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新世界の歌 10話 七一零四



「うー……」

「ピピさん。どうしたんですか?」

「あ、アイダさん。また割れちゃったんです」

「あらーほんと。見事にまっぷたつですねえ」


 天に浮かぶ八番島。

 その統一王国時代の設備が整った工房で、銀髪のきれいなメニスが割れた目玉をつまみ上げてころころ笑う。


「焼成温度のせいではなさそうですね。何か合わない膜を貼りましたか」 


 水晶体を焼き上げるのはものすごく難しい。眼球に貼りこむ機能膜は数十種類もある。それをぴたりと張り合わせる作業も至難の技だが、膜を張る順番を間違えるとたちどころに溶けたり割れたりする。機能膜には相性があるからだ。赤外線膜と魔力具象化の膜はひっつけてはいけない。暗視膜と魔力具象化の膜もくっつけてはいけない。まるでパズルのようだが、一般兵士が使う汎用型は貼り付ける順番がちゃんと決まっているから迷うことはない。

 問題は一級品以上の、多機能な特注品。

 機能をもたない膜でサンドイッチしたいところだが、そうすると情報を呼び出す速度が格段に落ちる。なのでこれは、極力使いたくない最後の手だ。


「何の機能をつけたんですか?」

「時間停止です」

「それはまた、けったいなものを」


 アイダさんがぷっと噴き出す。


「もしかして、破壊の目の機能膜の場所にそれを挿し入れたわけですか」

「はい。でも隣のと相性が悪いから、貼る順番を変えて何度も焼いてるんですけど……」

「無機能膜はあくまでも入れたくない、と」  

「そうなんです。三級品になっちゃいますから。そんなものを、メキドの陛下にお渡しするわけにはいきません」

「たしかに等級が下がりますからねえ。がんばってください、ピピ技能導師」

 

 あ。うすーく細まるいたずらっぽい目。アイダさんが造ってた義眼は、できあがったもんなぁ。三日ぐらい三番島にこもってて、昨日からずっと仕上げしてたもん。 


「励ましどうもありがとうございます。がんばりますけど。あの……」 

「はい?」

「邪魔……しないでくれます?」

「三日カンヅメしてきて、お帰りのひとことしかもらえなかったもので」


 はぁ。メニスって両性具有なんだよなぁ。それにこの八番島には、俺とアイダさんしかいないしなぁ。


「あのぅ、俺の耳たぶ、おいしいですか?」

「はい、とっても」


 くすぐったいよアイダさん。甘露の匂いきついよ。


「えーと。あの……おねだりですか?」

「はい、そうです」

「これ、できてからでダメですか?」

「オリハルコンの服、ここで焼きましょうか? お部屋に張ってるオリハルコン幕もぜんぶ処分しましょうかね。ああでも、そんなことしたら敵に見つかっちゃいますねえ」


 畜生、鬼っ! くっそメニス!


「いつもの部屋で待ってますから、すぐ来てくださいねえ」


 でも貼り付け順のパズルを解いてしまいたいんだけど……


「ここでします?」


 だめです! 機材ぶっこわれます! 肩に熱線砲かついで脅さないで下さいいいいい!

 いきますっ。今すぐいきますからあああ!



――「ったあああっ!」


 ぐふ。


「す、まーっしゅ!」


 げふ。


「っしゃあああ! 連続十セット連勝!」


 ごふ。


「あ、アイダさん……そろそろ休憩しませんか……」

「何言ってるんですか、三日分の時間を取り戻しませんと」

「でも俺、もう……息がっ……」

「あらまあ、体力がありませんねえ。幻像メロドラマばかり見て、毎朝の筋トレとジョギングをさぼるからですよ」


 卓球台のネットのむこうでアイダさんが余裕をかまして笑ってる。ラケットでぽんぽんピンポン玉をリフティングしながら。縦横無尽に走りまくって動いてるのに、息ひとつ乱れてない。純血メニスおそるべし。


「日々の鍛錬。基礎体力作りは重要です。すぐに息が上がるようではいけません」


 ほんとこの人、遊戯室で俺と卓球やるのを生き甲斐にしてるんだよな。飽きずに毎日。何百年も。


「時間停止膜など、統一王国時代にも作られたことがありません。やめたらよろしいのに」


 それで俺がへばったら、お説教を始めるんだ。


「三番島へ行ってきなさい」

「それは、やです……」

「つけるものは破壊の目でよいではありませんか。王国の火急に対処するにふさわしい機能だと思いますけどね」


 器用にリフティングを続けながら、アイダさんが卓球台に突っ伏している俺のところに近づいてくる。 


「王国を守るには、神獣を操る膜だけで十分です。だからあとは王の御身の護身になるものを……」

「いいえ、不十分ですよ。神獣は神を殺せません」

 

