Episode:15
部屋の何もない空間に、映像が現れた。銀河系ではごくありふれた、媒体の屈折率を変えて映像を映しだすものだ。
媒体に使われるのは、水、空気、液体金属……要するに流動性の高いものならなんでもOKという、便利なものだった。
いま映っているのは、(公式には)最初に地球に来た異星人だ。イボと触手がついたナメクジのような外見は、地球人の基準からするとどうにも醜怪で、人によっては生理的嫌悪を覚えるだろう。
だがいまは、別の意味で嫌悪感を覚える。
――地球の今の悲惨な状況の、元凶。
それがエルヴィラはじめ地球人たちの、彼らソギナドマイエディハム人、地球風に略してソドム人――もちろん悪意がこもっている――に対する認識だ。
(このときに、気づいてれば……)
まさに臍を噛む思いだが、いまさらどうすることも出来ない。
エルヴィラが見ているのは、ソドム人が最初に地球に送ってきた映像だ。思えばこれがすべての始まりだった。
最初に映ったソドム人は、ほんの僅かな時間で消えた。おそらく自分たちの姿がたいていの地球人にとって、気味が悪いのを分かっていたのだろう。
そしてすぐ、映像は愛くるしい容貌の黄色い生き物に変わる。当時の地球で世界的に流行っていた、子供向けアニメの有名なキャラクターだ。
それが画面中央へ走り寄り、視聴者に向き直るとペコリとお辞儀をした。
次いで映像は、例のキャラクターが大喜びで少年に飛びつくシーンになる。「俺たち、友だちだよな!」。そんな少年の台詞が入った。
また映像が切り替わり、今度は最初のソドム人が映る。彼は例の有名キャラクターがプリントされた、当時の子供向けコンピューターをかかげて、カタトコで言った。
「オレタチ、トモダチ! オレタチ、コレ、ベンキョー! オシャベリ、ベンキョー! トモダチ、トモダチ!」
周囲ではご丁寧に例のキャラクターが何匹も、カタコトに合わせ楽しそうに跳ね回っている。
「あら、おばさま、珍しいものを見てますのね。いつの間に子供向けの物の、コレクターに?」
居住スペースに入ってきた姪っ子の、珍しく鋭さに欠ける毒舌は、この映像のせいだろう。
そう、騙されたのだ。
地球人の嗜好や文化、考え方をよく研究した彼らソドム人は、本当に巧みだった。
画面はまだ、ソドム人のアピール映像が続いている。
「悔しいけど、ほんっと彼ら、商売人だよね。そこだけは尊敬する」
「同感ですわ」
腐肉を丸めてこねて触手を生やしたようなソドム人は、銀河系きっての商業種族だ。その商魂のたくましさたるや、「素粒子ひとつも無駄にせず売る」と言われるほどだった。
そんな彼らに魅入られてしまったことは、地球人にとっての最大の不幸だろう。
異星人など信じてもいなかったため、いきなりの襲来に右往左往するだけだった地球人。そこへ彼らはこんなアピール映像を流して、「敵意がない」と伝えてきたのだ。
侵略されて、全員殺されてしまうかもしれない。そう怯えていた地球人たちは、自分たちが助かったことに舞い上がって、裏があるなど考えなかった。
加えてソドム人は次々と地球に有利な交換を持ちかけてきて、「いい宇宙人」の名を欲しいままにした。