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「ファールンの鉱山」Die Bergwerke zu Falun (ETAホフマン)を巡って救済と和解の構図。 試論

作者: 舜風人

「もしある人間が幻想を糧に生きることに固執するなら

 その幻想が奪い去られたとき彼は死を覚悟しなければならないだろう」

                              



                        コリン・ウイルソン







ETAホフマンの短編小説に「ファルンの鉱山」がある。

この作品を通じて私たちはロマン的生と死について学習することができる。

その主人公、エリスフレーボムは東インド会社の船乗りで今やっと長い航海から

帰ってきたのである。

彼を待っているのはたった一人のこの世での家族、、つまり老いた母だけである。

ほかには誰もいない、母一人、子一人なのだ。

このシチュエーションというのは、「石の花」のダニールシコが孤児であり、、

「砂男」のナターナエルがやはり母子家庭であり、

「ルーネンベルク」のクリスチャンが孤独であり、、

まさにロマン主義的な小説の原点としての主人公の位置づけなのであろう。

孤独、、そう、

あるいは、、血縁がいない、そういう疎外感の中にいつもこれらの主人公は位置づけられている。

この孤絶こそ別世界での充足という妄執?となって

或いは肉身の対極にある、死の楽園妄想としての「金属」の「鉱物」の水晶宮への

憧れにデフォルメされていったのであろう。

ダニールシコにとってはそれは山の女王が造花した「ストーンフラワー」であり、、

クリスチャンにとってはそれは大地の下に眠る黄金の鉱脈であり、、

ナターナエルにとってはぎくしゃくとした機械人形のオリンピアなのであろう。

いずれも血の通わない、、いわば生の対極にある石であり、金属であり、からくり人形である。

さて「ファルンの鉱山」の物語に沿って、エリスの運命を見て行こうか。

久しぶりに帰ってきた東インド会社の船員たちはゲータボルクの港町でそれまでの憂さ晴らしに

乱痴気騒ぎをしようとしている、、

そんな場面からこの物語は始まろうとしている。

だがエリスはちっとも楽しくない。

なぜなら、彼はそこで母が死んでしまったことを初めて知らされたからなのだ。

「エリスが帰る日にはいつも小躍りしていたあの母さん」が死んでしまった。


もうこの世に彼をつなぎとめていた理由は何もなくなったのだ。

母に通底する海にも、もう出たくなくなるのだった。

一切が終わった、もう生きてる理由もない。

そこでこのふさぎやすい青年は死を選ぶはず?だった。

しかしその時不思議な老人がふっと彼の前に現れた。

その老人はエリスに言う。

「どうやらお前は深い引っ込み思案の生真面目で子供っぽい心の持ち主のようだな」

エリスは答える。

「もう海へは二度と出たくはありません。人生なんて吐き気がします。

ああいっそ、海の底にうめられたらなあ。なぜって、もう人生には一緒になって楽しみあえる人なんて誰もいやあしないんだから」


トールベルン老人はエリスの身の上を黙って聞いていたが

こういった。

「エリス、ファルンに行って鉱夫におなり」


それを聞いたエリスは思わずこういった。


「なんだって?この美しい大地を離れて地獄のような真っ暗な地底に這いずり回り

稼ぎのために金属を毎日掘り返すだって」


それを聞いたトールベルン老人は

地底王国の壮麗さを、水晶宮のきらめきを

言葉を尽くして映し出して見せるのだった、

それを聞いたエリスはずっと昔の幼年時代にその鉱物世界の不思議に

ことごとく成就していたと感じるのだった。

気がつくと老人の姿はどこにもなかった。


その夜エリスは夢を見る。

夢の中で鉱物の少女たちがエリスを水晶宮に誘い、そしてその最奥には

光り輝く鉱物の女王のきらめく宮殿が、、。

すると、、「どうだね?この世界が気に入ったかね?」というトールベルン老人の声が、、

ふと目が覚めた。

しかしその後3日間ゲータボルグの町にとどまりながら予感にうなされ続けるのだった。

「こんなところで何をしている?お前の故郷はファルンにある。そこでこそお前の夢は満たされるであろう」トールベルン老人の声がそう告げていた。


エリスはとうとう意を決してファルンに旅立つ。

しかしファルンに着いたとき、大露天掘りの鉱山を見て、真っ黒な地底には春の息吹も入らないその暗黒の様を見てエリスは思わず、帰りかけるのだった。


しかし帰りかけた、かれを引きとどめたのは一人の少女だった。

その人の名は、ウラダールスイユ。鉱山主の娘だった。

エリスはそこの鉱山主に弟子入りして猛然と働く。

そんなエリスを見てウラもますます好意を募らせるのだった。

そんなある日深い坑道で掘っているエリスは遠くでつるはしの音を聞く、

それはやがて近づいてきて、、

トールベルン老人が現れる。

「ふん、お前はダールスイユの娘に、のぼせ上がり、なんの霊知もなく

ただモグラのように掘りまくってる。いいか

鉱物の女王に引っ掴まって叩きのめされんようにな」

エリスが言い返そうとするまもなく老人は消え去っていた。


エリスは青ざめきって地上に上がり鉱夫仲間にそのことをつげた。

すると鉱夫たちがトールベルンの由来を話してくれるのだった。


ずっと昔、、ファルンに鉱物に取りつかれた陰気な夢想家肌の男がいたということ。

それがトールべルンで彼は24時間地中に潜って掘っているような男だったという。

