Episode:54
「あの下のほうに転がってる物体は、死体かな、って。どう思う?」
「そう思いますわ」
今度は問題なく通じたようで、姪っ子は言葉を続ける。
「ここは一種の閉鎖空間ですから、当時のまま保存されたのでしょうね。
でもそうだとしても、ずいぶん状態がいい気はしますけど」
二の足を踏むエルヴィラとは対照的に、イノーラはお宝でも鑑定するような態度だ。
――これも何とかしないと。
物心つくかつかないかで地球から引き離されたために、地球人的な情緒にある程度欠けるのは仕方がないが、ここまで来ると度を越している。
ただ、姪っ子を「まっとうな」地球人に戻すのは、ムリな気がした。
銀河文明の中でベニト人に育てられた彼女は、思考も何もかもベニト式銀河式だ。
要するに人格の基盤がそうなってしまっているわけで、それを今更書き換えるのは、至難の業だろう。
後で最低限、「地球人とはこういうもの」というのだけは理解させようと決意しつつ、エルヴィラは辺りをもう一度見回した。
「逃げる間もなくて、遺体の回収にも来られなかった、ってことだよね、この状態は」
感じたことの確認――あまり肯定されたくない――のために、あえて口に出す。
「ええ、そう思います」
イノーラから肯定が返ってきた。やはり、直感は間違っていないようだ。
遺体を放置する風習を持つ種族も居るが、それだって生活空間に置いてはおかない。
居住空間は、極力清潔にするものだ。
ましてやここは最初に見たどこかの家ではなく、たくさんの人が集っていたホールだ。
個別の部屋ならまだ「見落とし」という可能性もあるが、これだけの規模のホールなら事態が落ち着けば、すぐに遺体を回収あるいは撤去するだろう。
なのにこれだけの死骸が放置されたままというのは、そんな余裕さえないほどの危機的状況が、この町を襲ったことを示していた。
そしてこの町と星は……棄てられたのだ。
何があったかは知りたい。
が、怖い。
そんな二つの想いが、せめぎあっている。
ここの住人をこれだけ死なせた「何か」が、まだ残っていたら。そう思うと踏み出せない。
「ねぇイノーラ、記録探すのいいけど、キケンじゃないの?」
さすがに心配で訊いてみる。
「そういわれても、私たちの生命活動に影響を及ぼしそうなものが見当たりませんし。
それに宇宙服を着たままですよ? 重粒子線も細菌も念波も関係ありません。
昨日も同じ質問をされたのに、もう忘れまして?」
姪っ子から、軽蔑の響きと共に答えが返ってきた。
「まぁ、そうなんだけどさ……」
イノーラがそう言うなら、科学的に見て脅威は存在しないのだろう。だが「未知のもの」に対する恐怖というのは、そうそう拭えるものではない。
ため息をつきながら、エルヴィラは姪っ子に訊いた。