 アイダさんのいう神とは……アイダさんを水鏡の里から追い出した奴。アイテリオンのことだ。


「いかな神獣とて、不死の者は倒せないのです。それにこんな小さな目玉に時間停止機能だなんて、出力は時の泉とは比べ物にならぬし、持続効果は微妙でしょう?」

「う……たしかに不安定ですけど」

「これでは神の動きを数分止めておくだけで精一杯ですよ」


 寂しげで哀しい紫の目。捨てられた子犬みたいな貌。この貌でじいっと責められるようにみつめられると怯んでしまう。

 でも。でもさ。破壊の目の機能は本当にえげつないよ? 兵器の中でも最たるものだ。魂を吸い込んで宝石の中に閉じ込めちゃうなんて。しかも限界値なしのものは、魂を分解消化するんだよ? ほんとひどい仕様だよ。すごくひどい……


「やだ……つけない。絶対つけたくない……」 

「頑固ですねえ」

「でも、アイテリオンは退ける。メキドを守り続けて。エリシア姫やトルを救うんだ……」 

「トルナートさんとやらが王になられるまで、あと何年ですか?」


 世紀単位のつきあい。俺はアイダさんに隠し事なく全部事情を話してた。まさに、気の置けない人。大の親友。俺がおずおずとたぶん二百六十七年後と答えると、アイダさんは深いため息をついた。


「まあ、まだ時間はたっぷりありますから、じっくり考えればよろしいですよ。でも念を押しておきますけど、本当に神を倒したかったら、破壊の目の義眼を造るべきです」


 アイダさんはそう語気を強めたけど。自分が造ったもので自らアイテリオンに挑むことはなかった。俺の創造物の理論確立や開発の手助けをしてくれつつも、たぶん心の奥底では、アイテリオンへの思慕がまだあったんだろう。綺麗なメニスの王は里ではみんなの父親、誰もが初恋の人として慕うんだとか言ってたから。だからアイダさんが造った眼には、とても低い限界値が設定されてたんだろうな。破壊の目の機能を使えば、急激に劣化を早めるぐらい。

 でも造られてほやほやのあの時。7104年のあの時。俺はそんなこと知る由もなく、哀しげなアイダさんはただただ、決して癒えぬ寂しさを埋めるものを探していた。

 それは卓球だったり。庭の花だったり。記録箱に残った戦隊ものの幻像ドラマだったり。うまい珈琲を淹れることだったり。

 それから……


「さて、夜になりましたね」


 アイダさんがにこにこ顔で俺の手からラケットをひょいと取り上げる。白魚のような手が俺の手に重なる。暖かい手だ。長い指が、俺の指の間を押し開いて分け入っていく。


「寝室にいきましょうか」

「え。でも、眼をつくりた……」

「だめ。許しません」


 優しい声。耳たぶにかぷりと食いついてくる唇から漏れる、甘い吐息。


「今夜も、私を慰めてください。ピピちゃん」

「は、はい……」 


 アイダさんとずっと一緒に暮らしてた俺はその寂しさを、幾分かは和らげてあげられたのかなと思う。





『ピピ。ピピちゃん……』


 やだ。ちょっと。そんなにぎゅうぎゅう抱きしめないでよアイダさん。


『ああほんと、毛ざわり最高っ』


 いくらモッフモフの獣が大好きだからって、俺をウサギにして夜通し抱っこで就寝とかさぁ。これじゃどこかの師匠と変わらないよ。ていうかこの人、我が師よりもべったべただよ。い、息できないよ。うわ。ほおずり。うわ。頭にちゅう。ひい、首掻かないでー。気持ちよすぎる……。

 ひええ! 唇にちゅうはっ。唇はちょっと! い、いたい! ちょっと、耳引っ張らないで? 耳……み……


――「だめえ! ヴィオのウサギさんなんだから!」「いいえ、これは我が師の遺言を語る、大変貴重なウサギです。ぬいぐるみのように扱わないで下さい」


 ぐふ。


「返してよっ!」「いいえ、だめです」


 げふ。


「きもちわるい着ぐるみ! きらいっ! 石炭のとこいってよぉお!」「いいえ、ここにいます」


 ごふ。

 ヴィ……ヴィオ? お師匠様?

 ちょっと。ひい。ウサギな俺を奪い合わないで。俺ラグビーボールじゃないから!


