Episode:69
だが、とエルヴィラは自分に言い聞かせた。
過去には確かにそうだったかもしれないが、今は何でもないはずだ。そうでなければ、自分たちなどとっくに、わずかな時間で死んでいる。
何よりこの惑星は、あと七年したら消えているかもしれないのだ。そうでなくても、あの建物群が無事で残るという可能性は低い。
だったら逆に、調べてみるのは悪くないはずだ。
「イノーラ、もいっかいあの会場、行ってみない?」
「それはどうでしょう? あの数式を解いてからでも問題ないと思いますけど。
今までずっとあのまま残っていたのですし、今更逃げるようなものではありませんし」
何やら長い説明だが、要は「先に数式を解きたい」と言いたいらしい。
考える。
姪っ子の言うことは一理ある。確かにあの数式の内容が分かれば、何が行われていたかも検討がつくだろう。
ただ問題は、それにどのくらいかかるかだ。
「その数式、すぐ解けそうなの?」
「数日で目処はつくかと。式自体はある程度読めるようになりましたから」
つまり、すぐには解けないということだろう。
となると、何が一番良い手なのか。
数式が解けるのを待ってもいいが、時間がかかりすぎるのが問題だ。
一方でイノーラの言うとおり今更あの会場へ行っても、数式や使い方がわからない端末以外は、特に見つからない可能性が高い。
他に何かあれば――そこまで思ったとき、イノーラがふと思い出したように言った。
「そういえば、書かれていた文章にもそんな内容があったような……」
「え?」
驚くエルヴィラに、イノーラが事もなげに言う。
「あらおばさま、言ってませんでしたっけ?」
「言ってない! というかそんな重要なこと、どうして黙ってるのよ!」
「数式のほうが重要ですから」
床に突っ伏したくなる。なぜ読まないと心底思うが、彼女に行っても無駄だろう。
ともかく文章と数式を並べて置いておくと、文章を無視して数式を読み始める性格なのだ。
内心呆れながらもエルヴィラは訊いてみた。
「それ、もうまとめてある?」
「画像からデータベースにまではしましたけど、特にまとめてはいませんわ」
だがエルヴィラにはそれで十分だった。一応でもデータベースに載っているのなら、あとは読んでいけば済む話だ。
「じゃぁさ、それ、あたしが読んでいいよね?」
「どうぞ」
この言い方だと、やはり全く興味がないのだろう。カケラも読む気はなさそうだ。
「じゃ、イノーラ、あなた数式お願い。あたし部屋に戻って、文字の方読んでみるから」
そう言ってエルヴィラは操縦席を後にした。
読み始めた文字たちは、数式の解読など比べ物にならないほど簡単だった。
というのは、ほとんどが銀河標準文字だったのだ。
引っかくように、そしておそらくは急いで書いたためにひどく歪んでいて、ぱっと見たときにそうとは思えなかっただけだ。
いずれにせよ銀河標準文字なら、エルヴィラには難しくない。しかも読み取った文字の整形は機械がやってくれたから、さっと読める程度にはなっていた。
「何であの子、こっちを先に読まないかなぁ?」
数字が苦手なエルヴィラにしてみると、至極謎だ。
だがあれが珪素系生物の中へ入ると、エルヴィラよりずっと高く評価される。彼らはほとんどが地球で言う〝理系〟で、数字と数字に強い人間を尊重するのだ。
「えぇっと……」
ひとつひとつ読んでいく。
「この中にデータを、って、あの端末だろうなぁ」
けれどその端末は、動かし方が分からないのだから手に負えない。それに時間が経ちすぎているから、動くかどうかも怪しい。
その点、数式を引っかいて書き留めたのは正解だったと言える。