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創世の歌 12話 水鏡

 暗く。長く。細い廊下。左右の岩壁にずらりと並ぶ金属扉。

 壁に点々とつけられた蒼白い灯り球が、扉に彫られた流麗な竜紋を淡く照らし出している。竜を手なずけ使役していたメニスの一族の、古い紋章だ。

 ずるずる這い進む俺の目に、廊下の両端に落ちている白い羽毛が目に入る。ひとつ目の鳥は普段はこの廊下にいて、扉の上についている止まり木に止まっていたようだ。フンの汚れがないということは、半精霊でエサはたぶん灯り球の光だろう。

 止まり木は、全部からっぽ。みな泉の間に集まって、俺とメイテリエに駆逐されたようだ。

 しかし……

 灰色の導師たちと泉を作った数百年前には、警備鳥なんて一羽もいなかった。作業者たちはこの廊下に面する部屋をいくつかあてがわれ、広くて暖かい寝床で快適に過ごした。

 立ち入りは禁止されたが、この地下には図書館や繭部屋、宝物庫などがあると寺院の巫女に教えてもらった。そして、豪語された。

 このメニスの里には、牢屋など存在しないと。


『我らメニスに、そんな野蛮なものは必要ありません』


 メニスは、精神性の高い高潔な種族。まったき善人。白い衣の巫女はそう信じていた。

 そんな信仰と信念を裏切るようにアイテリオンは泉を作らせ、永遠の牢獄として使っている。

 凍結封印するということは、永遠に輪廻させないということ。すぐに首を落として処刑するよりも、はるかに残酷な所業だ。

 奴はやはり、恐ろしい暴君だ……。

 十字路を二回通過したが、魔人たちの進路はまっすぐ。前方の廊下もつきあたりにある石の階段も、メイテリエのオリハルコン入りの血で銀色にてらてら光って濡れていた。


「やっぱり混ぜ物が多いんだ。再生金属溶液とか使ってるのか?」


 泉を作りに来た頃と構造が変わっていなければ、つきあたりの階段を昇った先には聖堂の間があるはずだ。そこには大きな祭壇があり。巫女たちが常に大勢侍っており。そして――王の玉座がある。つまりメニスの中枢にある人々のまん前に出てしまう。


「小さくなって……別の通路を行くしかないか」


 俺は腕輪をかりりと回して波動増幅装置を起動させ、変身術を唱えた。

 とたんに俺の体は何の抵抗もなくじわじわ縮み……


「よし!」


 あっという間にウサギに変じた。こんなに簡単に変化できるのは、幼い妖精たちのためにと最近ひんぱんに変化していた賜物だろう。

 好き嫌いの矯正だの、おむつはずれのしつけだの。ピピウサギは年長の妖精に乞われて、しばしば育児の手助けをした。

 「ニンジン、ブシャー☆」とか「むぎゅぅ~☆」とか、ウサギでやってやるとすこぶるウケて効果バツグン。雑誌社やってる妖精たちが、俺をモデルに絵本を作ろうとするぐらい大人気だった。

 俺の娘たち……俺の不在に上手く対応できたか、とても心配だ。アイテリオンにいいようにされてないといいが……。


「おお、走れる。劇的に回復したな」


 細胞分裂が促進されたせいだろう。

 腕輪を首輪にしてはめ。ぼろぼろのオリハルコンの布を裂いて巻きつけ。俺は十字路近くの止まり木に飛び乗った。数百年前にこっそり確認したままに、その上には小さな通気孔があった。

 俺は迷わず我が身をすべりこませた。寺院の外に通じる、希望の孔に。





 細い孔の出口は、大きな池の岸辺に通じていた。まっ白な寺院のすぐそばだ。

 がむしゃらに進んで外に頭を出すなり、カッというまばゆさに目がくらんだ。

 見上げれば――

 頭上には、まっ白に輝く鏡のような膜。地の果てまで広がっているように見える。


「水鏡だ……」


 これは、メニスの里をあまねく照らす巨大な水の天蓋。

 晴れ渡った空よりもはるかに明るい、人工の空だ。

 煌めく空は透明な結界の膜からできている。恐ろしく広大な結界の上に、何百本という細い滝の水が絶えず流れ落ちているのだ。

 無数の滝が分厚い岩盤から落ちているこの大空洞は、伏流水がたまってできた広大な地底湖の真下にある。その岩壁はどこもかしこもまっ白な光ゴケにびっしり覆われている。水鏡の輝きのもとは、このコケだ。コケの発光を反射して常にまぶしく輝いているから、ここには夜というものがない。

