Episode:71
(本末転倒じゃない)
そんなことを思いながら、辺りを見回す。
ここの住人らしい残骸がずらりと並ぶホールなど、気味悪いことこの上ない。初日など半分逃げ帰ったようなものだ。
ただ出入りを繰り返すうち、さすがに慣れてしまった。これといって体調に変化もないし、何度スキャンしても何も居ない。念のために索敵網を警戒状態にしているが、それも無反応だ。
本当に何も居ない、棄てられた都市。そうとしか言いようがない状態だった。
ひとつため息をついてから、エルヴィラは作業にとりかかった。
昨日まず回収してみようと思ったのが、例の少し長い文章を書いていた人物の端末だ。
経緯詳細は端末内と、自分から銀河標準文字で書いていたのだから、何が起こったか分かる可能性がいちばん高い。他にも少なくない数の人が同様のことを書いていて、その端末は回収するつもりだ。
持ってきたメモを頼りに、端末を選び出す。
本当は全部回収すべきだとは思う。だがなにしろ、この巨大なホールだ。居た人数も相当数で、それが持っていた端末全てとなると、エルヴィラたちには荷が重すぎた。
というか、宇宙船の空きスペースがすべて埋まりかねない。
ある程度の数だけ回収してデータを取って、それで分からなければ入れ替える形で、違うものを回収するより他ないだろう。
結果、片っ端から端末を壊す羽目になるかもしれないが、その辺はエルヴィラはもう割り切っていた。
持参した箱状の反重力カートに、回収した端末をそっと載せていく。それをたっぷり二桁は繰り返して、やっとリストの最後にたどり着いた。端末の駆動方法を書いていた人物のところだ。
たぶんこの端末が、いちばん有望だろう。
慎重にいちばん上に乗せ、カートのカバーを閉める。
(よし、っと)
これでもう船に持ち帰るまで、落としたり壊したりということはない。
あとは長居は無用とさっさと部屋を出ようとして……エルヴィラは立ち止まった。
何かやはり、後ろめたい。この記録が日の目を見ることを、死んだ人たち――たぶんそう――が望んでいたとしても、泥棒まがいはイヤだった。
少し考えて、エルヴィラはペンを取り出した。そして機械が置かれていた辺りに書く。「この記録はいただきます。残してくれてありがとう」と。
本当は何かお礼の品も置ければいいのだが、あいにく持ち合わせが無いので、それは勘弁してもらうことにした。
書いたからといって、どうなるわけでもない。単に自分の気持ちの問題で、要は自己満足だ。姪っ子が見たら、「無意味なことを」と盛大にバカにするだろう。
だがそれでも、エルヴィラはそんな自分の行動が嫌いではなかった。それに銀河にだって、死者を悼む星はたくさんある。
思えばこの星のかつてを知る宇宙蝶に導かれて、ここまで来たのだ。非科学的だが、これも何かの縁だろう。
なんとなく気が済んで扉へと向かい、最後にホールの中へ向き直る。
「ありがとう。さよなら」
ぺこりと頭を下げた瞬間、エルヴィラは何かの気配を感じて顔を上げた。
――たくさんの、カマキリのような姿の影。
だが一瞬「見えたような気がした」だけで、見直してみると何も居ない。先ほどと変わらぬ、ただ静かで広いホールのままだ。
それでもエルヴィラは、きっと記録の主たちだろうと思った。なぜなら聴いた気がしたのだ。「ありがとう」と。
喜んでもらえてよかった、そういうことにしておこう、などと思いながら、エルヴィラは建物を後にした。
情報が取れたことで、解析は一気に進んだ。例の駆動方法を書いていた人物の端末内に当時の状況が克明に、しかも途中から銀河標準文字で記されていたことが大きい。
一方で数式の方は、すべてが銀河標準数字で書かれているものはなかった。兵器用にどうとかいう話があったから、漏洩を恐れてわざと現地の数式だけにしていたのかもしれない。
ただそれでもイノーラに言わせると、式の全てが一目で分かるようになったことで、相当違うのだそうだ。
『シールド、不安定』
『コアが異常暴走』
そういった切迫した言葉が幾つか並んだあと、長めの文章が入っていた。