「離せおまえら! 目が回るっ!」


 しゅかしゅか鳴り響く蒸気音。流れていく青空と緑の樹木の景色。

 ポチ2号の運転席で鉄兜のウェシ・プトリに抱っこされて、うたた寝してたはずなのに。ウサギ好きなやつらが奪いとったのか。ウェシ・プトリは腕組みして仏頂面だ。その隣でフィリアが苦笑してる。

 ひた走るポチ2号の速度はびゅんびゅんと爽快。アイテリオンとの交渉場所、エティアと北五州の境にあるマイオティスの湖に向かってひたすら進んでいる。

 フィリアは俺とヴィオが心配だからって、自身の体調が悪いというのについてくるといって聞かなかった。ヴィオはポチに詰まれたウサギたちと俺に夢中で、フィリアから興味がなくなっているのでひと安心だ。でも兄弟子様はいい顔をしないだろう。ひと悶着あるかも。

 ウサギをぎっちぎちに詰め込んだポチは、途中エティアとの国境付近で兄弟子様と魔人の棺を拾う手はずになっている。メキド解放戦線の頭領、妖精のアフマルが手を回したおかげで、棺の隠し場所はメキド政府関係者にすら極秘にされている機密事項だ。

 六年前のファラディアとの会戦の折、棺を封印所から出して貸し出してくれたのは、岩窟の寺院の最長老レクサリオン。しかしかの御仁は蒼鹿家後見のヒアキントスに暗殺された。そしてアイテリオンは今、蒼鹿家が提示する請求をすべて、メキドに受け入れさせようとしている……。

 ヒアキントスは、メニスの王とつながってるのかもしれない。アイテリオンはヒアキントスに恩義を感じたか。それとも初めから奴が最長老の暗殺を命じたか、だろうな。


「あれっ? うさぎさん、なんか顔が熱いよぉ?」

「まあ、熱があるの? 見せて」


 わ! フィリアに抱っこされた。いや、大丈夫だよ。頬が赤いのは、夢でアイダさんを見ちゃったからだ。

 破壊の目を徹夜で作ったからか? こないだ兄弟子さまに童貞なんちゃらいわれたせいか? アイダさんとのことは、記憶の奥底に葬ってたのになぁ。

 あ……そうか、トルに会えたからか。

 十六歳のトルに会ってあやまらないとって……何百年もずっとそのことが俺の心の大半を占めていた。やっとその目的が達成されたから、思い出す余裕が出たんだろうな。

 俺、アイダさんと二人っきりで暮らした時間が断トツに長い。長かったけど、兄弟子さまとアミーケみたいに子供をもうけるような夫婦にはならなかった。

 ただ。ただね。一回だけさ、そんなことになったよ。

 六百年生きて初めての……。

 7104年。いつもはウサギな俺を抱っこするだけで満足してたアイダさんが、あの時だけは……。アイダさんが遠い未来に俺の右目になるものを完成させたあの時だけは、人が変わったようになってさ。

 明け方。アイダさんの腕の中でウサギから人の姿に戻ったとたん、俺は……襲撃された。


『刻印が見えます。あなたの右目に、私の打銘が』


 とか熱っぽく、うっとり誇らしげに囁かれて。情け容赦なく喰われた。

 純血種の甘露のせいで魔人の俺、抗うすべなし。


『私の魔力は微弱ですし、変若玉(オチダマ)をあげた主人ではありませんから、あなたを好きにはできませんよ 』


 初めて会った時そう言われたのに。


『やだっ!! うそつき……うそつき……うそつき! 好き放題できるじゃないかっ!! ちくしょう! オリハルコンの服焼くなんて!!』

『すみません。私、王家の出ですから。もとの名前はアイテオキアといいます』

『俺魔人なのに! 痛いよバカっ!!! これなんか盛っただろ!!』

『心配いりません。夕食に神経活性剤突っ込んだだけです。感じさせてあげたくて……』


 畜生、鬼っ!! くっそメニス!!

