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創世の歌 7話 覚醒

 我が師アスパシオンはマミヤさんが双子を産む八年前、すなわち7337年に生まれた。

 白鷹家のビエール王国がエティアの傘下に入って十七年目のことだ。

 王から大公に変わって二代目の当主は、スメルニア人の正妻の他に側室を数人娶っていた。しかし我が師の母親は、そんな記録に残されるような奥方たちではなく、当主が気まぐれに手をつけた異国出身の女中だった。

 我が師は始めは白鷹の傍流の家に養子に出されたが、三歳の時に当主の命令で白鷹の本家に戻された。魔力のある子供だと判明したからだ。

 十才になったら岩窟の寺院に入り、白鷹家を支える導師に――というお家のための未来を背負わされた我が師は、その年になるまで父のもとで家訓を叩き込まれた。

 金髪の一族の中で唯一人、黒髪の子。親族からはかなり苛められたことだろう。

 時は7347年。当主は十歳になった我が師を寺院に送り出す前夜、盛大に送別会を開いた。

 これは我が師を可愛がっていたためではない。当主自身がことのほか芸能が好きで、とにかく事あるごとに理由をつけては、様々な芸能団体を城に招致するのが趣味だったからだ。

 送別会の演し物は、かなり豪華だった。レンディールの舞踊にスメルニアの雅楽。リューノ・ゲキリンの漫才。そして、メキドの薔薇乙女歌劇団のミュージカル。

 俺はマネージャーとして、このできたてほやほやの歌劇団にお供した。劇団員はむろんみんな、赤毛のかわいい女の子。メキド王家が変に手を回して宣伝してくれたおかげで、結成一年目にして歌劇団はかなり話題になり、新し物好きの白鷹家当主の目に止まって公演とあいなった。

 おかげで俺は白鷹家の城で、庶子の公子ナッセルハヤート・アリョルビエールの生い立ちやら事情やらを、口さがない連中がヒソヒソ言い合っているのを耳にできたというわけだ。

 さてこの時の公演で俺は当主から、うちの妖精を一人二人側室にしたいと申し出られたが、ていうかぶっちゃけ危なく手をつけられるところだったが、なんとか穏便に丁重にお断りした。

 だれが大事な娘をスケベ親父に嫁がせるかよって話だ。

 娘達を守れたし、「幼い我が師をチラ見する」という目的は果たせたから、公演は成功だったと言えるだろう。


「かわいい公子様だったわね、おじいちゃん。黒髪で目がくりくりっと大きくて」

「あんなにちっちゃいのに寺院にやられちゃうなんて、かわいそうね」

「アカネ! モエギ! その話はあと。とっとと逃げるぞ。みんな、半重力ベルトつけたか?」

「はーい」 「つけました」

「セイラン! スオウ! 窓開けろ!」

「了解っ!」「おじいちゃん、下に迎えの船が来てまーす」 

「よし! みんな船に飛び込めっ」


 白鷹の城は湖上にある。薔薇乙女歌劇団は逃げられないようわざと塔のてっぺんに泊まるよう手配された。当主は翌日も口説く気満々だった。だが俺たちは「ご招致ありがとうございました」という置手紙を置いて、夜更けに城の窓から船に飛び降り、こっそり脱出したってわけだ。

 高い塔からふわふわ降りてく最中に、リューノ・ゲキリンのサイン色紙を抱きしめて眠ってる男の子が、窓越しにちろっと見えた。幼い我が師だ。

 灯り球をほんのりつけてるってことは、部屋を真っ暗にして寝るのが怖いタイプ。これ、大人になっても全然直ってない。

 頬にはぶっちゅり真っ赤なキスマークがみっつ。うちの妖精たちがサービスしちゃった跡だ。我が師はびびってゲキリン・ポーズで妖精たちを撃退したから、俺は笑いをこらえるのに必死だった。まっ白な色紙を持ってリューノ・ゲキリンに会いにおずおずと楽屋に来た我が師には、キョーレツな洗礼だったに違いない。

