Episode:65
「あら、今日はずいぶんと奮発してますこと」
案の定、食卓を見たイノーラはご機嫌だ。これならこちらの頼みごとも、断ったりしないだろう。
姪っ子が座って食べだしたところで、エルヴィラは切り出した。
「例の数式、どんな感じ?」
「手ごわいですわ。まぁ誰も見たことのない理論では、それが当然でしょうけど。けど、だいぶ糸口は掴めましたのよ」
イノーラにしては饒舌だ。つまり、自慢したいくらいには上手く、この難問に取り組めているのだろう。
「何を意図して書かれた数式かが分かれば、もっと早いのでしょうけど……」
「それなんだけどさ」
話の流れが僅かにこちらへ来たと見て、エルヴィラは打って出た。
「この星がなんでこんなことになったか分かったら、少し助けにならないかな?」
「どうでしょう。その辺はなんとも。ただ〝全く〟効果がないということはないでしょうね」
合理的な答えが返ってくる。
相変わらずベニト人っぽいなと思いながら、エルヴィラは端末の形式等から導き出した、「もう一つの発生星系」という推論を話した。
「どうだろ。突飛だとは思うけど、筋は通るんだよね」
「確かに矛盾はしませんわね。でも、それなら端末をまず見てみないと」
立ち上がりかけた姪っ子の反応を見て、失敗だったかなとエルヴィラは思う。食べ終えてから言うべきだった。
「先に食べてからね。じゃないと、倒れるよ」
こうでもしないとイノーラは、またロクに食べずに没頭してしまうだろう。
事実、昔、難解な定理の証明に挑んで、飲まず食わずを続けて倒れたことがあるのだ。
(没頭するのはいいんだけどさぁ……)
そのおかげで宇宙船の整備などは、個人でやっている割に相当のレベルに達している。
だが何事も、度が過ぎるのは良くないだろう。
何か毒舌が返ってくるかと思ったが、意外にも姪っ子は素直だった。
以前実際に倒れたこととが、毒舌と反発を押さえ込んだようだ。しかも珍しく急いで食べている。
姪っ子は元々、食べるのはかなり遅い。
ちょうどおやつの奪い合いなどを始める時期にペット生活が始まり、生存競争を経験していないせいだろう。
それが今は、エルヴィラとほぼ変わらない速さだ。端末がよほど気になるらしい。
生まれて初めてだろうという速さで食べ終えたイノーラが、再度立ち上がった。
「どこにありまして?」
「貨物室の保管庫」
聞くや否や、姪っ子が部屋を飛び出す。
「もう、気が早いなぁ……っていうか、お皿くらい片付けてけ」
悪態をついてみたが、イノーラの姿はとっくに扉の向こうだ。聞こえてなんていないだろう。
仕方なく後片付けを――我ながら甘いと思う――してから、エルヴィラも貨物室へ向かった。
「これですわよね?」
エルヴィラが部屋へ入るや否や、姪っ子が勢い込んで訊いてくる。
「そだよ。たださっき言ったとおり、一通り詳細スキャンまでしたんだけど、動力とか使い方わかんなくて」
イノーラは考え込み、二度目の詳細スキャンをかけた。
「だからそれ、さっきやったんだってば」
そんなエルヴィラの声は無視して、機械が手順を踏んで行く。結果は当然だが同じだ。
「本当に該当星系無しなんて……」
「だから、分からないって言ったのに」
いくら頭がいいからと言って、人の話を無視しすぎだろう。
だが今度はいつものペースが戻ったのか、姪っ子から毒舌が返ってきた。
「おばさまでは、スキャンしたと言っても信頼性が低いですもの。自分でやるのが一番確実ですわ」
言いながらイノーラがまた考え込む。
「けれど本当に該当星系が無いとなると、やっぱりこの星は――あら、通信ですわね」
船の機能をすべて把握している姪っ子が、いち早く反応する。
「例の情報屋ですわね。どうします、おばさま。ここで受けますか?」
「操縦室行く。向こうにもそう伝えて」
言いながらエルヴィラは歩き出す。