 そんな常昼(とこひる)の里の果ては、高台にのぼらないと見渡せぬほど遠い。

 寺院の周囲に建ち並ぶ何百何千という白亜の家々。

 中央区には魚が取れる池が数箇所。北部には様々な果物が実る果樹園。南部には茶やキノコ類を栽培する広大な畑や家畜の放牧地と、そして……地上へ通じる大穴。南端のその抜け穴しか、地上へ至る道はない。

 数百年前の巫女たちは、三万人のメニスが人の目を逃れてここで暮らしていると言った。今はどのぐらいいるのだろうか。

 池の岸辺でメニスたちが笑いさざめきながら、桶に水を汲んでいる。池の上には、魚をとる細い丸木舟が何隻も浮かんでいる。まっ白な舟に彫られた竜紋も、竜頭をかたどった舟の形も、流麗で美しい。

 夜のない、平和な美しい里。

 まさに、楽園だ――。


 oculos lux

 album lux


 両端が円形の白亜の寺院から、美しい歌声が流れてくる。

 幾千もの、メニスたちの唱和だ。

 古く力ある言葉の歌声が大きな魔力のうねりとなって、寺院の中央にある煙突のごとき円塔から立ち昇っている。

 岩窟の寺院の風編みと同じように、メニスたちは歌の柱で水鏡の天を創るのだ。


 placet portavit

 placet expandit

 

 円塔から立ち昇る魔力の柱が、天に昇りつくや広く薄く伸びていく。まるで水を受け止める、神の両手のように。

 結界の上に落ちた水はしばしぐるぐると滞留し、巨大な滝となって南北の端から流れ落ちていく。その二つの滝が作り出す風が、絶えずひゅうひゅうと里に吹きつける。ほどよく湿った、ここちよい風を……。


 placet fulgebunt

 placet connivet……

 

 俺はしばし陶然とそよ風に我が身をさらし、美しい天を眺めた。

 この里で魔力のない者が蔑まれるのは、この天の構造ゆえだ。

 メニスたちは歌う。一日に何度か、交代しながら歌う。

 もし結界がなければ。編み上げることができなければ。白亜の楽園はたちまち滅んでしまう。

「鏡作り」は、里の住人にとって最も重要な仕事。

 結界を編める魔力があること。それが、ここで生きるための最低条件だ。

 灰色のアミーケもアイダさんも、この里の天を支えられるほどの魔力を持って生まれなかった。だから、外に出された。


『私は、たちの悪い落ちこぼれです』


 フッと、脳裏にアイダさんの顔がよみがえった。寂しげな、紫の目の美しい顔が。


『虹色の魂の子だって期待されて、このていたらくですからねえ』


 泉を作っていた時、アイダさんはそう漏らした。


『まあ……今度生まれ変わったら、びっくりするほど魔力がある者になりたいものです』 

『来世こそは、白の技を継ぐメニスに?』


 俺の問いに、アイダさんはきっぱり答えた。時の泉にあの一分停止の細工をしながら。


『いいえ。もうメニスには生まれたくありませんね』





 アイダさんは寂しがりやで。でも面白くて。ちょっとおかしな人だった。


『人生の半分以上を、人工の空を作って生きる。これからもずっと、メニスはそんなせっぱつまった生き方をしそうですからねえ。どうせなら人間とか他の生き物に生まれ変わって、楽しく韻律を使いたいです』

『楽しく?』

『見ろ、この魔力を! 俺余裕で世界征服できちゃうぞ? とか人に自慢したりして』

『せ、世界征服しちゃうんですか?』

『いえいえ、そうウソぶきながら、韻律で鼻毛飛ばして誰かにこっそりひっつけたりとか、女の子のスカートめくりとかして遊ぶんですよ』

『え?』

『そんなふうに普段は余裕しゃくしゃくのらりくらりとしていてね、ここぞという時にかっこよく、右手ひとつで世界の危機を救うんです』


 アイダさんは、昔の幻像マンガが大好きだった。島生活してたとき、記録箱の中にあった最強チートヒーローもののシリーズ番組を何度も何度も、繰り返し見ていた。そんなあの人は、にこにこと紫の目を細めて言ったものだ。


『ああでも、世界を救うなんておこがましいですよねえ。まあ、肝心な時に一番大事な人を救えたら……それでいいかな』

『大団円のあとは幻像マンガの王道風に、ヒロインにプロポーズでめでたしめでたし、ですか?』

『あはは。それいいですねえピピさん』


 楽しかったな。アイダさんとの天の島での生活……。

 

