Episode:59
今だから笑えるが、ベニト星に着いたときエルヴィラたちの本来の買い主は、死んだか倒産したかで行方さえ掴めない状況だった。
そのためソドム人のバイヤーは「このままでは儲けが出ない」と、二人を地下市場へ流すことも考えていたという。
だがその行方不明者と知り合いだった飼い主が、他の後始末をするのと一緒に、エルヴィラたちも買い取ってくれた。
売られてしまった以上、地球に帰ることは出来ない。
仮に返しても「売れる」ことが分かっている以上、またソドム人に捕まって売られる。
そうなったら次はどうなるか分からない。
ならせめて自分のところで買って、可愛がろうと思ったのだという。
「帰りたいだろうなぁ、可哀想に。すまんなぁ」
そんなことを言いながら飼い主はエルヴィラを撫で、よく地球の新しい映像や何かをくれた。
せめてこのくらいは、ということだったのだろう。
本当に恵まれていたと思う。
だから今でも飼い主のことは宇宙で二番目、地球の親の次に好きだ。
だがそこまでしてもらっても、「自由」の誘惑にエルヴィラは勝てなかった。
外へ。
箱の中ではなく、誰かに決めてもらうのではなく、自身で、広い世界へ。
たくさんの人が居て、泣いて笑って怒って裏切られて、そんな荒波の世界へ。
イノーラのように幼い頃から箱の中にいれば、考えなかっただろう。
何しろ飼い主は、エルヴィラたちが死ぬまで困らないようにしてくれたのだ。
そのまま変わらぬ生活を続けていれば、一生安楽に暮らせたはずだ。
けれど十歳まで外で育ったエルヴィラには、やはり檻の中は耐えられなかった。
だから飼い主の死というとても悲しい、けれど千載一遇のチャンスを、逃すことなど出来なかったのだ。
そして、飛び出した。
イノーラを説得し、二人で銀河市民権を取り、宇宙船の航行権も取り、宇宙船を買い……。
たまに思う。
あのまま安穏と暮らしていたほうが、良かったのではないかと。
一人立ちする過程で、残してくれたお金のほとんどが消えた。だから後戻りは出来ない。
後戻りが出来ないからこそ、時々振り返っては考え込む。
今の自分達を見たら、飼い主はなんと言うだろう?
裏切ったと怒るだろうか?
それとも、笑って許してくれるだろうか?
ため息をつきながら、シャワーを止める。
今度は髪を乾かしながら、思った。どちらにしても今更、元には戻れないのだ。
だったらとことんまで突き進むしかない。
進んで進んで、胸を張れるところまで突き進めば、少しは飼い主に合わせる顔も出来るだろう。
つやを取り戻したジンジャーブロンドの髪を梳き、久しぶりにラフな服を着た。
ここしばらくはスペーススーツばかりだったから、その下もきちんとしたアンダーウェアで、けして楽とは言いがたかったのだ。
しばらくぶりの楽な格好で貨物室へ戻ると案の定、スキャンは終わっていた。既に結果が表示されている。
人工物――機械類――記録分析用。
だが最後の結果を見て、エルヴィラは声を上げた。
「該当星系なしって……」
そんなわけがない。これは目の前の、どこかが植民したネメイエス第四惑星から、この手で持ってきたのだ。
しかもあそこで誰もが持っていたほど、普及しているものだ。