新世界の歌 12話 歌の始まり
この世には、魂を吸い込む石、というものがある。
はるかな昔、神獣戦争の時代。山岳地帯にその鉱脈を有したガノン王国は、石の力で天下統一を成しかけた。一説によれば、六翼の女王ルーセルフラウレンが馬鹿みたいに強くなかったら、かの国が覇権をとっていた――かもしれないそうだ。その石があるところは「帰らずの洞窟」と呼ばれ、永らく悪鬼か悪魔が住んでいると信じられていたという。
効能的に非常に危険なものであるゆえに、大陸諸国は神獣を抱える一方でその石の力を欲しがり、大陸中をくまなく探しまわった。
だが。おそらく、隕石か小惑星かが落ちてきて地中深くに埋まった物だったのだろう。新たな鉱脈が見つかることは無かった。
統一王国が建国されるや、大陸にただ一箇所しかない「帰らずの洞窟」は統一王の管理下に置かれ、じきに天に上げられた。
すなわち鉱山がある一帯が丸ごとそっくり削られ、天に浮かぶ島のひとつとされ、灰色の技能導師が勤める兵器工房と化したのだ。
これが三番島、トリヘイデンの成り立ちである。
つまりトリヘイデンの地下には、吸魂石の鉱脈がそっくりそのまま内包されている。義眼用にいくばくかの石が掘り出されて工房内に常時ストックされているが、魂を抜かれる恐ろしい代物ゆえ、取り扱い注意物として厳重に封印されている。封印を開けられるのは、灰色の衣を与えられた技能導師のみ。
義眼を作った時。アイダさんはおそらく、真空に出て行けるような完全防護服を着込み、擬似結界装置を作動させて我が身を守りながら、ゆっくり慎重に封印を開封して作業したことだろう。
しかし俺には、そんな注意も配慮も全くいらなかった。無造作にぱっかり箱の蓋を開け、じかに石を手づかみにして、ささっと膜状に切りだして研磨。魔力移植法を使って、アイテリオンへの怒りと憎しみをたっぷり含んだ俺の魔力をありったけ注入してグレードアップ。限界値なしなので、出力抑制膜をつける作業はなしで手間いらず……と、吸魂膜製造をさくさく進めた。
そう。なぜなら、俺は魂が決して抜けない魔人だからだ。
むしろ一番大変だったのは……。
「消えろおおおおおっ!!! アイテリオン!!!!」
「む?!」
『凍結せよ! ゆくもの! もどるもの! 絡み合いてとどまれ!』
義眼の力の解放コードを叫んだとたん、ぴた、と目の前の白い衣のメニスの体が止まった。
義眼から噴き出しているのは、虹色の光。時間流停止機能だ。
破壊の目は発動させてから数秒ほどのタイムラグが発生する。その間、相手には隙を与えることになる。精霊召還中ならなおのこと、反撃される可能性は高かっただろう。だが、あらかじめ時間を止めておけばその心配はなくなる。
「へへ……く、苦労したんだ。時間流停止と破壊の目、両方の機能つけるの。相性最悪でさ」
かすかに眉根を寄せたまま、アイテリオンは微動だにしない。
よし!
目の前にできた停止空間に、思わずにやりとしてしまう。そう……一番大変だったのは、超弩級レベルの機能膜を二つとも搭載することだった。強力すぎるゆえに、間に他の機能膜をはさんでも干渉しあう。結局五枚以上は離さないといけなかった。
むろん、無機能膜で妥協することだけは絶対したくなかった。俺の本職は黒の導師見習いだが、れっきとした灰色の技能導師でもある。三級品で長年の宿敵を倒すなんて、そんなナメた真似はできない。俺が作ったものには、アイテリオンが滅ぼした灰色の技と、その技能導師たちの誇りが詰まっているのだから。
『灰色の技も検定試験もなくなりましたけど。ピピさんはもう、一級技能導師の腕をお持ちですよ。この義眼の水晶体の研磨……なんて素晴らしい』
『そうかなぁ。島に来た時は二級だったアイダさんこそ、今はもっとすごくなってるんだから、堂々と一級ですって胸張れると思うけど』
『いいえ。あなたは私よりはるかに努力して、三級から一級レベルになったのですよ。伸びしろが違います。だからピピさんこそ胸を張りなさい。そしてこれからも、見事なものを作ってくださいね』
かつて俺はアイダさんににっこり微笑されてそう言われたんだ。
さあ、アイテリオンが止まっているうちに今度は破壊の目を発動させるぞ。呪文コードで能力解放だ!