 俺は寺院の厨房の勝手口から、歌声流れる寺院にこっそり入り込んだ。

 大きなカボチャや果物の陰に隠れながらさっと厨房を抜け、広間に侵入する。

 メニスは鎧を嫌うので、いかつい身なりの衛兵はいない。だが巫女たちが広間の端に点々と立って警護している。

 千人ほどのメニスの民が、広間の中央にそびえる銀色の円柱にむかって歌っている。魔力の増幅装置だ。上半分は、外から見える円塔に収まっている。歌声に共振し、魔力を何百倍にもして天へ流すものだ。

 俺は広間の隅の螺旋階段をかけ昇った。ひょいと階段の手すりに飛び乗れば、はるか前方の聖堂の間にずらりと高位の巫女たちが並び、メニスの民と一緒に歌っているのが見えた。しかしその中央にある石の玉座は空っぽだ。

 

 アイテリオンは? 魔人たちは? どこだ?

 

 警戒しながらきょろきょろ周囲を見渡し、長い獣の耳を澄ます。すると、歌声に混じって身の竦むような音がかすかに聞こえてきた。


『いやああ! やめてええ!』


 剣の悲鳴だった。

 廊下を行きかう巫女や巫女見習いたちの目を盗み、物陰に隠れながら、俺はその金切り声目指して走った。


『げふっ……ごふっ……やめてください。はなしてください!』 


 場所はすぐにわかった。悲鳴の出所は聖堂の間と逆方角に位置する半円形の棟の二階で、いわゆる宮殿と呼ばれている処。大きな竜紋が彫られた扉の向こうから、剣の泣き声がびんびん響いてきた。


『お願い! いやああ!』 

「くそ! 開け! 開け!」


 扉は、びっちり韻律で閉じられていた。腕輪で増幅した俺の韻律をもってしてもびくともしない。やはりアイテリオンの魔人の魔力は桁違いだ。勝負するどころか、舞台にもあがれないなんて……。


「テリエの体はよいだろう? 甘露がきつくなくて最高だよねえ」


 魔人のねっとりした声が扉の向こうから聞こえてくる。


『は……早くこの人から私を抜いて!』

「ああ、刺しただけじゃイヤか。たしかに動かさないとねえ」 

『ちっ! ちがいます! いや! やめて!』 


 アイテリオンの魔人は、剣でメイテリエをかなり痛めつけているようだ。


「あ。泉の死体と鳥の残骸を片付けないといけないなぁ。でもすっごくめんどくさいんだよね」

『やめて! やめて! もう、この人を傷つけないで! お願い!』

「ま、あとでいいか。ご主人様は地上に行って留守にしてるしねえ。こんな楽しいこと、すぐにやめられないよ」


 剣の悲痛な悲鳴が、俺の耳を刺した。


『もうやめて! ああ助けて……助けてソートさま……ひっ?! いっ……』


 これは……赤猫?!

 そう察した刹那。


『いやああああっ! ソートさま! ソートさまぁ!!』

 

 内から、扉が吹っ飛んだ。真紅に輝く、大いなる閃光によって。





「剣の波動? なんて力だ!」


 部屋から洪水のように流れ出す真っ赤な光。

 小さな俺の体は、向かいの壁に勢いよく打ち付けられた。

 部屋の中から、すっ裸の銀髪のメニスがものすごい勢いで転がってきた。アイテリオンの魔人だ。真っ赤な光に包まれ、その身はカチカチに固まっている。

 光がふっと消えるなり、魔人は目を見開いたままどそりと廊下に倒れて気を失った。長い銀の髪が蛇のようにしゅるりと、床に美しく流れて広がった。


「メイテリエ!」  


 俺は後ろ足で思い切り床を蹴り、部屋の中に飛び込んだ。

 そこは真っ赤な天蓋つきの寝台が置かれた、豪奢な寝室だった。

 寝台の左右には竜の彫刻が立つ噴水が二つそびえ立ち、竜紋の絨毯が大理石の床一面を覆っている。 

 メイテリエは正面の寝台の上に、ぐったりと両足を投げ出してあおむけに倒れていた。

 両手は鎖でぐるぐる巻きにされて寝台の縁に繋がれ、体中剣の刺し傷だらけ。真紅の敷布は彼の血で銀色の湖のよう。ぼろぼろの白い衣が口に詰め込まれており、銀の血の海から突き出ているのは……


