新世界の歌 4話 虹の光
トルが危ない!
焦ったあまりに、力の加減を忘れた。
トルナート王子たちに剣を振りかぶった相手は、銀色の甲冑を着込んでいた。
「革命の盟主。パルト将軍の名の下に」
そいつはわざわざそう言い置いて、剣を振り上げた。
「姉さま! 姉さまああ!」「姫さま!」
姉姫にすがっている、幼い王子と侍女に向かって。
アフマルが王子の上に覆いかぶさって二人を護った瞬間。
「やめろおおおっ!!」
俺の銀の右手が輝いて、刺客の兵士を吹き飛ばした。
両脇にいた兵士たちが驚いてあとずさるも、銀の右手からほとばしった光弾が鎧ごと胴体を打ち抜く。護衛長に鍛えられたおかげでおのれの魔力が高まっているのか、光弾を受けた兵士たちは微動だにしなくなった。
わが所業におののく暇もなく――
「わが名をかたるとは、ロザチェルリの手の者だな!」
アフマルがおのれの剣を抜き放ち、刺客の首にずんと突き立ててとどめを刺した。
いつの間にこんな手慣れた武器の扱いを覚えたんだろうと、踊り子だったアフマルの剣さばきに息を呑む。しかしこれはソートくんが仕込んだものだと、すぐにわかった。
これはアフマルの遺伝子の中に仕込まれた、「眠れる本能」。
普段ならば決して顕現することはない、隠された能力なんだろう。
それにしてもアフマルの剣の構えは、まるっきりエティアの剣の英雄そのものだ。たぶん剣の修行などまったくしなくとも、いきなり大波動斬を打ち込めたりするに違いない。
それにこの本能の力を仕込まれているのは、おそらくアフマルだけではないだろう。たぶん妖精たちすべてに、この能力が秘められていそうだ。
つまり……
「俺は剣聖レベルの破壊兵器を一年に二人も誕生させてるわけか? それが現在百人以上いるってことで……まて、たぶんきっと戦闘能力だけじゃないな? 国を切り盛りするのに必要な知識や能力も全部、非常時に出る本能に仕込まれてる?」
「ええそうよ、おじいちゃん。あなたがいなくなったという信号が潜みの塔から発信されたとたんに、私たちは『覚醒』したの。お父様に与えられた能力は、戦いの技だけではないわ」
アフマルは手練れの戦士のように剣を振り、血糊を払った。
遺伝子への刻印。なるほどそれが、エリシア・プログラムの正体か。
ソートくんは俺がウサギやネズミの小動物に仕込んだやつを妖精たちに応用して組み込んだのだ。
「姉さま、眼を開けて」「姫さま!」
トルナート王子とアズハルの娘が、ぐったりしている姉姫に呼びかけている。しかし……反応はない。
三人とも、すでに傷を負っていた。
「私なんかをかばうなんて……」
泣きじゃくるアズハルの娘に話を聞けば。王子が胸を袈裟懸けに斬られたのを、アズハルの娘がかばって腕を裂かれ。その彼女をさらに姉姫がかばい、胸を刺し貫かれたという。
この絶望的な状況の中で、三人の姉弟はお互いを必死に守ろうとしたのだ。
「あなただって陛下の娘よ。卑下してはだめ」
「でも……でも!」
「姫があなたを救いたかったのは、あなたが大切な姉妹だからよ」
アフマルがアズハルの娘を抱きしめて励ます。
「もう大丈夫だ。塔に戻って傷の手当をしよう」
俺は王子を背負い、アフマルはアズハルの娘と共に瀕死の姉姫を抱き上げて、蛇の地下道を進み始めた。潜みの塔にある培養カプセルに入れたら、トルはなんとか助かるだろう。でも、姉姫は……?