そして「鉱物に対する真の愛がなければ、鉱山事故は必定」というのが彼の口癖だった。

しかし鉱夫たちは欲に目がくらみ、むやみやたらに掘りまくり

その結果大落盤事故が起こり坑道はめちゃめちゃになった。


その時以来トールベルンはふっつりと姿を消したという。

トールベルンは落盤で埋められたと思ったがその後、しばらくして坑道が再開されると

トールベルンが鉱道を歩いているのを見たという鉱夫が続出したのだ。

人々は気味悪がったのはいうまでもない。


或いはファルンに人手が足りなくなると、ふっとどこかから若者が来て

働きたいということもよくあるという。

その若者に聞くと、老人に勧められたから来たというのだ、

でその老人の風体を尋ねるとまさにそれはトールベルンその人に間違いなかったというのだ、、、。



と、、、そんな話をエリスは聞かされたのだった。

その夜ダールスイユの家に行ったエリスは

ウラがある青年と婚約したと聞かされた。

それを聞いて、

愕然としたエリスは急いで坑道に戻り地下深く降りるのだった。


「トールベルン、トールベルン、あんたの言ったように俺は無知な青二才だった、

地上のケチな生きがいに夢中になっていた、

地の底にこそ俺の宝が、、命が、、俺のすべてがある。

もう二度と地上の光など見たくもない」


エリスはさらに地下深く下る。

すると、どうだろう、今まで見えなかった壮麗な鉱脈が手に取るように見えるではないか、

なおも目を凝らすと、鉱物のたわわに実った果樹や、彼方には女王の姿まで

浮かび上がってきたのだ。


その時心配したダールスイユ親方がエリスを迎えに降りてきた。

そしてエリスは、地上に引き上げられたのだ。


さらに先ほどの婚約は真っ赤な嘘でエリスの心を試そうとしたのだという。

エリスは再びウラの愛の中にひたるのだった。


しかしその後もふと、、

氷のような冷たい手がエリスの心臓を掴み、くらい声がこんなことを囁くのだった。

「で、どうだ、ウラをわがものにして万歳というわけかい?

哀れな奴だ、お前はあの女王の姿を見たのではないのか?」


ふさぎ込むエリスを見てウラはそのわけを話してくれと懇願するのだが、

エリスは自分でもよくわからないし話せなかったのだ。


気持ちの動揺を鎮めようと坑道に降りると、

彼の前にはこの上なく壮麗な鉱脈がまばゆく開けてくるのだった。


あたかも本来の自分はあの鉱物の女王の腕の中で深々といこうているのに

もう一つの自分は陰気な鉱山町のかび臭い寝床をねぐらにしているような

真っ二つに引き裂かれたような気がするのだった。


ウラがこれからの新婚生活を語ると

エリスは、地底の楽園の壮麗さを気の狂ったように、らんらんと目を輝かせて語りだすのだった。

ウラにはそれらは全く理解できなかった。


それを見ていた仲間の老鉱夫は

「エリスはトールベルンに取り憑かれたのだ」というばかりだった。


しかし、やがて結婚式の当日が来た。

エリスはウラに目を輝かせてこういうのだった。

「いいかい。ウラ。僕は昨日やっとわかったんだよ、

地底深く雲母と緑泥石の深くに真っ赤な柘榴石があるんだよ、

それこそ僕らの愛の証なんだ。だから僕は必ずそれを取って来るからね。」


ウラはそれを聞くと

「どうかそんな夢の様なたわごとを言わないで目を覚ましてくれ」と。


しかしウラが止める間もなくエリスは坑道へ下ってしまったのだ。


その時だった。大音響とともに大落盤が起こったのは、、、


エリスは生き埋めにされて捜しようもなかったのだった。

ウラの悲しみは測り知れなかったのはいうまでもなかった。



それから50年、、、


そんな事件がすっかり忘れ去られたある日、

ファルンの坑道の奥深く

緑青水の中に若い工夫の死骸が発見された。

それはまったくいけるがごとくに保存されていたのだった。

死骸を引き上げるとちょうどそこに

一人の老婆が現れて

「おお。私のエリス。私こそ婚約者のウラです。やっと会えたのです。」

というやそのまま息絶えたのであった。エリスの死骸は太陽にさらされて

一気に風化が進みみるみる崩れて粉と化したのだった。



この物語から何をくみ取るか。

それは各人の自由であろうが、もう一つの世界がありそこに一度でも足を踏み込んだ人は

つまりあっちの世界に行っちゃった人は、、

絶対にこっちだけの世界では満足なんかできないし


いつかはあっちの世界へスリップして行ってしまうしかないんだという

事でしょうね。


エリスも一度、、鉱物の楽園を見てしまった以上、

いくらウラがひきとめようとも、


その鉱物の王宮でみずからは緑青水の中で化石化してでも


鉱物化して参入するしかなかったのですね。



これしかエリスにとっての「大団円」はあり得なかった、、




これだけがエリスにとっての唯一の世界との「和解」だったのでしょう。




是こそがエリスにとっての唯一の「救済」だったのでしょうね。




こうした鉱物界の楽園幻想というのは

ロマン派の通有事項というか

専権事項であって

ティークのメルヘン「ルーネンベルグ」や

ノヴァーリスの「青い花」などにも

語らえている通りですね。

ノヴァーリスが現実生活では、鉱山技師だったという事実は

まさに象徴的ですよね。






















































































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