 しかし我が師はとてもネクラで、ゲキリンとまともに話せなかった。代わりに大芸人にサインを頼んでやったのはこの俺だ。


『よかったですねえ、公子様』

『あ、あり……あり……』


 ろくに礼も言えなかったあの子が将来あの師匠になるなんて、ちょっと信じられない。我が師の師となるカラウカス様は、一体どれだけ偉大だったのだろうか。


「きゃあ! おじいちゃん、一人湖に落ちたわ」

「まじか? 誰だ?」

「アズハルよ! 何やってんのもう」

「まだ小さいから仕方ないわ。ベルトの操作って案外難しいのよ」


 俺はわたわたする妖精たちの間から韻律を放って、まだ幼い女の子を湖から引き上げた。


「アズハルう!」


 同い年のアフマルがわんわん泣き出す。湖に落ちたアズハルもひいひい泣く。船が白鷹の城を離れて湖の対岸に行き着くまで、ちょっと大変だった。

 アフマルとアズハルはこのときまだ十歳。子役で出演して大喝采を受けた。

 目を見張るほど舞が上手な二人は、成長すると歌劇団の花の看板娘となった。

 四年後。

 王統のひとつビアンチェルリ家の末子ベイヤート殿下が、山奥の国の王女に婿入りした折。その祝賀式典で太陽神へ捧げる舞を奉納して殿下を送り出したのは、この二人だった。

 その名の通り真紅(アフマル)深青(アズハル)の衣装をまとって舞った美しい二人を殿下はたいそう気に入って、一年に何度か山奥の国に歌劇団を招待してくれるようになった。

 ベイヤート殿下は結婚した年に第一子をもうけた。

 その次の年には、第二子をもうけた。いずれも男の子だ。

 次の年には、女の子が生まれた。樹海王朝の王シュラメリシュの妃エリシア姫にちなみ、同じ名前を授けられた姫だ。姫の誕生のお祝いに、ベイヤート殿下はまたも歌劇団を屋敷に招いた。

 その時殿下は、アズハルを一家の侍女として入れたいと正式に申し込んできた。生まれたばかりの姫の世話をさせたいという。


「できれば看板の舞姫を二人ともそばに置きたいのが、本心なのです。どうか一人だけでも、我が家専属の踊り子兼侍女になっていただくようお願いしたい」

 

 俺は大喜びでアズハルを生まれたばかりの姫につけた。俺の妖精たちが殿下の一家を護るなら、心強いことこの上ないと思ったからだ。もっと警戒するべきだったのに、トルナート陛下の父君だから、という信頼と油断が俺の判断を鈍らせたのだ。

 半年ほどたったころ、俺は殿下から思いもかけない報告を受けた。

 アズハルが屋敷から姿を消したという。

 言葉を濁す殿下を手紙で問い詰めた俺は、恐ろしい返事をもらった。

 アズハルは……独りでこっそり屋敷を出て消息を断っていた。

 ベイヤート殿下の子を、宿したために――。





『奥様に顔向けできません……』


 ベイヤート殿下に泣いてそう訴えて姿を消したというアズハルを、俺は妖精たちとともに探し回った。しかし巧みに変装したり足跡を消したりしたようで、その行方はようとして知れなかった。

 二年経ち、トルナート陛下が生まれた年に、歌劇団へのファンレターを模して一通の手紙が届いた。


『おじいちゃん。私はお子さんがいない老夫婦に拾われ、その方のおうちで子供を産みました。娘と孫が一気にできたと大変喜ばれ、そのお言葉に甘えています。できればこの方たちとずっと暮らしたいと思っています』