姫の反応は……ない。
でも手を尽くさなくては。逃げ延びなくては。
暗い地下の道をひたすら進む。
先が見えない迷路。無数にある分かれ道を、俺たちはただひたすら、急ぎ進んだ。
「大丈夫だからね」
涙がじわじわにじむ。
姉姫の息の音が聞こえない。アズハルの娘は辛そうに腕を押さえている。俺の背に負われているトルは、出血が多くて気が遠くなりかけている。
「君を絶対、助けるから」
目をこらす。蛇の道から、ポチの路線にでられたようだ。番地の名前が分かれ道に書いてある。おかげで今いる場所がわかった。王宮からだいぶ西のほうに来ているようだ。
まずは地上へ出よう。そう思った矢先――。
無情にも、魔人団が追いついてきた。
一番年を取っているアリストバル護衛長と二番目に年をとっているカルエリカ。さすがにしのぎで魔力を吸ったただけでは、彼らを撃退するのは無理なことだった。
善き魔人に戻れと怒鳴る護衛長に、俺はぼんぼんとけん制の光弾を放った。効かないことはわかっている。それでも、時間稼ぎにはなる。
「アフマル、先に行け!」
俺は姫をかかえる娘たちを先行させ、追っ手に立ちはだかった。背中にいる王子も先に行かせたいが、ひとりで歩ける状態ではない。
「トル、しっかりつかまってて」
銀の右手に魔力を込める。ありったけの力を打ち込み、その隙に義眼の魔力吸収装置をもう一度使えれば、逃げる時間を稼げるはずだ。
「ペピちゃんやめなさい! 勝手なことしちゃだめ!」
カルエリカさんが泣き顔で叫ぶ。悪い人じゃないとわかっているけれど。でも、彼女には自分の意思がない。
魔人は操り人形だ。
俺は、絶対そんなものには戻りたくない!
光弾を放つ。と同時に、赤い瞳をしゅんしゅんとさせる。
だが。
「っ!」
ぺき、と右目から嫌な音がした。右の眼がみるみる視力を失っていく。
手入れをしないでそのまま数百年。ずっと危なかったけれど、よりによってこんな時に……!
「義眼の力が失せたようだな。赤くなくなったぞ」
怒りの形相の護衛長と涙に塗れた顔のエリカさんが、右手を煌々と輝かせて近づいてくる。
「くそ!」
万事休すか? 俺の光弾はエリカさんの鉄壁の結界を割ることはできず。俺の結界は、護衛長のまばゆい光弾をはじけなかった。
「魔力は、むやみに上げればいいというものではないのだ」
護衛長が、いとも簡単にばりばりと俺の結界を破ってくる。まるで紙切れを引き裂くように。
「魔力を広げるだけでなく、縮める訓練もせよと言っただろう!」
縮める。物理防壁となる結界は、まさに魔力を凝縮し圧縮した空気の壁。広範囲に及ぼすだけでは片手落ち――だ……
「うああああっ」
目の前に踏み込まれただけで、俺の体は吹き飛んだ。
なんとか背中の王子を落とさずに、べちゃりとうつぶせに着地する。
だめだ。桁違いだ。護衛長は、一体いくつだったっけ? 三千歳? 四千歳?俺はたかだか……ああ、まだ千年も生きてない……
「白い衣の人」
突然、背中が軽くなった。えっ、と思った瞬間。
「ごめんね、僕の……ために……」
俺を起こそうとしてくれる手があらわれた。
それは。トルの小さな手だった。
「だめだトル! 俺の後ろにかくれろ!」
幼い王子は涙を拭き拭き、俺をかばうようによろよろと魔人たちの前に出て。ぜえぜえと息を吐きながら、魔人たちに両手を突き出した。
「き……消えちゃえ!!」
必死に叫ぶその両手にきらりと光る赤い粒がある。
右の手と。左の手と。両手に、ひとつずつ。
「悪い奴は、みんな消えちゃえ!!」
それは真っ赤にきらきらと輝いていた。
まるで、目玉のように――。
「な……? え?! その宝石って……!!」
小さなトルは、両手にもった二つの真っ赤な宝石をかかげながら呪文のようなものを唱えた。
「ミ マギストリ
ミ プラヘレ ヴィリウム
アディウナ ミ プラケレ!」
それはまごうことなく神聖語で。そしてその赤い宝石は――。
「ルファの義眼?!」
力ある言葉が発せられたとたん。ぶわり、と王子の両手から虹色の光がほとばしった。
ふたつそろった赤鋼玉の眼。それは未来において俺がトルと分かち合うことになる、樹海王朝の少年王が持っていたものではなく……。
「なんだこれは?!」
「いけません護衛長、この波動は!」
さすがの護衛長がたじろぐ。エリカさんの顔から血の気が引いていく。
この七色の光は。これは――!
