Episode:02
「待ってなね、いま助けてあげるから」
ぴったり寄り添うように船の位置を調整しながら、小刻みにエンジンを逆噴射。ほぼ等速で並ぶ。
宇宙蝶は飛ばされた直後は、身体の一部をせわしく光らせていたが、今は沈黙したままだ。
自力で針路を変えられるはずだが、その様子も気配もない。諦めたのか、気絶――そんな生理現象がこの生物にあれば、の話だが――したのか。
死んだ可能性もあるが、それは今は考えないでおく。
この小さい個体は、たぶん子供だろう。さっき起こった大規模な恒星フレアをまともに食らってしまい、あっという間に吹き飛ばされて、群れから離れてしまった。
しかも運の悪いことに、その針路が近くの巨大ガス惑星へ向かっている。このままでは惑星の強大な重力に捕まって、大気圏で燃え尽きるか、重力で圧死だ。
「位置、速度、共に微調整します……調整完了、保護シールドの広域化を開始」
全方位スクリーンに、視覚化された保護シールドが広がって、宇宙蝶も包み込む様子が映る。
「針路〇・〇・五、斥力ボード出力上げて」
「出力、上げました」
船と同じシールド内に入った宇宙蝶の子を押し上げるように、エルヴィラたちから見て上方向へごくゆっくりと加速する。
本当は一気に針路を変えたいところだが、宇宙蝶の生体構造を考えるとできなかった。無重力の世界で生きる生物に、そんな法外なGを掛けたら、どうなるか分からない。
(我ながら、馬鹿げてるな)
一瞬、そんなことをエルヴィラは思う。
(あたしたち、彼らを観察しにきただけのはずなんだけど)
ここまでして助ける義理は、ひとカケラもない。売れる記録データが取れればOKなのだ。
だがエルヴィラには、見捨てられなかった。飛ばされた小さい個体と、追いすがろうとする大きい個体。その哀れな様子が、昔の自分たちと重なったからだ。
エイリアンにペットとして売られて、宇宙港から旅立ったあの日、イノーラの母親が見送りに来た。
まだ小さかった姪っ子は手を伸ばし、泣きながら母親を呼び続けていた。それを無理やり抱きかかえて、エルヴィラは宇宙船に乗り込んだのだ。
本当はイノーラだけでも、一緒にいさせてやりたかったのに……。
「おばさま、もうエネルギーが」
姪っ子の警告で、エルヴィラは我に返る。
「広域化した保護シールドに、予想以上に取られてますわ。その影響で必要な推力が得られていません。このままでは宇宙蝶がシールドにぶつかって、つぶれる可能性が」
「まずいかな……」
飛ばされた宇宙蝶に等速で並んで、シールドで船と一緒に包んで針路を変える。それが、エルヴィラたちが立てた策だった。
高速で動いているものを止めるのは容易ではない。けれど針路を変えるだけなら、それほどでもない。それに宇宙は広いから、ほんの少し変えれば、ガス惑星の軌道に達する頃には大きく逸れる。
だが必要な推力が得られなければ、どうしようもなかった。
「出力上げられる?」
「上げられますけど、その場合には五分以内に、保護シールドか船体の強度保持システムを失います」
どちらを失っても、このボロ船には致命的だ。しかも今は、恒星嵐の真っ只中にいるのだ。
この際、何を捨てて何を取るべきか。
何もしないまま諦めるつもりはなかった。
(そんな胸糞悪いこと、何があってもお断り!)
やれるだけやってからでなければ、明日からの寝覚めが悪い。明日があれば、の話だが。