Episode:29
「欲を言えばもう百年欲しいところですが、贅沢は言えませんね」
「では八百五十年で」
エルヴィラはあっさりと条件を飲んだ。
「お、おばさま?」
「黙ってて」
あまりにも簡単に受け入れたせいだろう、声をあげた姪っ子を黙らせる。
そして地球の言葉で続けた。
「これ、むしろチャンスだから」
地球人にしてみればタイムスケールが大きすぎるせいで、七百年と八百年は大差がない。
十年と二十年のほうが、よほど違って感じるくらいだ。
だが銀河系の感覚では、百年の譲歩は相当のものだ。
当然その分、支払われる対価は大きくなる。だったらそこを利用して、もっと引き出そうと思ったのだ。
「よろしいのですか?」
ネメイエス側もさすがに驚いたのか、聞き返してくる。
それに対してエルヴィラは自信を持って答えた。
「ええ、それで構いません。地球側もそれだけの期間が必要というのは、理解するはずです」
大嘘だが、的外れでもない。この辺は口先三寸でどうにでもなるところだ。
その上で、にっこり笑って付け加える。
「もちろんその百年分の代金は、上乗せすることになりますが」
「お安く願いますよ」
第一段階の交渉は成立だ。
慣例どおりここで互いに、自分が把握した交渉内容を、きちんとした記録で交わす。行き違いを防ぐためだ。
ざっとチェックを入れたが、ここまでの食い違いは見つからない。
ソドム人のような連中だと、この時点で既に罠が張られていたりするのだが、今回はなさそうだ。
データバンクに記載されていたとおり、ネメイエス人は誠実な種族らしい。
少しだけほっとしながら、それでも気は抜かないようにして、エルヴィラは話を続ける。
「具体的な地球への報酬は、どうしましょう?
私は金額だけ決めて、内訳は移住の話がまとまってからのほうが、いいと思うんですけど」
詳細を詰めるには時間がかかる。しかもまだ、地球が受け入れると決まったわけではない。
一方でこうしている間にも災厄は迫っているわけだから、後でいいものは可能な限り先送りして、話を進めたほうがいいだろう。
「そうしていただけると助かります。何しろこちらは、時間がありませんので」
「でしたら金額は相場で、詳細はその範囲内ということで」
星の買取り――正確には利用権の売買――というのは、銀河系ではたまに行われる。だから星の大きさや種類によって、だいたいの相場も決まっていた。
本当なら向こうが切羽詰っているから、もう少し金額を吹っかけられるだろう。
だがエルヴィラは、そうするつもりはなかった。末永く付き合わなくてはならない相手に対して、最初からトラブルの火種を作るのは愚策だろう。
それに支払いに使えるのはお金だけではない。
エルヴィラは持ちかけた。