Episode:33
「なるほど、お話は承りました。たださすがにこれは、私の一存ではお答えしかねます。検討する時間を頂かないと」
「もちろんです。ただ、向こうのこともありますので、そう長くは取れません」
ありきたりの回答に対して、じわじわと追い込みにかかる。
「ネメイエスは先ほども言ったとおり、全市民の避難を計画中です。
当然膨大な時間がかかります。ですからあまり長い時間検討していると、向こうが交渉を打ち切る可能性が高いのです」
「なるほど」
まだ地球側は、さほど乗り気ではないらしい。だがここまでは、予想通りだ。
ひとつずつ、カードを切っていく。
「ところで、報酬の内容はご覧になりましたか?」
「ええ。ですがこんな大まかなことだけでは、検討するにも困りますが?」
相手が罠の中へ入ってきた。
向こうは苦情を言ったつもりだろうが、思う壺だ。罠と知らずに踏み込む者ほど、組みやすい相手はない。
だが悟られぬよう、にっこりと微笑みながら答える。
「ネメイエスは、ともかく時間がないのです。ですので、その金額を了承してもらえれば、詳細は範囲内であとで、とのことでした」
「ほう」
相手の瞳が、狡猾な光を帯びる。この条件なら、欲しいものが手に入ると踏んだのだろう。
とはいえ地球人は、銀河文明から見れば所詮はひよっ子だ。
宇宙で渡り合ってきたエルヴィラにしてみれば、そこまで難しい相手ではなかった。
「まぁもちろん、無制限になんでも、とはいきませんが。
何しろ向こうは、惑星を失うかもしれないわけですし。けれど地球にしてみれば、少しでも収入があったほうがいいと思うのです」
「たしかに」
うなずいた後、今度は向こうから畳み掛けてくる。
「ですがそういうことなら、ネメイエスが地球に支払えるものなど、ないのではありませんか?」
なかなか、いいところを突いてくる。
もっとも突いてきて欲しいがために、わざと穴を開けておいたようなものだ。当然答えは用意してある。
「たしかに星を失うネメイエスには、払えるお金も資源もありません。
ですから支払いは、八百五十年間の教育や技術の供与、契約締結の代行、それにオマケで太陽系の防御ですね」
「なんと……」
地球がいま一番欲しいのは、もちろん食料だ。
だがそれに次いで、あるいは同じくらい欲しいのが、銀河レベルの技術と教育だ。
エルヴィラはペット時代もその後も、地球の情報を必死に集めてきたが、地球の未来に関するものはどれも、最後はその結論だった。
ならば、興味を示さないわけがない。
「ネメイエス側は、今言った条件で喜んで引き受けるとのことです。どうでしょうか?」
地球側が考え込む。何かまた騙されるのではないかと、警戒しているのかもしれない。
「木星一つを八百五十年間、でしたか。それで教育と技術……たしかに魅力ですが、見合うかどうか……」
要するに『それでは安い』と言いたいのだろう。