「ちくしょう!」


 俺は慄きながら、急いで魔人の体内に深く埋め込まれた剣を引きずり出した。そのとたん――


『きゃああああ!』「ぐああああああああ!!!」


 剣が絶叫し。気絶していた魔人は目を見開き、海老反りになって恐ろしい悲鳴をあげた。口の詰め物でくぐもっていたが、それでも凄まじい声だった。


『私、その人を殺した? 殺したの? いや! いやあ!』

「落ち着け赤猫! この人は魔人だ。死ぬことは……ほ、ほら目を開いてる」

『でも私、私のせいで、この人こんなに……ごめんなさい! ごめんなさい!』

「おまえのせいじゃない」


 俺は歯を食いしばり、メイテリエの口から詰め物をとった。裂かれた白い衣を傷口にできるだけ押し当てて出血を止める。

 ある程度再生が進むまで、メイテリエの首から下はとても正視できなかった。しかし……アイテリオンの魔人の、おぞましい性癖なのだろう。メイテリエの美しい顔だけは、ほんの少しも傷つけられていなかった。


「なぜ、ウサギが?」


 みるみる再生していくメイテリエが、驚いて俺を見る。 


「あ、えっと、俺は」


 手短かにおのれの姿のわけを説明しながら、俺はメイテリエの手を拘束する鎖をほどきにかかった。しかし鎖は韻律でガチガチだ。うんともすんともびくともしない。


「剣で私の腕を斬り落とせ。遠慮は要らぬ。わが体は完全に再生する」


 それって、切っても手が生えてくるってことか? 

 メイテリエの再生能力は一体どれだけなんだ。俺の右手なんか、ずっと変わらないのに。いやこれは……フィリアが作ってくれた義手をずっとつけていたいって願望のなせる技なのかもしれないけれど。


『いやです! 私、もう誰も傷つけたくない!』


 赤猫がさめざめと泣き出した。俺も同じ気持ちだ。いくら元通りになるからって、残酷なことはしたくない。


「早く斬れ」

「い、嫌だ! なんとか別の方法で……」


 一か八かで首輪にしている腕輪の出力を最大にして、俺は鎖に渾身のアレをぶちかました。 


「ううううう! うらあああああ!!!」


 使い魔ぺぺの、必殺後ろ足キックを。





――「おまえの足は……超合金で出来ているのか?」 


 数分後。寺院の二階の回廊には、呆れ顔でよろよろ歩くメイテリエの姿があった。

 背には革ベルトがついた剣。腕の中にはウサギの俺。実に驚異的な回復ぶりだ。


「ううう、いってえ……」

「アイテ二オスの戒めをまっぷたつにするとはな。信じられぬ」


 鎖は――ちぎれた。でも魔力を込めすぎて、両足が折れた。

 助けてやろうとした相手に、今、癒しの技をかけられている。なんだか本末転倒な気がするが、魔人が自由になっているからよしと納得する。

 だけどメイテリエには、その……。布の切れ端をちょっと、巻きつけてほしかったかも。メニスの胸って結構その、普通にその……。抱っこされてる俺、年がいもなく鼻血が出そうだ。

 ひどい拷問を受けながらも、メイテリエは相手からしっかり情報を聞き出していた。幸運にも、アイテリオンは地上へ行っていて不在。ヴィオは寺院の西塔のてっぺんに軟禁されているという。


「二オスは私を溺愛してるからな。ねだったら破顔で教えてくれた」  

「ねだった?」

「つまり、肉を切らせて骨を断つだ。しかしちょっと好き放題させすぎたな」


 しごく淡々と言われたけど、つまり本当に肉を切ってくれって頼んだんだろうか。この人は自分を、毛ほども大事に思ってないようだ。体だけでなく……自分の存在そのものにも、なんだか無頓着な雰囲気だ。なりふり構わないというか。投げやりというか。無茶苦茶というか。


「テリエ? 逃げていいって、誰が言った?」


 逃亡開始からいくらもたたぬうちに、ねっとりとした猫なで声が背後から襲ってきた。

 アイテニオスだ。右手を銀色に輝かせ、にやにや顔でゆっくり近づいてくる。

 こんなにすぐに金縛りを解いてくるとは、やはりさすがというべきか。

 だ、だけどやっぱりその……下着ぐらい、つけてきてほしかったかも。メニスのあそこってやっぱりその、普通にその……。だ、だめだ、上を向いて奴の顔に集中しよう。

 アイテニオスは端正だが、本当に性格が悪そうだ。口角がこれでもかと引き上がっている。小首をかしげ、奴は甘ったるい声を出した。


「ねえテリエ。僕たち久しぶりに会えたんだよ? もっと遊ぼう?」 

「黙れヘタクソ。あっちへいけ」 

 

 え。

 え?