『まぶた開け破壊の門!』
「ぺっ……ぺピちゃん何やってるの!」「やめてくださいっ!」
異変に気づいたカルエリカさんとマルメドカくんがあわてて這い寄ってくる。
だがもう遅い。破壊の目の真っ赤な光線が、アイテリオンを包み込む。
静止してる相手を吸い込むだけだから、こんな楽勝なことは――。
「……あれっ?」
ちょっと……待て。
思わず、突き出した両手の義眼を見比べる俺。真っ赤な破壊の目の光線は――両方ともちゃんと出ている。アイテリオンは光に包まれて真っ赤だ。背中に背負っている大精霊もろとも固まっている。
でも。
「……えっ? 魂……出てこな……? え?! えええっ?!」
――「出てきませんねえ」
ズッ、と不気味なピンクのウサギ頭が俺の右肩に押し出てきた。
「ペピちゃん! それはなんなのっ。今すぐポイしなさいっ」
カルエリカさんがマルメドカくんと一緒に俺の左肩につかみかかってくる。
ひいいい! な、なんで!?
「なんで俺の渾身の、破壊の目光線が効かないんだっ!」
「そんなもの効くわけないでしょっ」
エリカさんがぱしりと俺の左手から赤い義眼をひったくる。
「わが君だって、魔人なんですからねっ!」
……えっ?!
な……な……なにそれ! 俺聞いてないっ! そんなの全然聞いてないよ! 驚きすぎて一瞬思考止まったぞ?!
アイテリオンも護衛長も、俺を魔人団に加えた時に、そういう一番大事なことはちゃんと説明しといてくれよおお!!
「じゃあ、魂吸い込めないってことですね。さすがメニスの王ですねえ」
あっ! こらピンクウサギ! 俺の右手から義眼ひったくるなっ。ダメだよのぞきこんだら。まだ光線が出てるんだから、触ったら――
「ん? なんですか? ……あ……」
ああああああああああああああ!!
ウサギが……ピンクのウサギが、破壊の目の光に包まれてあおむけに倒れた!
入った? もしかして目の中に魂入った?!
うあああああああああああああ!!
「ペピちゃん! だからポイしなさいっていったでしょ!」
ごつんと俺の脳天にエリカさんの拳骨が落ちる。
エリカさん、ほんと優しい。ほんとお母さんって感じだ。って、ほだされそうになってる場合じゃない。
お、落ち着け! 落ち着け俺! 深呼吸! 善後策!
と、とととりあえず!
ひっくり返ったピンクウサギから右の義眼を引ったくって、エリカさんとメドカくんに照射!
『来たれ電磁の海!』
この目に内臓されている攻撃機能は、時間停止と破壊の目だけじゃない。
二つの膜を互いに影響させないために、俺は標準装備に加えて二、三枚、新規の機能膜を創って貼り合わせた。放電波はそのひとつだ。
「きゃあ?!」「ペピさん勘弁してくださ――!」
ばちばちと金色の火花が迸り、二人の魔人の体が一瞬麻痺する。
その隙にエリカさんから左目を取り返し、魔人たちに向かって時間流停止機能を照射!
