Episode:13
近づいてきた宇宙蝶たちは、最初は複雑な明滅を繰り返していた。おそらく、会話できると思ったのだろう。
だがすぐ、こちらが例の二パターンしか返せないことに気づいたようだ。何度か片方のパターンを微妙に変えて発した後、船の周囲を取り囲んだ。次いで全方位モニターに線が描かれる。
「これ、何?」
「このくらい、ご自分で判別できるようになってくださいな。モニターが精神波を視覚化したものですわ」
なるほどと思いながら、周囲に視線をめぐらす。どうやら精神波は、宇宙蝶同士をつないでいるようだ。
それがさらに複雑に伸びていって、網の目のようになったところで、蝶たちが光り始めた。
「この生物は、こうやって一斉に超光速飛行をするんですわね」
感慨深げに言う姪っ子の隣で、エルヴィラは慌てて操作する。
「大変、カメラカメラっ!」
観測用カメラはまだ外へ出したままだから、急いで回収しないと置き去りになってしまう。
いくら中古とはいえ、安くははないのだ。ボロ船をやっと買った身分には、余計な出費は辛い。
どうにかカメラを回収したところで、宇宙蝶たちが光を増した。
「次元波を確認、瞬間移動します」
イノーラの言葉と同時に、軽いめまいを覚える。が、それだけだった。
「ホントに移動、したの?」
「現在確認中……座標出ました。先程の場所よりおよそ四万五千光年移動、ネメイエス星系第四惑星軌道上です」
「よ、四万五千光年?」
驚いて銀河系図を見ると正反対とまでは言わないが、相当離れた位置へ来てしまっている。
「帰り、どうしよう……」
思わず口を突いて出たのは、そんな言葉だった。
いくら超高速飛行が当たり前とはいえ、超長距離となれば時間も費用もバカにならないのだ。慣れたベニト星系まで、これではいつ帰れるか見当もつかなかった。
イノーラのほうは、全く別のことに気を取られているようだ。
「なぜこの星系なんでしょう……? もっと近い場所に、似たような惑星は幾らでもあったはずですのに」
わざわざこんな遠くへ連れてきたことに、納得が行かないらしい。
当の宇宙蝶たちはまだこの船を運んでいる。どうも目の前の第四惑星に船を降ろす気のようだ。
(ちょっとそれは困るなぁ……)
大気圏突入は出来ないことはないが、何かと面倒だ。ましてやこんな形で強引にだと、船が破損しかねない。
「ごめんね、せっかく連れて来てくれたのに」
謝りながら反物質エンジンを点火し、逆方向へほんの少し加速する。
無重力で暮らすがゆえに、力の変動には敏感なのだろう。宇宙蝶たちが驚いたように瞬き停止した。
目の前の惑星へ連れて行きたい彼らと、ありがた迷惑な自分たち。どちらも悪意はないだけに、伝わらないことがもどかしい。
なにか少しでも……そう必死に考えるうち、思い至った。
宇宙蝶は、銀河文明の標準的な救助信号によく反応する。これはつまり、信号の意味が分かっているということだろう。
――だとしたら。
ダメ元で、信号を出してみる。ごく短い、単純な信号。銀河系では救助信号以上によく使われるもので、意味は「ありがとう」だ。