 へた……?!

 俺は唖然と、すっ裸の二人の魔人を交互に見上げた。

 振り向いたメイテリエの冷たい言葉に、アイテニオスが一瞬で凍りついている。


「痛いだけで全然だ。この―――」


 冷徹な貌のメイテリエの口から、ひとこと鋭い言葉が飛びだした。意味はわからないが、たぶんメニス風の侮蔑の言葉だろう。とたんにアイテニオスの顔からみるみる血の気が引き。顔が情けなく歪み。


「ウソ……だ……ウソだあああっ!」


 ぼん、と右手からぎらぎら輝く光弾が放たれた。


「僕は最高の技を駆使したッ!! 不満を言われるなんてありえない!!」


 光の玉がぎゅおんとメイテリエの肩を裂き、廊下の窓をぶち破る。

 不満というか非難されるのは当然だと思うんだが、激昂するアイテニオスは怒りに任せて、ぼんぼん光弾を放ってきた。

 俺を抱きしめ身を丸くしたメイテリエの体が、凄まじい爆風で寺院の窓から吹き飛ばされる。地に落ちた彼に、ばらばらと崩れた白い大理石のかけらが雨のように降りかかる。粉々になった窓のギヤマンも、白い背にどすどすと……。


『きゃああ!』


 背中の剣が悲鳴をあげると、メイテリエはすぐさま剣もかばうように抱きしめた。


「め、メイテリエ、足首が曲がってる。おまえ俺を守るために、変な着地を……」 

「気にするな」

「気にする! いくら魔人でも――」


 俺の訴えは、すさまじい爆風にかき消えた。


「うああ?!」「く! あのバカ!」『ひいいい!』


 あまりの衝撃に俺たちはばらけ、まっさかさまに寺院のそばの池に落ちた。

 ざむん、といったん深く沈み、なんとか水面に泳ぎのぼるも……


「僕は……愛してるのに! 君を愛してるのに!!」


 アイテニオスの狂った声が追ってきた。奴はいとも簡単に二階から飛び降りてきたようだ。狂った魔人は泣き顔で池にざぶざぶ入ってきた。花火の塊のような無数の光の群れを背負って。


「一生懸命がんばったのに! なぜ満足してくれないんだ!」


 奴の姿におののいて、水汲みにきていたメニスたちが悲鳴をあげて逃げていく。水上に浮かんでいる丸木舟も、方向転換して向こう岸へと退避していく。

 

「テリエ! テリエ! どこ!? もう一度ベッドにきて! やり直すから!」


 放たれた無数の光の粒が、雲霞のごとく襲いかかってきた。


「テリエェエエエッ!」

 

 とっさに水中に潜るも、光の蜂は勢い衰えることなく追ってくる。

 足に一匹。頭に二匹。胴体に三匹……。

 だめだ。速すぎてかわせない。あちこち貫かれて、沈んでいく。

 メイテリエはどこだ? 剣は? 一緒に、沈んでいるんだろうか? 

 沈んで……


 沈ん……


 沈……

 

 あ……れ?


 気づくと、何か大きなものにすくい上げられていた。

 光の蜂がきんきんと、その黒いものに跳ね返って消えている。


『ぴぴ。ぴぴ。ぴぴ、さま』


 あ……

 この声は……!

 俺をすくい上げた大きな影が、池の中からゆっくりと身を起こした。

 ざあざあと大量の水を落としながら、俺を落とさないよう大事に大事に、大きな両手にのせたままで。

 そいつは、天を突くような格好で直立した。


「や……やった! エティアから数時間でここに? すごいぞポチ!!」


 俺は目を輝かせて、巨大なそいつを見上げたが。


「ポ……チ?!」


 俺に呼ばれてきたはずのポチの姿は、なんだかいつもと違っていた。

 ドラゴン……じゃない。 

 こいつ……は……!


『ぴぴ、さま。ぱいる・だーおん、して、クダサイ』


 全身を水草におおわれたそいつは、長い耳と、でかい前歯と、かわいい尻尾がついていて。お腹よりも胸がでっぷりでっぱっていた。

 このフォルムは……ソートくん改造の――!!


『ぴぴ、さま。ぱいる・だーおん、して、搭乗して、クダサイ』


 まさかこいつが、来てくれるなんて。


「会いた……かった……」


 俺はあんぐり口を開け。呆然と見上げ。そいつの名前を呼んだ。

 驚きと、喜びを込めて。



「ポチ一号!!!」  



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