『凍結せよ!』
よ……よし! 間一髪間に合った。
俺は額の汗をぬぐって息を吐いた。感電して手足をぶるぶる震わせている格好で、カルエリカさんとマルメドカくんが固まっている。
これで俺の邪魔をするものはいなくなった。我が師の暴走と予期せぬ事態にかく乱されたがどうにかなったぞ。
俺の計画では魔人二人と見張りに出るふりをして彼らを時間停止させ、動きを止めている間にアイテリオンを襲って魂を吸い込む――という予定だったのに。はた迷惑なピンクウサギのせいで、ついカッとなって勇み足的な行動をしてしまった。
また邪魔されそうだから、事がすっかり済んだら後でゆっくり、我が師の魂を取り出すのがいいよね。
しかしまさか、アイテリオン自身も魔人だったなんて。魔人が魔人を統制していたとか、なんてこった……。小さな宝石じゃなくて人ひとりのサイズとなるとかなりでかくて不安だが、この状態で次の段階に進むしかない。時間停止機能が効いているうちに、急いでやり遂げなければ。
大広間から屋外に走り出て、周囲を見渡す。日が沈み、空はほぼ暗くなっている。
右手のはるか先に、細長いポチのフォルムと、白い天幕が見える。ポチの中には大量のウサギたちがいる。そしてポチの屋根の上では――
「おお! 集まってるなぁ」
鳥たちが飛び回っている。スズメみたいな小鳥から鷹のような大きなものまでよりどりみどり。島周辺に住むカモメたちがやはり一番多いだろうか。
俺の足元をちゅうちゅうと、ねずみの一家がポチの方へ走り抜けていく。見ればポチの周りにも、小動物たちが集まっているようだ。アナグマだのキツネだのウサギだの。この島に住んでいるものたちだろう。
すでにポチの内部にある振動箱は歌い始めて久しく、ポチに乗せられているウサギたちがそれに共鳴してとある周波数を出しているのだ。その力につられて、周囲の動物たちが引きつけられている。
俺が仕込んだ、特殊な周波数に反応する遺伝子をもつ動物たちだ。周波数を受信した動物たちは、自らも同じ周波数を発し始める……。
『うーん。これは数年では無理ですね』
『でもネズミやウサギはもりもり増えますよ、アイダさん』
『でも短命でしょう? もう少し長寿じゃないといけませんね。ネズミの寿命はせいぜい三、四年、ウサギは大切に飼えば十年以上生きますが、野生となると。爬虫類にも組み込んだらどうです?』
『そうします。それに長寿遺伝子を組み込んだら寿命が延びますよね。そうしたら、二、三世紀後にはきっと……』
『さて、大陸全域に広まるでしょうか』
広まってるはずだよ。これから、その証明をしてみせるからね。見ててよアイダさん。
我が師の魂が入った義眼を握りしめ、ポチのもとへ走る。走っている途中で変身術を使ってウサギに変じる。
おや? 天幕の前で、鉄兜娘とヴィオが二人並んで頬杖をついてしゃがんでニコニコしあってるな。天幕の中からは、誰かの泣き声? ああ……フィリアの声だ。アミーケが救われたので、親子三人で涙の再会をしているところらしい。邪魔するのは野暮だよね。後でゆっくり俺の「主人」に挨拶するとして、急いで成すべきことを成そう。
「あ、ピピちゃんだ」
「よう、ヴィオ。ウサギ軍団を外に出してやろうぜ」
「ほえ?」
「いつまでも狭いコンテナの中にいれてたらかわいそうだろ?」
ヴィオが目を輝かせてうなずく。
「うん、わかったぁ♪」
ポチのコンテナの扉を開け放つ。ひょこひょこ飛び出していくウサギたち。みんなフミフミと鼻を動かし、耳をぴくぴくさせている。箱の周波数に反応しているのだ。しかし箱の振動に引き付けられているので、ほとんど散らばらない。
「ねえねえピピちゃん、もしかして、この島をウサギランドにするの?」
「そうだなぁ、それいいかもな。ハッピーモフモフランドより広いしな」
「うわあ。じゃあ、ヴィオが園長さんになっていい?」
「ん? いいぞ?」
上機嫌のヴィオに話を合わせておく。ヴィオは無邪気にぴょんぴょん飛び跳ねてとても嬉しげだ。
「ヴィオが園長♪ 園長ぉ~♪」
俺はウサギの姿のままで、からっぽになったコンテナから振動箱を抱えだした。島に入る前から作動させているから、もうだいぶ伝播しているはずだ。動物たちに中継されまくって、きっと大陸のすみずみまで……。
ぴょこ、と長い耳を傾けて澄ますと、リンリンと箱が鳴っているのがわかる。
箱が出しているのは、ポチたちを呼び寄せる01周波数ではない。俺が永い時間かけてああでもないこうでもないと発明して編み上げた、黒の技の「韻律」だ。
俺はその調べに乗せて自分でも歌いながら、停止しているアイテリオンのもとへ戻った。
「ひと声聴けばそれとわかる
その歌がそうだと魂が気づく
心を焦がす深淵の炎
魂をば焦がす聖なる炎
燃え上がりしその歌こそ、
萌えて芽ぶきし赤子の寝床
とこしえの唱和は女神の腕
とわに揺れるは音の揺り籠
泣いて起きしは新生の子
産声上げし炎の子 」