「時間流波動! ってまさか、その義眼、お、俺が作ったやつか?!」
この光。まちがいない。王子が持っている義眼は、ソートくんがいつか勝手にアイダさんが作ったものとすりかえて、どこかへ隠してしまったものだ。
「消えちゃえ! 消えちゃえ!」
王子が必死に叫ぶ。 涙をこぼしながら何度も叫ぶ。
眼に鮮やかな美しい光が魔人たちを包み込む――。
俺は息を呑んで、両手から七色の光を放つ王子を呆然と眺めた。
俺が作った義眼には、魂を吸い込む破壊の目の機能はつけていない。けれども別の機能がついている。
それが。目の前で見事に発動している。
「や、やった? やったの?」
「うん。魔人たちを完全に抑え込めたよ。すごいね」
「ああ……!」
へたれこむ王子を抱える。目の前では、光に包まれている魔人の動きがぴた、と止まっている。まるで瞬間的に冷凍したかのように。
「う、動かなく、なった……」
「光球の中の時間が止まってるんだ。時間流がうまく停止してるよ」
不死身の魔人の魂は吸い込めない。彼らが唯一、影響を受けるものは。唯一の弱点は、「時間」。
俺が時の泉で数百年も封じられていたと同じ封印の力が、この場に生まれている。
この時間流の機能は、破壊の目の応用だ。右の目が吸収するのは未来へ流れる時間流。左の目が吸収するのは過去へ流れる時間流。二つの眼がためた時間流を波動変換して目標物にぶつければ。そこには、時の泉のように停止空間が生まれる……
「って、理論だけでひっつけた機能なんだけど。ちゃんと作動してよかった」
思わず安堵の息が漏れる。
しかしどのぐらい固まってくれるのかわからない。十年かもしれないし、数十秒だけかもしれない。俺は小さなトルを再び背負い、地下道を走った。
できるだけ魔人たちから離れようとがむしゃらに走った。
トルがどうやって俺が作ったものを手にいれたのか、聞きながら。
「これね……王宮にあった古い宝箱に入ってたの。王子様たちが、代々おもちゃ箱にしてたっていう。魔法の呪文がかいてあるから、僕はすごい宝ものだって思ったんだけど……お父様も兄様も姉さまも、みんなただのオモチャの目玉だよって笑ってた」
ソートくんは俺の義眼をメキドの新王家に渡していたようだ。でもおもちゃになってたということは、何も説明せずに渡したか。それとも代々の王が眼の価値を軽んじていたか、故意に無視したかなんだろう。
世界が技術を封印する風潮にあって、灰色の技を凝縮したこの義眼はとても都合の悪いものだ。王家の者たちはわざと義眼をおもちゃ箱の中に隠したのかもしれない。
「とてもきれいな目だから……お守りにしてたんだ。でもやっぱりほんとに……ほんとに、すごい宝ものだったんだね」
「君が目の前で両手を突き出した時、心臓が縮んだけどね。よく……力を発動させられたものだ。すごいよ」
俺の胸元にかかっているトルの手。その中にしっかり握られている赤い義眼を、まじまじと見つめる。やはり俺が作ったものに間違いない。うっすらと刻印が見える。
『七一零四 ⅣⅤⅣⅨ 八番島 』
アイダさんが三番島で俺の右目にはまっているものを作った年に、俺もこれを作った。
トルが呪文が書いてあるといったのは大正解だ。
俺は年号の下に、あの時間流吸収機能を発動させる暗号を刻んでおいた。トルがまさについさっき、唱えた言葉だ。
『My magistri (わが師よ)
Me placere virium (助けてください)
Adiuva me placere (力を与えて下さい)』
まだ幼いのにこの神聖語を読めるなんて。
たぶんたくさんのおもちゃの中に埋もれていたんだろうに、力が宿っていると信じてくれるなんて。
ありがとう……ありがとう、トル。
やっぱり君は、すごい奴だ。
って。あれ……?
呪文の下に何か付けた覚えの無い刻印が加えられている。
『秘秘式』
え? なんだこれ。ピピ式?!
俺、打銘なんて持ってないし、つけたことないのに……
ソートくんが刻んだのか? まったくあいつは……
口元がほころびかけた俺の背中で、がふっ、とトルが生暖かいものを吐いた。まずい。血だろうか?