 アイテ・オキア。今思えば、おまえもかあああ! って名前だよ。

 事後三日間、俺はショックで口がきけなかった。まさかの襲撃。初めてなのにアイテ家のお家芸って……どんな拷問だよ。おかげでなんにも手につかないで自分の寝室にひきこもり。アイダさんが近づいてくる気配がすると自然にぼろぼろ涙が出てきて、えぐえぐ嗚咽して挙動不審。


『すみません……怖がらせてしまって』


 アイダさんはオリハルコンの毛布ひっ被って隠れる俺の頭に手を乗せて、何度もあやまってきたけど。俺は部屋の隅っこで泣きじゃくり、ひとっことも言葉を返せなかった。

 それから一週間後、アイダさんは俺を置いて八番島から去った。

 勇気を振り絞って「行かないでくれ」と引き止めたが、哀しげに別れを言われた。


『ピピ様は、エリシア様やトルナート様のためにアイテリオンを倒すと常日頃から仰っております。しかしこの五世紀もの間、私のために倒すとは、一度も仰ってくれませんでした』


 そこでやっと気づいた。ずいぶん前からこの人は、俺を気の置けない相棒としてではなく、伴侶(つがい)とみなしてたんだと。

 アイダさんはとても綺麗な人だ。メニスで両性具有。鼻筋の通った絶世の麗人。平凡顔の俺なんて全然好みじゃないと思うけど、自分が造ったものをずうっとつけてて何百年もそばにいたら、そりゃ多少はいとおしくなるだろう。となると当然、生物としての本能も発動するのがごくごくあたり前だ。なのに俺ときたら……。

 確かに、アイダさんの様子が変になることはたびたびあった。でも俺はそのサインを無意識に感知しないようにしてた。

 俺の頭は、トルやエリシア姫のことや義眼造りや他の仕込みの開発のことでいっぱい。アイダさんを生物学的な奥さんにしようなんて余裕ある考えはついぞ浮かばなかった。

 かたやアイダさんは超鈍感な俺に永い間我慢してたに違いなく。俺の右目を完成させたあの晩に、長年たまりにたまった鬱憤がついに決壊したのだろう。

 これからはちゃんと夫婦になる。

 選択肢は、それしかありえない。

 でもアイダさんを見ると、体がぶるぶる。涙だらだら。

 だって俺、ざっと六百年以上堅持してきたものを力ずくで奪われたわけで……。

 アイダさんは、そんな情けない俺に愛想をつかしたんだとずっと思ってた。


『いっそ髪を赤く染めようかとも考えましたが、それでもだめでしょうね。ひどいことをしてしまいましたから……。どうかお元気でいてください、ピピ様』 


 いざ去られると……こたえるなんてものじゃなかった。

 たまに連絡は取り合ったものの、おずおずと会おうかと聞けば、いつも拒否。

 会ってもどんな顔をしていいかわからないから、その返事を聞いてホッとするのに、なぜか卓球台で独りピンポン玉ころころして涙ぼろぼろ。気づけばアイダさんが使ってた寝台に猫のように丸まって寝てたり。怖いのに恋しがるとか、なんなの。自分というものがまるでわからなかった。

 そんな自分にいらつきやさぐれて、俺は「僕」から「俺」になった。

 すっかり嫌われたと思ってたのに。二十年後、アイダさんのお葬式にこそっと参列したら、俺宛ての遺言状を街の介護課の役人から渡された。

 あの文面。いまだに一言一句覚えてる。


『ピピ様。あなたを傷つけてしまったこと、今でも大変申し訳なく思っております。

 あのとき。私はおのが寿命があとわずかであると悟り、どうしてもおのれを抑えることができませんでした。メニスは晩年になりますと、急激に老いて醜くなるのです。ですから私はそんな姿に変わり果てる前に、あなたの眼に、私が造ったあの眼に、あなたとごく普通の夫婦のように睦み合う私の姿を焼き付けたかったのです。卓球をする私や、ウサギを抱いて眠る私の姿と共に。

 私は醜くく老いさらばえていくおのが姿を、愛するあなたにお見せしたくありませんでした。私が造った眼に映してほしくありませんでした。ですから私はあなたのもとを去り、隠れました。今は男性として余生を過ごしております。

 ひどい勝手と無体をいたしましたこと、決して許していただけるとは思っておりません。ですがひとつだけ……』


 ちくしょうわかんない。

 わかんないよ。

 女心なんて……

 

『ひとつだけたってのお願いがあります。私が世を去りました後は、どうか我が弟子ソートアイガスを、引き取っていただけますよう……』


 わかんない。

 わかんない。

 なんで俺を独りにするんだよ。何で最後っ屁かまして逃げるんだよ。

 しわくちゃの婆ちゃんだって、いいじゃないか……!

 バカ。バカ!


 責任、取らせろよバカぁあああ……!!!!