歌え、音の神。
俺はもふもふの手で振動箱を撫でた。
歌え。歌え。
俺自身にも、この歌を中継するためのアンテナがついてる。カラウカス様が俺が作ったウサギを買って寺院に連れ帰ってくれたから。そのウサギから、前世の俺、ウサギのぺぺが生まれたんだ。だから、
歌え、俺。
俺はふみふみと自身の鼻と口を動かした。
歌え。歌え。
振動箱につられて、動物たちがついてくる。鳥たちも。小動物たちも。ウサギたちもみんな俺についてくる。その口で、ピーピーフミフミと歌いながら。みんな箱の音と同じ節を歌いながら。
たぶん、大陸中に中継されているこの歌にあわせて、みんな歌っているだろう。長い長い時間をかけて広がっていった、俺が作った動物たちが。
「ひと声聴けばそれとわかる
その歌がそうだと魂が気づく」
かわいらしい歌声がきこえたので、俺は振り向いた。赤毛の鉄兜娘が歌いながら一緒についてくる。
ああもう……ソートくんたら……。
やっぱり、妖精たちに俺が作った遺伝子を仕込んでたな。俺は人間にこの遺伝子を組み込むことは躊躇したけど、ソートくんは躊躇するような奴じゃないもん。俺と違ってどんな生き物も差別しない奴だ。
『アイダ様を捨てたあいつを、殺してください』
ソートくんは、師匠のアイダさんのことが大好きだったもんな。思いは、俺と一緒だ。
赤毛の妖精たちは大陸各地にいる。きっと動物たちと一緒に歌ってくれてるだろう。
「歌劇団でも歌ってるわよ、おじいちゃん」
「え? 今なんて? ウェシ・プトリ」
「あれ? 知らなかった? この曲、アフマル姉様が薔薇乙女歌劇団の公演で広めてるわよ。それに雑誌社ではね、売り出し展開中のゆるキャラ、にんじんぶしゃー☆のピピちゃんのテーマソングになってるし」
ええ?! あの、にーんじーんぶしゃー☆の?! いつの間に?! って、ピピちゃんて妖精たちが作った?! ああああ、俺が妖精たちを子守したときの話を絵本にしたとかいってたけど、あれがゆるキャラピピちゃんの原型なのか!?
って、テーマソングって。
そりゃあ、この韻律自体はだいぶ昔からできてたよ。それもこっそり妖精の遺伝子の中に本能として組み込むとか、どこまで心憎いことやってくれるのよソートくん。
「ピピちゃんのテーマソングの歌詞はちょっと変えられてるけどね。こういうのよ」
鉄兜の少女は歌いだした。活き活きとした明るい声で。
『ひとかじりすればそれとわかる
その根がそうだと魂が気づく
心をば焦がす橙の炎
魂をば焦がす聖なる炎
燃え上がりしその根こそ、
萌えて芽吹きし力の苗床
とこしえの世話は豊かな肥し
とわにふりかかるは水の祝福
大きくおがりしは新種の根っこ
みごとに成りし、炎の根っこ 』
「ニンジン賛歌」っていうんだよねえ、とプトリはからからと笑った。今やあのゆるキャラピピちゃんの人気はエティア王国にとどまらず、大陸全土でグッズが飛ぶように売れるほどの人気で、ニンジン賛歌はものすごい流行歌になっているという……。
「子供たちの間で大人気だから、今もどこかでだれかが歌ってるかもね」
なんてことだ。流行歌になって大陸全土に広まってる?
だれかが、歌ってる? この歌が、どんな歌が知らないまま?
「大陸全土にちらばっていろんな会社経営してる妖精たちが、四六時中ピピちゃんの宣伝をしてるよ。大陸中で知らない人なんて、ひとりもいないんじゃない? うちの運送会社でもマスコットキャラにしてるし、歌もばんばん流してるもの」
なんてことだ。
なんてことだ。
だ、だ、だってこの歌は……歌詞は関係なくて、節だけで箱の振動が増幅するようになってるんだぞ。近くにアンテナ持ってる動物がいたら、歌ってる人の音波振動も拾ってくれるはずで、箱に折り返し戻ってくる波動がはんぱないことになる。
そう、この箱はいまや歌い震える世界の中心。特異点になっているのだ。
「あれ? おじいちゃん、その箱からなんかモヤモヤしたものが……」
「おっと!」
効果が現れ始めたか。
俺は急いで神殿に入り、停止しているアイテリオンのまん前にその箱を置いた。 それからプトリに手伝ってもらって、感電状態のまま固まっている二人の魔人たちを、封印の棺に封じ直す。ごめんね、エリカさん、メドカくん。またしばらくの間、眠ってくれ。
「あ、アスパシオンさま?」
床に伸びているピンクのウサギ頭のおじさんを見て、ウェシ・プトリがびっくりしている。そうだよね。その人の体も振動箱から退避させておかないと。
だが。ウサギ頭の我が師の抜け殻に手を伸ばしかけた俺は、ごくっと息を呑んで躊躇した。
ウサギ好きの我が師は、もしかしたら、前世は俺の奥さん……かもしれない。
このおじさんの体に魂を戻したら、今度はアミーケあたりに魔人にしてくれと迫るんじゃないだろうか。目的のためには全力を尽くす我が師のこと、あの手この手で攻めるにちがいない。
でも。
この体がなくなってしまえば……
い、いや!
