Episode:38
「早速目を通していただいて、ありがとうございます。ただそれについて、お願いが」
「なんでしょう?」
移住先が決まったせいか、ネメイエス側はいつも以上に警戒心が薄く感じる。もしつけこむなら、今しかないだろう。
――とはいっても、やるわけにはいかないのだが。
そんなことをしたら、最終的に地球側に被害が及ぶ。そうなれば儲けは取れても、夢から遠ざかる。
ソドム人が聞いたら笑うだろうが、地球人のエルヴィラにには、やはり夢は大切だった。
だから、切り出す。
「今すぐにでも、契約書だけ交わしていただけませんか?」
「すぐにですか? ずいぶん急ぎますね」
ネメイエス側の声に、不思議そうな響きが混ざった。
「そちらの要望ですが、文明の進んだ我々――あ、これは失礼」
「事実ですから、お気になさらず。むしろだからこそ、教育を要望にあげてるわけですし」
気にしていないことを告げて、相手に言葉の先を促す。
「心遣い痛み入ります。それで要望についてですが、我々がよく検討すれば、もっといい方法を見出せるかもしれません」
口調に混ざる、諭すような響き。
「契約をすること自体は決まっているのですから、ここは待ったほうがそちらにも得では?」
本当にこのネメイエスは誠実だ。神話の時代から「何事も相応に」を実践してきただけはある。
「そんなところまで気にしていただいて、本当にありがとうございます。でもこれには、理由があるんです」
誠心誠意お礼を述べてから、エルヴィラは続けた。
「ご存知の通り、地球はソドム人の餌食になって、子供をペットとして輸出するありさまです。
そしてこの契約を知ったら、彼らは必ずジャマしてきます」
「それはありそうですね」
ネメイエスも同意する。ソドム人の悪評は銀河に鳴り響いているから、この点は楽だ。
「ですから今ここで、大枠だけでいいので正式な契約を。契約の代行権ももらいました」
地球から送られてきた、証明つきのデータを送る。
「今、ネメイエスの星系内で契約してしまえば、ソドム人は手出しできません。お願いします」
「なるほど、それが最後に付け加えられていた、一文の理由ですか」
合成画像がうなずいた。
「我々もあの連中には、ずいぶん手を焼かされましたからね。
この契約を急ぐことが彼らへの嫌がらせにもなるというなら、反対する理由はありません。いま契約しましょう」
「ありがとうございます!」
思わず声が大きくなったのは、仕方ないだろう。地球にとって転換点になるかもしれないのだから。
そのあとは早かった。
いちばん最初の話どおり、ネメイエス人の八百五十年間の木星居住権。
対価として相応の教育、技術、異星人との契約の代行、それに移住の対価とは別枠で地球の防御。
詳細はあとでとなった、ある意味雑な契約が交わされる。
最後にその契約内容が書き換え不能な状態で、ネメイエス、地球、それに銀河政府に送られて終わりだ。
大きく息をつく。肩の荷が降りたというのは、こういうことを言うのだろう。