Episode:66
確かこの船を購入した時には無かったはずなのだが、いつの間にかイノーラは、この船の携帯コントローラーを作っていた。
何でも簡単な機能は、すべてそこからも操作できるらしい。
何をどうやったらそんなものが出来るのかエルヴィラにはよく分からないが、極めて便利な代物だった。
まぁそれも、ボロ船なのがそもそもの原因なのだが……。
銀河系の大体の船には、人工知能による自動操縦のシステムが載っている。
そしてそのシステムはエルヴィラが子供の頃地球で見たSF映画ではないが、乗務員が船内のどこにいても合図を送れば応答し、伝えた要求を叶える方向で代わりに操作してくれるのだ。
が、この船にはそれがなかった。だからこそ安かったのだ。
結局携帯端末を自作するのなら、素直に自動システムの載っている船にすればよかったのに……などと思いつつ、エルヴィラは操縦室のドアをくぐって席にかけた。
一歩遅れて着いた姪っ子が告げる。
「通信、繋ぎます」
その言葉に身構えて――その甲斐なく、エルヴィラは悲鳴をあげた。
「何そのお化けっ!」
「なんだそりゃ」
心外、という感じの情報屋の声が響く。
「ふつうに地球の演劇の格好を、真似ただけだぞ?」
「そ、そうかもしれないけど……」
映ったのは顔を真っ白に塗りたくって紅をさし、髪を高く複雑に結い上げ綺麗な髪留めを幾つも刺した上、金銀で刺繍したキモノを着たゲイシャだった。
――但し顔は例のオヤジ顔で、体格もやたらと逞しく、ついでに立派な髭のある。
「この役の格好、華やかでいいセンスだよなー」
どうやらこの情報屋は派手なものが好みらしいと、今更ながらにエルヴィラは気づいた。
とは言えこの格好を見続けろというのは、ある種の拷問だ。
「た、確かに華やかだけど……それやめて……」
「なんで」
ある意味至極当然の答えが返ってくる。
どう説明しようかと少し考えて、エルヴィラは諦めた。
この情報屋の「センス」を正すのは、おそらくちょっとやそっとの労力ではできないはずだ。
なので、代わりの手を使う。
「その格好、あたし好みじゃないの。だから交渉するにも、なんだかねー。
変えてくれたら、やり易いんだけど」
「んー、しゃーねーな、分かったちょっと変えるわ」
言葉とともに一旦映像が切れる。
相手に合わせて情報をより多く引き出すのが、情報屋の種族の常套手段だ。
だから彼らは、相手の好みを知ると敏感に反応する。その特性が、今はありがたかった。
だが再度映った映像に、またエルヴィラは唖然とする。
「ちょ、それ、映画の……」
「面倒だから、地球人がよく知ってる〝異星人〟にしてきたぞ」
情報屋は得意気に言うが、エルヴィラは違う意味で頭がくらくらしていた。
地球人の幼児程度の身長で、ややくすんだ黄緑色の肌。
耳は長く横に張り出し、頭髪はなく、地球の老人のように皺の入った顔をしている。
手足の指は三本で猫のような長い爪が有り、杖をついて質素なローブを着て……。
どう見てもかつて大ヒットしたという地球のスペースオペラの、某グランドマスターだ。
「ヤーシェム人は地球じゃ知られてるんだな。ちょっと美化され過ぎの気もするけど」
「うそ、あれってホントに居たんだ?!」
「え? あの記録映像、伝説の銀河連盟創設以前の戦争の再現だろ?
地球風アレンジ入ってるみたいだけど」
どうやら嘘から真、という話のようだ。
「地球って案外侮れないよなぁ。あんなのまでよく知られてるなんて」
「いやあれ、ただの想像……」
今度は情報屋の方が、唖然とした顔になった。