Episode:32
ネメイエスと話がついてすぐ、エルヴィラは「特使」の肩書きで地球に交渉を要請した。
きっと今頃、地球は大騒ぎだろう。
地球人は異星人というものを、不幸をもたらす存在だと思っている。まぁあれだけのことをされれば当然なのだが、半分異星人とも言えるエルヴィラは、複雑な気分だ。
交渉そのものは、おそらく何とかなる。
地球側も「契約がすべて」という銀河の掟は理解しているし、何より今回の件は利益が大きいのだ。
ただ、同胞として信用してもらえるかというと……かなり微妙だった。
異星に売られて異星人となり、異星人の手助けをする者、と取られる可能性が高い。
間違ったことをしているわけではないはずなのに、反感を買う状況というのは、やはり嬉しくなかった。
「地球から交信要請です。繋ぎますか?」
「もちろん」
待ちくたびれかけた頃、やっと反応が来る。
全方位モニターに映ったのは、スーツを着た初老の男性だった。
(今でもあんまり、変わってないんだ)
そんなところに感慨を覚える。
エルヴィラの記憶では、ホワイトカラーと呼ばれる男性陣は働きに行くとき、シャツにスーツという格好が一般的だった。
そして十数年過ぎた今も、それは同じらしい。
なんとなくほっとしながら、相手に話しかける。
「ネメイエス星系政府からこの交渉を一任された、エルヴィラ=レアスと申します」
一瞬の間があって、相手は慌てたように答えた。
「や、これは失礼しました。まさか同じ地球人が特使とは、思いもしなかったものですから」
それはそうだろう。
広い銀河を探しても、こうやって「外から」交信してくる地球人がどれほど居るか。
同時に可笑しくなる。
自分たちが受け入れられるかという話の前に、向こうは地球人が特使として来るとは思っていなかったのだ。
つまりエルヴィラの心配は全くの杞憂で、心配するだけ損だった。
「驚かれるのは当然です。私たちも、他に会ったことはありませんから」
これからの交渉が上手く行くよう願いながら、さりげなくフォローを入れてみる。
頭を下げることと、相手を言葉で喜ばせることは、元手がタダだ。これで対価が得られるのなら、どうということはない。
――姪っ子は違うようだが。
頭がいいだけにプライドも高く、何よりひねくれている姪っ子は、どうも頭が下げられない。これは商売にとっては致命的だ。
もっとも当の姪っ子も、今では自分が商売や交渉に向いていないのを分かっていて口出ししないので、エルヴィラが困ることはないのだが。
「ところでご用件のほうですが、何でも移住とか……」
「はい」
エルヴィラは説明を始めた。超新星爆発のこと、ネメイエス星のこと、その星が木星と似ていること、だから避難を兼ねて移住を望んでいること……。