 俺はアイダさんの棺にすがってわんわん泣いた。涙が出なくなっても泣き続けた。

 そして願った。

 もう一度。会いたいと……。





 それから数十年後。

 俺の願いは、叶えられた。

 なぜなら魂は輪廻するからだ。

 アイダさんの魂は俺のことを忘れずに覚えててくれたのかって疑うぐらい、「彼女」のアプローチは猛烈だった。


『ピッコちゃん! 私をお嫁さんにしてっ!』


 赤ん坊のころから知ってるその子。生まれたての姿をひと目見るなり、誰かわかった。青みがかった虹色の魂はとても見覚えのあるものだったから。

 まさかの押しかけ女房は、俺が命をかけて守っているメキド王家に生まれてきた。もうこれは狙って転生してきたとしか思えない。俺の望みを叶えてくれるために、帰ってきてくれたとしか。

 しかし「彼女」は赤子にしてすでにおそろしくおてんば。俺はこのままでは完全に尻に敷かれる危機を感じた。

 絶対結婚したいけど、また強引に喰われるのは嫌だ。それだけはごめんだ!

 てことで俺は「彼女」の守り役だったのを最大限利用し、俺による俺のための俺渾身の奥さん育てるぞ計画を展開。少しずつ根気よく、俺好みになるよう教育してみた。

 おかげで「彼女」は十五年の後、天真爛漫でかわいらしい箱入り奥さんになった。魔力はやっぱりほとんどなかったけど、「彼女」は俺の癒し。一体どれほどの力を与えてくれたことか。

 ああもう。俺の奥さん(レティシア)、最高っ……!


「なに身悶えてるんですか、ピピさん。女の子の腕の中でいやらしいですよ。僕の腕の中に来なさい」


 う。変態ウサギ魔人。

 ウサギの着ぐるみ頭かぶって俺になりきってる我が師が、むっつり不満げにフィリアから俺をひったくる。この状態、どうしたら治るんだろう。

 この人も、アイダさんや奥さんみたいにウサギがめっぽう好きだけど……。

 い、いや違う。まさかそんなことはないよ。

 でもむさいおじさんになっちゃった、六翼の女王っていう実例も……

 い、いやいや、ないない。ないって。

 俺の奥さん、こんな変態じゃない。絶対違うよ。


――「あ、エリクさーん」


 しゅかしゅか走るポチ2号は、ほどなくエティアとの国境付近のジャンクションについた。

 プラットホームで待ち構えていたのは、兄弟子さまと三基の重そうな棺。


「フィリア! 大丈夫なのか? 無理はするなよ」


 運転席に来た兄弟子さまがフィリアを気遣いながら、ウサギな俺を呼ぶ。


「準備はいいな、ぺぺ」

「はい、兄弟子様!」


 俺はヴィオと着ぐるみ魔人の我が師に、ウサギの扱い方についてひと通り指示を飛ばし、それから人の姿に戻った。最後尾の車両に棺が積み込まれる。三基並ぶその端は空っぽだ。


「蓋を閉めたら封印の力が働いて意識が落ちる。開封されてすっかり意識が戻るまで多少の時間がかかるはずだ。気をつけろ」

「了解です」

「がんばるんだぞ、ぺぺ。俺も最大限援護する」


 棺の中に我が身を横たえる。どずんと蓋が閉められて訪れたものは、暗闇。車両の扉が閉じられ、ごととんごととんと、再びポチが走り出す。


――「うわあ、なにあれ!」


 かすかにヴィオのきんきん声が聞こえてくる。さっそくウサギたちの効果が出てきたようだ。

 ウサギの群れの中に俺が作った小さな箱を置いておく。ヴィオと我が師に指示したのはそれだけ。でもその箱は、水鏡の里の寺院にそびえるあの魔力の柱と同じ原理のもの。

 大地に散らばっているものたちが。俺が仕込んできたものたちが反応しているようだ。きっと追いかけるものが出てきたんだろう。

 ごく近くで音波を受け取るとつられやすいからな。


「アイテリオンのために涙をこぼした、数多の人々のために……一緒に戦ってくれた、みんなのために……」


 闇の中で、首から下げている袋をぎゅっと握りしめる。俺の切り札。この手でついに造り出した破壊の目。もちろん、無機能膜なしの超一級品だ。


「俺、がんばるよ……トル。サクラコさん。エリシア。カイヤート。フィリア。アミーケ。兄弟子さま。ソートくん。ジャルデ陛下。妖精たち。レモン……」


 みんなの名前を呼びながら目を閉じる。

 次に目を開ける時には、たぶん目の前に奴がいる。


「そして愛打(アイダ)さん……俺のレティシア……だれよりも愛する君のために」 


 奴を絶対にこの眼に封じ込める……!

 棺の力が作動して、重いまどろみが降りてくる。


「あ、忘れてた。ハヤ……ト……」


 俺の意識は沈んだ。

 深い深い眠りの中へ。



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