Episode:04
(理由は……あたしと同じかな)
あの小さい宇宙蝶に、イノーラも自分を重ねたのだろう。
売られたとき、イノーラはわずか四歳だった。引き離されるのは相当辛かったはずだ。
(でも絶対、認めないだろうな)
そういう徹底的にひねくれた子なのだ。十年以上に及んだエイリアン・ペットの生活が、ここまでひねくれさせたのかもしれない。
「そうそう、部屋にはまだ戻らないでくださいね。汚染されている可能性がありますから」
「はいはい」
どこか楽しそうな姪っ子に逆らわず、エルヴィラは白旗を揚げた。
さっそく点検に行こうというのだろう、イノーラが立ち上がり、ドアのほうへ歩き出す。
「……計算してみましたがあの星間生物、斥力場がなければ十分な針路変更は不可能でしたわ」
通り抜けざまに姪っ子が言った。
「まったく演算せずに解を得るなんて、不条理にもほどがあります」
「珍しい、あんたが褒めるなんて」
「褒めてなどいません。なんの計算もない行動は、危険だと言ってるだけです」
本当に素直じゃない子だと、エルヴィラは思った。
イノーラにああ言われた以上、何かするわけにもいかず、エルヴィラは操縦席に座ったまま宇宙蝶の映像を再生していた。
自慢のストロベリーブロンドを、本当は梳かしたい。シャワーも浴びたい。だが姪っ子が後始末に奔走しているのでは、自分だけくつろぐことはできなかった。
臨場感たっぷりで、全方位スクリーンに宇宙蝶の群れが大きく映し出されている。膜や身体の一部が光る様子は、昔読んだおとぎ話の妖精にも見えた。
(これなら、案外高く売れるかも)
宇宙蝶は割と知られた存在だが、漂流しかけの船が出会うケースが多いためか、しっかりした記録が意外に少ないという。ならば恒星フレアで飛ばされるところまで映っているデータは、かなり貴重だろう。
売り込み用の映像にどれを使おうかと考えながら、チェックを入れていく。
宇宙蝶の群れの観測は、船自体が観測カメラと連動して、自動で継続している。ただ、距離が開いてしまったため、データの質は期待できなかった。
――この辺が潮時かもしれない。
そう判断したエルヴィラは宇宙蝶の映像の再生を止めて、とある場所へと連絡を試みた。
相手は、懇意にしている情報屋だ。一匹狼で胡散臭いところもあるのだが、その情報の速さ広さ正確さは折り紙つきだった。
繋がらなかったら面倒だな、そんなことを思いながら応答を待つ。だが幸い、さほど待たずに相手が出た。
瞬間、エルヴィラは目の前が真っ暗になる。そしてほぼ同時に響き渡る、やたらノリのいい明るい声。
「はぁいカワイコちゃん、今日はどんなご用かなー? ……ってどしたんだい?」
声の主が心底不思議そうに言ったが、映った映像にエルヴィラが受けたダメージは計り知れなかった。
スクリーンに大きく映し出された相手は熊のごときむくつけき、無精髭まで生えた無頼漢オヤジ。
まぁそこまではいい。だが今回は服装が酷すぎた。
何しろ着ているのが、黒いビスチェに網タイツ、加えてご丁寧に頭に長い耳――どうみてもバニーガールだ。きっと後ろを向いたら、お尻に丸くてふわふわの尻尾もあるに違いない。
確実に商談の格好としては間違っている。
というか、ただひたすらに気色悪い。筋骨隆々、無精髭の毛深いオヤジが扮するバニーガールを正視出来る地球人など、果たしてどれだけいるのか。
エルヴィラはなるべく画像を見ないようにしながら、絞り出すように返した。