Episode:57
写し取った数式――姪っ子が言うには一部は文字らしい――は、膨大な数に上った。
なにしろあまりの多さに一日ではやり切れず、翌日からはイノーラが船に篭って解読、エルヴィラが出歩いては写して来るという分業体制になったほどだ。
だが少し前にそれも終わって、エルヴィラは船に戻って一息ついたところだった。
姪っ子が言うには、それぞれある程度関連があるらしい。
だが数字を見たら裸足で逃げ出すエルヴィラには、何がなにやら分からなかった。
(大統一式とか言ってたけど……)
そういうものがあるのはエルヴィラも知っている。
そもそも超高速航行など、銀河の技術はその理論を元にしたものが多い。
が、それが何でどういうものかは、エルヴィラは大雑把にしか知らなかった。
地球でテレビや携帯電話が何も知らなくとも使えたのと同じで、知らなくとも困らないのだ。
だがその神童ぶりゆえにペットとして売られることになった姪っ子には、こういった高度な理論は最高の遊び道具らしい。
片っ端から船のデータベースを漁り、場合によっては研究機関の論文まで引っ張り出して解析に没頭している。
あの調子では、解けるまでは延々とやっているだろう。
なのでエルヴィラは、一つだけ持って帰ってきた端末をいじっていた。
ところがこれが、なかなかうまく行かない。
なにしろまず、動力がわからないのだ。
いろいろな機械を動かすのに使う動力源は、種族ごとに違う。
地球は主に電気だが、他惑星だと生体エネルギーだったり、精神波だったり、中には時間を使うところまであった。
だから迂闊に動かすことが出来ない。
ヘタに合わない動力を使って、機械を壊したら大変だ。
(しょうがない、時間かかるけど詳細スキャンかけるか)
本当は機械にやたらと強いイノーラに、持ち帰った機械を動かすのを手伝ってもらうつもりだった。
だが三度の食事より数式が好きでは? と思えるほどの姪っ子だ。数式を目の前にして動くとは思えない。
仕方なくエルヴィラは回収した機器を持って、貨物室へと移動した。
限られた空間しかない小型宇宙船では、たいていの部屋が兼用だ。だから荷物を運び込む貨物室は、調査・分析室も兼ねる。
その部屋の片隅に置かれた台の上に、エルヴィラは例の機械を置いた。あとはスイッチを押すだけだ。
(ほんと、簡単だよね)
エルヴィラの居た地球でも全自動が流行りで、お金持ちは外国製の全自動洗濯機などを持っていた。
ましてやここは銀河だ。自動で出来ないものを探すほうが難しい。
姪っ子のような、やたらと機械と相性のいい者にはそれが気に入らないようだが、ごくふつうレベルのエルヴィラにはありがたい話だった。
機械が勝手に対象物の大きさを測り、周囲をシールドで覆い、分析を始めた。
これであと当分は、エルヴィラの仕事はない。
前回と違って今回は詳細なスキャンだからそれなりの時間がかかるし、その間エルヴィラが出来ることといえば、待つことだけだ。
今のうちに別のことをやってしまおうと、エルヴィラは貨物室を後にした。
部屋へ戻りつつ考える。
惑星への植民は、何かとトラブルの元だ。
だから手順は厳密に決められているし、主権の及ぶ範囲もきちんと決められていて、それらのことが確実に連盟の公式資料に掲載される。
なのに、記録がない。
どう考えてもおかしい。