 アズハルからだった。手紙の消印からメキドの隣の小国にいることがわかったが、住所の記載はなし。

 それから数カ月おきに三度、元気にしているという近況報告の手紙が来て、あとはふっつり途絶えた。結局住所は、不明のままだった。

 新しい家族と幸せになりたい。俺たちに迷惑はかけたくない。

 そんな彼女の意志が、最後に来た手紙から読み取れた。

 普通の人と結婚した妖精たちも幸せに暮らし、子孫を増やし、自由に生きている。アズハルも子供と一緒にそんな風に暮らしてほしい。幸せになってほしい。

 俺たちは、心からそう願うばかりだった。





 当事者のベイヤート殿下は自省の念を込めて、歌劇団の責任者とアズハルの肉親へ謝罪の手紙を送ってきた。


『御祖父上、私はアズハルを必ず探し出し、我が側室として宮に入れ、その子を認知する所存です。こたびの一件をどうかお許しください』


 肉親への手紙にはそう書かれていたが、俺は子供が無事誕生していることを殿下に黙っていた。アズハルが運良くつかんだ幸せを壊したくなかったからだ。

 そして殿下と歌劇団の関係は――


「私のアズハルをこんなひどい目に遭わせて! 絶対無理強いしたにちがいないわ。二度と、あの方の前で踊るものですか!」


 いまや歌劇団の座長になる勢いの舞姫アフマルが激怒したことで、山奥の国での公演は半永久的に中止となった。

 俺は妖精たちを幾人か山奥の国に出張させて雑誌社の支店を開かせ、殿下の一家がメキドに来るまで遠巻きに見守らせることにした。

 この雑誌社は業績がすごく伸びて、あっという間に大陸中に支店を持つに至った。きゃぴきゃぴのかわいらしい女性雑誌って、めちゃくちゃ売れるもんだなぁと感心しきりだ。

 運送会社も公然とポチでメキドを横断できるぐらいの規模の大会社になり、黒鉄鉱山から王都までの往復便が毎日行きかうようになり。途中の駅も、国の援助でいくつか整備されたほどだ。

 かように妖精たちの会社がどんどん発展していく中で。

 7360年、ついに……レンギの村に住むマミヤさんの子ノミオスに、「変化」が起こった。

 突然ノミオスが高熱を出して倒れ、一週間以上も臥せっている――と妖精たちが報告してきたので、俺はポチで急行した。

 反重力ベルトだの。盗聴用の道具だの。ちょっとした武器だの。

 今までに俺が塔でこつこつ創りだした、いろんな道具を一式抱えて。





 いつものごとく俺は離れた場所で待機。

 ローズとレモンはマミヤさんに王都で買い求めた熱さましの薬を届けようとしたんだが……。


「ごめんなさい。今日は、入らないで」


 マミヤさんは、二人が家の中に入ろうとするのを謝りながら拒んだ。

 病気が移るからとのことだったが、おそらくノミオスの容姿がメニスのものに変わったせいで見せたくなかったんだろう。

 と思った矢先。ローズとレモンは村人たちに囲まれ、あれよあれよとひったてられ、なんと村から追い出された。


「メニスをねらう者どもめ! 失せろ!」


 どうやら村に潜伏する「草」たちが前々から暗躍していたらしい。

 ノミオスの父親がメニスだったことや、ローズとレモンは王都の商人の娘だから、ノミオスを王都に連れていって売ろうとしているに違いないなどと、村人やマミヤさんに吹き込んでいたようだ。

 その夜、アイテリオンの「草」とおぼしき村人たちがマミヤさんの家に入っていった。

 俺は集音機を内蔵した機械鳥を放って奴らの会話を聞きとったが、案の定それは予想通りの内容だった。


「マミヤさん、この子はあの商人どもから身を隠すべきだ。わしらに任せてくれ」

「そうだよマミヤさん、俺たちがノミオスをしばらく安全な処に連れて行ってやる」

「安心してくれ。俺たちはあんたの味方だ。ずうっと一緒にこの村で暮らしてきた仲じゃないか」


 村人たちはマミヤさんをうまく言いくるめてノミオスを外に連れ出した。

 俺たちはこっそり後を追った。

 奴らはすっぽりとフードつきのマントをかぶせられたノミオスを抱いて馬車に乗り、街道をずんずん北上し、夕刻に大きな旅籠に入った。


「白の御方は?」

「急ぎこちらに向かわれている」

「明朝にはここにおいでになるだろう」


 機械鳥から聞こえた会話によると、やはりアイテリオンに引き渡すことになっているらしい。

 白の導師は、これまで一度もマミヤさんに会いにこなかった。

 この期に及んでもじかに会わず、しもべたちに連れ出させるなんて……。

 彼女を愛しているとはとても思えない。

 ノミオスが父親のもとで幸せになるなら、俺は何も文句はない。

 メニスの里でつつがなく成長できるなら。故意に魔王にされないのなら。

 なにより、マミヤさんも一緒に一家で仲良く暮らせるなら。

 なのに……。

 暗い予測と怒りを抱えつつ、俺と妖精たちは隣の小さな旅籠に入って様子を窺った。

 その夜のノミオスの容態は重篤だった。偵察に放った機械鳥から苦しそうな呼吸音や呻き声が一晩中聞こえてきたので、俺も妖精たちも気が気じゃなかった。

 高熱が出たのは、急激にメニスに変じている身体の想像を絶する代謝速度のせいだった。驚異的な速さで体の組織を作り変えているので、肉体に想像を絶する負担がかかっているのだ。

