Episode:36
姪っ子はなんでも杓子定規だが、エルヴィラはかなりいい加減だ。
黒とされないうちは、誰かを泣かしさえしなければOK。それがエルヴィラの考え方だった。
もちろん、落とし穴があることは百も承知だ。
だがそれでは銀河で商売など出来ないし、人が助かるならなおさら、躊躇う理由はない。
イノーラはまだ何か言っていたが、エルヴィラは構わずに契約書の確認を始めた。
といっても、そんなに複雑ではない。
地球側が相談と称して出してきた「欲しいもの」のリストを見ながら、内容と金額とを大雑把に銀河式に置き換え、チェックしていくだけだ。
「けっこう、妥当かな?」
最初に金額が提示されたせいか、地球側はその辺りを踏まえた上で、最大限に近いものを出してきている。
ただ、あくまでも「最大限」で、それ以上ではない。
「この辺が、やっぱり地球なんだよねぇ……」
異星人になどどうやっても対抗できない。その自信のなさからくるのだろうが、商売はこれではダメだ。
実際に相手がどれだけ隠しているかなど、やってみなければ分からない。
だから相手が呆れるほど吹っ掛けてみて、笑いながら引っ込めるくらいでいいのだ。
――もっとも思ったところで、やるわけにはいかないのだが。
交渉自体はすでにエルヴィラたちの手を離れて、国家同士のやり取りになっている。
そこへ一介の商人が、勝手に口を挟んで書き換えたりは出来ない。
(けどまぁ、ラッキーかな)
相手のネメイエス人は、銀河の種族にしては珍しく誠実だ。
どこも自分たちの利益を最優先、相手がどうなろうと契約さえ結べばいいという発想が多い中、「相応に」というのはお人好しの部類だ。
そういう相手と手を組めたのは、まだ未熟な地球人にとっては、幸運以外の何物でもないだろう。
取り引きの詳細は、ネメイエスの外交部に任せるつもりだった。
何しろこれだけ大きな契約だ。
個人で商売しているだけのエルヴィラには、どう足掻いても手に余る。出来るのはせいぜい、見落としや穴をふさぐ程度だ。
「あ、そうだ」
ふと考えついて、思わず声が出た。
「また独り言を……病院の手配でもしておきますわ」
「要らないってば」
どうしてこうひねくれてるのだろうと思いながら、エルヴィラは思いついたことを地球側の要望に付け足す。
「何ですの、それは」
興味を示したらしく、姪っ子が訊いてきた。
「個人的な要望……っていうか、意見? 出来たら考慮お願いします、って感じ」
内容は、「この取り引きの契約を、なるべく早く行う」だ。
「……意味がわかりませんけど?」
姪っ子が冷ややかな視線になる。
「もともとこの契約、ネメイエス側が急いでるものでしてよ。なのに何故、余計急かすのです?」
「急かさなきゃダメだから」
エルヴィラの言葉に、イノーラがあからさまに不機嫌になった。頭がいいだけに、分からないのが面白くなかったのだろう。
面倒な性格だと思いながら、エルヴィラは説明を試みる。