「お父様も、お兄様たちも……僕たちを逃してくれた。お母様も。おばあ様も。みんな僕たちに先に行けって言って、こわい人たちに向っていった。でも、追いつかれた……みんな……みんな……」
じわじわと俺の背中が涙と、そしてたぶん血で濡れていく。
「みんな……死んじゃったの? みんな……」
王子の手が力なくだらりと垂れる。赤い目玉がこぼれ落ちる。
「トル! しっかりしろ! 」
俺は赤い義眼を拾い、歯を食いしばって走った。何度も何度も、詫びながら。
「ごめん。ごめんトル。間に合わなくて。君の家族を救えなくて……」
でも君は守る。絶対守る――!
先が見えない迷路。無数にある分かれ道。
ただひたすら、俺は走った。
明るい地上を目指して。
ポチの線路をひた走った俺は、ようやくのこと地上へ出た。
先行させたアフマルたちとは完全にはぐれてしまったが、たぶん妖精たちを通じて居所がわかるだろう。
駅にたどり着いた俺とトルは、ほどなくポチ2号に回収された。エティアに置いてきたポチ2号は、非常事態で覚醒した妖精たちによってメキドに戻され、エティアとメキドを結ぶ運送会社の乗り物として稼動していた。
驚いたことに機関士の妖精はいとも簡単にポチを竜に変形させ、空を飛んでくれた。妖精の腕には、俺が持っていたのとそっくりな腕輪があった。
「制御装置の設計図が塔に残っていたので、複製を作ったんです」
灰色の技の能力も仕込まれているとは。ソートくんのエリシア・プログラムはこれでもかというぐらい万能だ。
機関士の妖精は二人いて、運送会社のトレードマークである鉄兜を被っていた。ひとりは二十歳ぐらい、もうひとりはまだ十歳そこそこで、トルと同じぐらいの幼い妖精だった。
「この子……ウェシったらポチが大好きで、機械いじりが得意なものだから、仕方なくもう社員にしちゃったんですよ」
大人の妖精が苦笑する。
妖精たちに聞けば、今年は7364年。俺がいなくなって皆が「覚醒」してから、約四年ほども経っているという。
一緒に行方不明になったローズとレモンから、いままで連絡は一切無いそうだ。フラヴィオスやリシたちと一緒に逃亡を続けているはずだが、どこに潜んでいるのだろう……。
「おじいちゃん、今、潜みの塔から連絡が入りました。アフマル姉様から伝信があったようです。メキドの姫とアズハルの娘を確保したアフマル姉様は、ポチ3号に搭乗し、西進。メキドを脱出したとのことです」
「え? ぽち……3号?!」
「はい、設計図がありましたので、私たち運送会社の社員でポチ2号の複製品を作りました」
「あたいが作業を指揮したの」
幼いウェシ・プトリがドラゴン・ポチの背の上で胸を張る。
「3号は大陸西部の山脈を走っている山岳鉄道なのよ」
「あ、でも竜にはなりません。そこは原理がむずかしくて、空をとぶ機能はついてないんです」
大人の妖精が言うと、ウェシ・プトリはほっぺたをふくらませた。
「でもスピードは、3号の方が速いよ。おじいちゃんの設計にあたいがちょっと手を加えたの」
「すごいなぁ。俺がいなくてもこんなに立派にやってくれてるなんて、嬉しいよ。ほんとびっくりだ」
「覚醒」した妖精たちの能力に、年齢はほとんど関係ないようだ。
感慨深く褒めたせいか、ウェシ・プトリはボッと頬を染めた。
あれ?