 そうして明け方近く――。


「きゃああああああ!!」


 突然の悲鳴に、うとうとしていた俺と妖精たちは目を覚ました。


「うがあああっ!! ぎひいいいい!!」


 すぐ近くの大きな旅籠から響き渡る、すさまじい断末魔。これは……。


「お、おじいちゃん……ノミオスちゃんが!」 

「そんな……どうしよう」


 もしや最悪の事態に陥ったのではないかと、ローズとレモンが互いの肩を抱き合って泣き出した。

 だが。

 機械鳥からは、さらに幾人かのおぞましい叫び声と、ビシャ、とかグシャ、とかいう鈍い衝撃音が聞こえてきた。「草」たちが、どうにかなったらしい。


「なんてこった。ローズ! レモン! 確認に行くぞ!」


 背筋を走る嫌な予感。

 まさかノミオスは……繭にならないでいきなり……?


「二人とも、反重力ベルトを装備しておけ。結界を張るから、俺の半径1パッスス以内から離れるな!」

「はい!」「了解です!」


 大きな旅籠の従業員があたふた動き回り、物音に目覚めた客たちがおそるおそる部屋から出てくる中。俺たちはノミオスを探した。

 果たしてメニスに変じようとしていた子は、恐ろしいことにその両手に血まみれの「草」たちを引きずって二階の廊下をずるずる歩いていた。

 らんらんと光る紫の目。まっ白な髪。体から漂う、白い熱気。 

 やばい。

 これは――!


「ローズ! レモン! いったん退――」


 二人をおのが背に回したとたん。俺はいきなり後ろに吹っ飛ばされた。結界が割られないよう幾重にも張り、強度を強める。

 ノミオスが放っている気こそは、俺とソートくんがかつて倒すのに手こずった魔王のものと全く同じ。

 うなだれた貌からぽたぽた流れているのは、真っ赤な血。本来ならメニスの血はまっ白くなるはずなのに、ノミオスのそれは真っ赤なままで、紫の瞳から流れ落ちている。

 言葉にならぬ叫び声が、彼女の口から廊下を走ってきた。びきびきと俺の結界がひずんだ音をたてる。


「くっ! 半端な力じゃない」


 まだ覚醒したばかりだから、不意をつけば韻律でなんとか動けなくすることができる……という憶測は見事に外れた。しのぐので精一杯だ。


――「おや。繭にならぬうちに魔王化してしまいましたか」


 階段からはるかな昔聞き覚えのある声がして、俺は硬直した。ひらひらとまっ白な胡蝶があたりに飛んで来る。とたんに、ノミオスの凶気がやわらいだ。

 まずい。まずい。まずい! 

 オリハルコンの服を着ているけれど。その上からマントを羽織っているけれど。

 俺の存在を認識されたら、まずい――!!

 俺は即座に廊下の窓から飛び降りた。ローズとレモンも後に続く。

 窓辺に残った機械鳥が、白い導師の言葉を俺の耳に伝えてきた。


「繭から羽化するまで保護しようと思いましたが。この状態であればその必要はありませんね。フラヴィオスより先に覚醒するとは、素晴らしい」


 やっぱり……。


「わが子よ。そなたをエティアに運びます。周囲に恐怖をまき散らし、憎き人間であふれかえるかの大地を滅ぼすのです」


 やっぱりアイテリオンは、破壊のために子供を作ったのか……!

 白い胡蝶の気配が消えた。ノミオスの恐ろしい気も。


「ローズ! レモン! エティア王に緊急打診!」


 怒りに震えながら、俺は妖精たちに命じた。


「ただちにエティア入りする! ノミオスを保護するぞ!」



 一刻後、俺と妖精たちはポチに乗って北進していた。

 ポチは普段とは見違えるほどの速力で、出来上がったばかりの地下トンネルを抜けた。

 俺と妖精たちしか知らない、エティアへと抜ける道を――。





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