Episode:73
「――そういうことなんだけど」
エルヴィラの説明に、イノーラはしばらく無言だった。
「どう思う?」
「どう思う、と言われましても。何に対してどう思うのか、主語を言っていただかなければ分かりませんわ。
先日も同じことを言いましたのに、もう忘れまして?」
思わぬ方向性の返事が返ってきた。何というかこの姪っ子、本当に情感というものには縁が遠い。
違う意味でため息をつきながら、エルヴィラは訊き直した。
「今の話、本当だと思う?」
「壮大な創作という可能性もありますけど、あの状況で出来たら違う意味で才能を感じます。ですから、恐らく事実ではないかと」
何やら回りくどい言い方だが、要するに「真実だろう」と言いたいらしい。
エルヴィラも、これに関しては疑う気はなかった。このネメイエス第四惑星が壊滅したのは事実だし、言い伝えや見つかった資料とも辻褄が合う。
正直信じたくはないのだが……。
そう思うエルヴィラの耳に、思わぬ言葉が飛び込んできた。
「それよりもおばさま、私その実験場とやらが、見てみたいのですけど」
「え?」
冷静な姪っ子がそんなことを言うとは思わず、一瞬頭の中が固まる。
「実験場って……つまり、この災害の根本だよね?」
「ええ。でも見つけた報告からは、ある程度時間が経てば無害のようですし。
それに私たち自身が何も問題なく過ごせているのですから、推測通り無害化したと思われますわ。
ですから、その現場を見てみたいのですけれど」
エルヴィラは考え込んだ。
確かにイノーラの言うとおり、現在は無害化しているのだろう。だったらそう危険ではないはずだ。
ただ、エルヴィラとしては気が進まなかった。本能的な恐怖と言っていい。
(でもねぇ……)
毒舌の姪っ子だが、これで案外「ねだる」ということをしない。
彼女は物心ついた頃には親から引き離されて、ペット生活が始まっていた。
だから自分の境遇を他者と比較することもできず、ただただあるがままに受け入れるクセがついてしまっている。
自主性が少ない、自我が薄い、とも言えるかもしれない。
だがそのどれも、イノーラに罪はないのだ。彼女は与えられた理不尽な運命に適応しただけだ。
そんな姪っ子が、珍しく「行きたい」と言う。それを無碍には出来なかった。
(時間が経ったら問題ない、って言うしね)
だいいち本当に問題があるならイノーラの言うとおり、自分たちなどとっくに死んでいるだろう。
「――分かった、行ってみよっか」
「では、準備をしてきますわ。そこまで船を動かさないと」
エルヴィラが身を翻してリビングルーム(と言ってもかなり狭いが)を出て行く。毒舌が返ってこなかったところを見ると、相当行きたかったようだ。
ダメと言わなくて良かったと思いながら、エルヴィラも立ち上がった。
駆動音から察するに、珍しくイノーラが船を動かしている。だが居住空間に居ると、音以外では全くわからなかった。
その辺の慣性制御は銀河では当たり前だが、地球では地上を走る車でさえ、発進や右折左折、停車のたびに振り回されていた。そんなエルヴィラからすると、驚異の技術だ。
操縦室へ入る。
「遠くありませんから、すぐ着きますわ」
「そだね」
心なしか姪っ子の口調が、浮き立っているように聞こえた。よほど見てみたいのだろう。
不思議に思って理由を訊いてみる。
「なんでそんなに見てみたいの?」
「おばさまは見てみたくありませんの?」
質問に質問で返された。逆に言うならそのくらい、イノーラにとっては「見に行って当然」のものらしい。
とはいえそれだけでは、姪っ子が行きたい理由は分からない。なのでエルヴィラは、再度訊いてみた。