この子どこかでみたことあるような。
あ……鉄兜の赤毛の女の子。ああ、そうか……
「なに? おじいちゃん、じ、じろじろみないで?」
「ああ、ごめんごめん。六年後はもっと美人になるだろうなぁと」
「え? え?!」
これでやっと塔に戻れて落ち着ける、と思いきや。
俺は妖精たちから、意外なことを聞かされた。
「おじいちゃん、潜みの塔は今、メキドからいなくなっています」
ドラゴン・ポチは北へ北へと飛んでいた。メキドの森ではなく、エティア王国の王都へと方角を定めて。
「ど、どこかのだれかに攻撃でもされたのか?」
「いいえ。塔は現在、エティアの王城の一部になってるんです」
「なんだって?」
「現在エティアはスメルニアと戦争状態にあり、非常に劣勢です。王国を守るため、姉様たちが王宮を守る防衛塔として塔を出動させました」
スメルニアとの不和は度重なる誤解の上に起こったという。どうやら、魔物ではエティアを倒せぬ、とばかりにアイテリオンが古の超大国に陰謀を仕組み、エティアに戦を起こすようしかけたらしい。
ほどなく俺は、エティアの王宮脇にどんとそびえる潜みの塔に戻れたが――。
「あそこの空が黒い……」
戦時下のエティアは、王都に戒厳令が敷かれるどころの騒ぎではなく。王都のすぐそばで少年王が陣頭に立ち、会戦を繰り広げている真っ最中だった。
何百というスメルニアの鉄の竜がびゅんびゅんと空を飛び、六英雄率いるエティア軍五千あまりを翻弄している。この作り物の黒い竜はロンティエといって本物よりはるかに小さいが、機動力がはんぱない。
俺は急いで塔内の培養カプセルにトルを入れて眠らせると、蒼い衣に着替えた。従属の証である白い衣は、もう一秒たりとも着ていたくなかった。
割れた右目を取り出し、眼帯をする。しばらくは片目で我慢だ。
俺が作った義眼は、お守り代わりとしてトルを入れたカプセルのそばに置いておいた。
トルは、首から青い宝石の首飾りを下げていた。カプセルに入れられると彼は無意識にその宝石を抱きしめて、胎児のように身を縮めた。
これはたしか……
『姉さまの形見なんだ』
姉からもらったものなんだろう。まだ形見にはなっていない……はずだ。
西進したというアフマルたちは無事だろうかと不安になる。
これから悲しい知らせが届かないといいんだが……。
俺は妖精たちに命じて竜化したポチに乗せてもらい、とるものもとりあえずエティア王がいる戦場に加勢に入った。
ポチの火炎放射で一時敵兵が退いた隙に、エティア軍の本営に行けば。
指示を飛ばしていた少年王ジャルデ陛下が、おう、と嬉しげに手を振って迎えてくれた。
「おじい! 久しぶりだな。生きてたようで何よりだ」
「ああ、なんとかな。これは一体、どうなってるんだ?」
「どうもこうも、勝手にむこうが怒って勝手に突然攻めてきたんだよ」
陛下は大変厳しい顔で唸った。
「だから今は、全然余裕が無い。さすがスメルニアというか……奴ら、バカみたいに強すぎてさ。三度くらい会戦したが、ずるずる負けて王都にまで刺し込まれちまってる」
ソート君の武器を持つ六英雄の力を持ってしても、古の大国には苦戦するのか。
おずおずとメキドの王子を保護して連れてきたと伝えると、陛下は天を仰いだ。スメルニアの鉄の竜が俺たちをせせら笑うように飛び回り、次々と頭上から丸い爆弾の球を落としている。
「んー。王都民にも王宮の人員にも、退避命令を出してるんだ。王宮やおじいの塔も、この分では危ないぞ」
陛下がそう言うそばから、王宮の上空にも鉄の竜が次々と現れるのが見えた。片目の視力しかないので、視界がなんだか変だ。拡大視できないのでちょっともどかしい。
鉄の竜がしゅるしゅる落とす爆弾が、地に着くや周囲に凄まじい爆発を起こす。王宮にも、潜みの塔にもいくつも落ちていくのが見えた。ばぐん、とおそろしい音をたて、塔が震える……。
「ここは全然安全じゃない。できれば落ち着くまで、どこか別の場所に王子を移した方がいいぞ」
自身の家族はみな、しかるべきところに避難させている、と陛下は言った。
「エティアの後見導師のすすめで、親兄弟も親戚もみな逃した。特に次代の王たる弟は誰の手も届かぬところに保護している。メキドの王子も同じところに落ち着けるよう取り計らってやろう」
だれの手も届かず、強力な結界で守られたところ。
この地上にある場所で、そんな場所はいくつかあるが……
陛下の背後で爆弾が破裂する。本営に爆弾が落ちてきたようだ。
俺たちはぶおっと爆風にあおられた。
耳をつんざくような爆音と共に、陛下の言葉が俺の耳にびん、と響いた。
「世界一安全な場所に、保護してやる」




