Episode:72
『これを読んでいる誰かへ
これが読まれてるということは、我々の実験は失敗して、惑星全土が全滅したのだろうと思う。そうでなければ、私はこれを消すつもりだから。
この星で何が起こっているかを、ここに記しておく』
ところどころ誤字脱字があるのは、急いで記録したためだろう。
『我々は近隣のレドイス星系の侵略に晒されており、この星が植民地になるのは戦力や科学力の差から見て、ほぼ間違いないと思われた。
よってそれを回避するための方法を模索し、切り札を作り上げた。
きっかけは、五十年ほど前にとある惑星で発見された石だ。調査隊がヨロラヒエヌ星系第二惑星から、一連の式と一緒持ち帰った。それは未知の物質で出来ていて、長年謎となっていたが、ある時偶然、特定のエネルギーを放出していることが観測されたのだ。
また一連の式――平行宇宙接続式と呼んでいる――の解読も完了し、一定のエネルギーを与えれば次元の壁を越えてワープするだけでなく、違う世界との通路を作ることが可能なことが証明された。
この二つを利用し、なるべく致死性の高い世界と繋ぎ、彼らを葬り去る。これが計画の概要だ』
ここまで読んで、エルヴィラは顔を上げてため息をついた。植民地になりたくなかった、というのは理解できる。地球だってヒドいことになっているのだから。
ただそれを回避するためにここまでするというのは、エルヴィラの発想にはなかったのだ。
記録は続いていた。
『計画自体には、反対意見もあった。だが侵略の可能性が現実のものとなり、計画は実行された。
まず実際に繋げられるかどうかから始まり、それが成功したあとは幾度となく繋ぐ先を変える実験が、繰り返されている最中だ。ただまだ、どうすればどこの次元に繋がるかはよく分かっていない』
どうやら実験は、ここまではなんとか順調だったようだ。そしてこの先で失敗したのだろう。
記録にはその辺のことも書いてあった。
『実験は隔離施設を全面シールドで厳重に覆い、繋いだ時の機器の状況と繋いだ先がどういうところかを検証し、要求に合わなければ一旦切って別のところに繋ぐ。そのプロセスを繰り返している。
だがある世界へ繋いだところで、予想外の事態が生じた。我々に都合のよい世界が見つかったところまでは良かったのだが、次元の向こうから出てきた何かとが、シールドと拮抗し始めたのだ。
今回繋いだ世界は調査した限りでは、こちらの世界の生物は生命力とでも言うものを急激に失い、死滅する。ある意味兵器としては優秀だが、極めて危険だ。
今はシールドの出力を上げることで抑えているが、向こう側からの圧力(と言い換えていいだろう)は上昇する一方で、早晩突破されるだろう。
そうなれば圧から計算して、実験場から離れているこのモニター場どころか惑星全土でさえ、数分経たないうちに死滅する可能性が高い(そんなことを今考えているのは、私だけのようだが)。
ただその場合でも今までの実験から見て、暴走後しばらくすれば収束するはずだ。あの隕石を使ったシステムは維持装置が止まると、そう長くは作動できない。故にその後は問題なく暮らせるはずなので、心配しないで欲しい。
今にして思えば何とか政府を説得して、あの式と一緒に見つかった座標を調べてから、この研究に着手すべきだったのかもしれない』
この人物、なんでこんな研究に参加していたんだろう? そうエルヴィラは思った。ここまで冷静に行動できる人なら、実験を事前に止めさせるとか、自分は早々に星系外へ退去するとか、いろいろ出来そうなものだ。
まぁそういうことが出来なかったからこそ、あの会場でみんなと運命を共にしたのだろうが……。
文章はそこで終わり、そのあとには発見された座標と、幾つか単語が続いているだけだった。
『シールド出力低下』
『浸潤開始はほぼ決定』
『数式の書き留めを提案』
それで記録は終わっている。
いつの間にか止めていた息を、エルヴィラは大きく吐いた。
何か大ごとだろうとは思っていたが、こんなものを見つけるとは思わなかった。
(イノーラにも、教えなきゃ)
彼女が扱っている数式は、一つ間違えば同じ結果を引き起こせるものだ。単独ではどうということはないのかもしれないが、いつか誰かが気づいて、同じ過ちをするかもしれない。
だからといって隠してしまうのがいい、とまでは思えないが、少なくとも知る必要はあるだろう。
(あの子、自室かな?)
重い気持ちのまま、エルヴィラは立ち上がった。