……」
やはりこの中には例のヨなんとか言う星で見つけた、石があるに違いなかった。
「近づけば、もう少し良く分かると思うのですけど」
「じゃぁ行ってみよっか」
言うと姪っ子が嬉しそうに頷いた。
「ここの住人は飛べましたから、斥力場ベルトつけてかないといけませんわね」
「そだね」
二人でいそいそと用意をし、エアロックへ向かう。