Episode:58
ひとつ考えられるのは、連盟が「記録を消した」ということだ。元は記載されていたのに、何かの理由ですべて抹消した。
それならばこの状況、辻褄が合う。
だがそうなると今度は、「何のために」という疑問が湧く。
すべて抹消して、無かったことにまでしたい事態……やはりこの惨状に、関係あるのだろうか?
そんなことをいろいろと考えながら、シャワーを浴びる。
銀河文明の科学力ならわざわざこんなことをしなくても、身体を清潔に保つことくらい出来る。だがエルヴィラは、どうしてもこの習慣がやめられなかった。
飼い主のほうも、別にそれを咎めたりしなかった。
それどころかエルヴィラの行動が面白かったとみえて、地球式のシャワーを部屋に取り付けてくれたくらいだ。
いい飼い主だったな、と思う。
たしかにそれは、地球人が飼い犬を可愛がるようなものだったろうけど……それでもまるで我が子のように扱ってくれた。
身寄りの無い人だったからかもしれない。
かつては伴侶が居たのだと、飼い主は教えてくれた。
でも別れてしまったのだそうだ。
地球風に言えば実業家だった飼い主は、お金は十分にあった。
けれど伴侶も子供もそれを浪費するばかりで、自分から何か少しでも生み出すとかは一切考えもせず、結局一緒に居られなかったという。
ベニト人の社会は、地球とはまったく違う。
そもそもベニト人というのが地球のカタツムリなどと同じで性の区別などなく、誰でも子供が産める。それ故に夫婦という概念も存在しない。
たださすがに単体では子供は産めず、誰か同族の相手は必要だった。
だからたいていは気の合う相手と、お互いの子供を一人か二人ずつ持つ。そして共同で育てることも多い。
飼い主の場合は、その変形だ。先天的なもので子供が産めない飼い主だったが、気の合った相手とその子供は居た。
だがその「気が合う」というのが、財産目当ての見せ掛けだったらしい。
一緒になった当初は良かったものの、だんだん要求がエスカレートして、ついに我慢の限界を超えたと言っていた。
「ほどほどなら、気にしなかったのだがの……」
そんな言葉を聞かせてくれたから、よほどだったのだろう。
ともかくそんなわけで飼い主は相手と別れてしまい、その後は誰とも一緒にならなかった。
「お前たちはいい。私を裏切らん」
今でもたまに耳によみがえる、飼い主の口癖だ。仕事でもプライベートでも裏切られ続きだった飼い主にとって、ペットの自分たちが晩年の支えだったのだろう。
ただエルヴィラ自身は、裏切らなかったという点は自信がない。
自分はたしかに飼い主に懐いたが、その半分は他に頼るものがなかったからだ。
裏切らなかったのも、裏切りようがなかっただけだ。
もし誰か地球人が傍に居たら、間違いなくそっちに懐いた。誰かが地球に返してくれると言ったら、きっとそれを信じて飼い主を裏切った。
それともそんなことも承知で、自分たちを可愛がってくれたのだろうか?
だがそういう諸々を差し引いても、優しい飼い主だったことは事実だ。
エルヴィラたちの飼い主は、元々は地球人ペットを飼う気などなかったそうだ。
幼子を引き離すなど気の毒だというのが理由らしいから、全体的にドライで情を持たないベニト人としては、かなりの変わり種といえる。
そんな飼い主がエルヴィラたちを買ったのは、やはりそのベニト人らしからぬ情からだった。