何を考えてるんだ、俺。そんなことしちゃだめだろ。魂だけ確保しておいて、俺が好きに作った体に入れるとか……たとえば、まだ生まれてない妖精の受精卵とか?
う。ううう。だめだってば。何考えてるんだ俺。そんなソートくんみたいな考えはだめだろ! いくらむさいおじさんに言い寄られて迷惑してるからって、我が師の体をこのまま、このまま……
「今から作り出されようとしている新しい世界」に、放り込むなんて。
それはだめだ。思いとどまれ、俺。我が師の体を振動箱から引き離すんだ。
ほら、箱の上に黒い球体ができてきた。小さな……すごく小さな別次元の空間だ。
この世界の時間軸はたった一本しかない。
時間流の流れはそのひとつの線上を過去から未来へ、未来から過去へ流れている。未来の出来事も、過去に干渉する。だから、この世界の歴史を変えることはできない。
でも。この世界の複製を作り出すことは、可能だ。そこに放り込んでしまえば、決して死なない存在でも「この世界からは」失くしてしまえる。
しかしその「新世界」はたぶんとても狭いだろうと俺は読んでた。何とか編み出した韻律と大陸中の韻律波動を集めても、作り出される新世界はとてもとても小さな球体。人間ひとり分がぎりぎり入るか入らないか、だろうと。だからアイテリオンの魂を、小さな石の中に閉じ込めたかったんだけど……
世界中の人間が歌を歌って協力してくれるのなら、もっと大きな世界が作れるかもしれない。
「おじいちゃん! 黒い玉が広がってきたわ!」
うわわ、かもしれない、どころじゃないぞ。みるみる膨らんでる。大精霊もアイテリオンも余裕で入った! この広い大広間を埋め尽くす勢いじゃないか。すごい!
歌ってくれてる人がいるんだ。俺が創った歌を歌ってくれてる人が何人も……
俺は我が師を背負い、魔人の棺を広間の端に押し出した。新世界の広がりはさすがにこの広間からは出ないだろうと思ったら。
「お、おじいちゃん、どんどん広がってる」
「振動箱を止めよう!」
なんてこった。まさかこんなに劇的な効果が出るなんて。
俺は我が師を鉄兜娘に託し、広がる球体に触れないよう注意しながら歌う箱のもとへと滑りこんだ。
箱の振動を停止すれば、「新世界」の扉は閉じる。球体の中にいるものは、新しい世界に取り残される。
「アイテリオン。じゃあな」
これで。これで完全勝利だ! 灰色の技と黒の技が、白の導師に打ち勝つんだ! 俺はしみじみ感じ入りながら、箱の制御棒に手をかけた。
ついに、俺の目標が。悲願が。達成される――!
「……うっ?」
しかしそのとき。
黒い球体の中が突然きらきらと輝きだした。まるで、太陽のようにまばゆく。
ま、まさかこれは……アイテリオンが背負ってた大精霊?! 一緒に停止してたこいつが動き出したっていうことは!
『貫け! 日輪の矛』
「!!!!」
まばゆい光の帯が、箱の前にいる俺の腹をうがち、勢いよく吹き飛ばした。 そん……な! もう時間流停止が、解けた?!
「きゃあああ! おじいちゃんっ!!」
「がっ……ぐっ……!」
みるみる広がって行く黒い球体。それを塗りつぶしていくかのように、まばゆい陽光が燦然と輝き渡る。
その光の中心からぶわっと白い羽毛が舞い散り、怒りを帯びた声が轟いた。
『マサカ……私ヲ魔天使化サセルトハ』
それは。もはや俺が知っている、穏やかな声ではなかった。
幾重にも声が重なった耳障りな音。
そして。
大きな翼が、二枚見えた。まるで。以前俺が我が背中から生やしたような、大きな翼が――。




