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創世の歌 6話 運命の双子

「とうちゃーく!」「機関停止っ」


 ふしゅううう、と蒸気の息を吐いて、地下道を走るポチが停止した。

 俺と妖精たちはこっそりザンギ市郊外に出て街道を歩き、小さな村に入った。

 フードにすっぽり顔を隠した俺は、村の酒場へ直行。目的の人に会うのは、妖精たちだけだ。

 樹液酒を頼んで席につき、窓辺から外を眺める。さっそく、すぐ目の前に見える家から、赤ん坊を抱いた少女がにこやかに出てきた。まだ十代半ばぐらいの顔立ち美しい少女だ。

 俺は耳に入れてる高性能の人工内耳の波長を、妖精の胸元についてるブローチに繋げた。


「レモンちゃんとローズちゃん! 久しぶりね」


 見えない伝信波のおかげで、赤ん坊を抱いた少女の声が耳の奥からはっきり聞こえてくる。


「マミヤちゃん、こんにちは。お仕事のついでに寄ったの」「赤ちゃん元気? わぁ、ずいぶん大きくなったわね」 

「ありがとう。もう四ヶ月よ」 

「王都からお菓子買ってきたの」「おいしいって評判のお店よ」

「ほんと? すてき!」  


 美しい少女は――マミヤさんは、嬉しそうにお菓子の箱を受け取った。

 満面の笑顔で、赤子に頬ずりしながら。





 俺はちびちび樹液酒を飲みながら、家の中に入った少女と妖精たちの会話を聞いた。内容は和気藹々、とりとめもない仲良しガールズトークだ。

 妖精のローズとレモンは、数年前から「商人の娘」としてこのレンギ村に通っていて、マミヤさんと仲良くしている。


『ピピ様の手足としてお使いください』


 そう生みの親に言われたが、たしかに妖精たちが俺の代わりに表立って動いてくれるのは、とてもありがたい。

 俺が徹底して自分が作ったものに打銘も打たず、表舞台からひたすら隠れている理由。

 それは、白の導師アイテリオンの目が大陸中隅々まで行き届いているからだ。

 大陸同盟の盟主は時代によって違い、スメルニアだったり金獅子家のレヴ王国だったりしてきたが、その後見人は唯一不動。長命なメニスの王アイテリオンがずっと君臨している。

 白の導師のもと、大陸同盟の情報収集力は、多岐にわたる方法と組織化でそれはそれは恐ろしいことになっている。

 同盟本部はあらゆる国のあらゆる人民の戸籍を把握しており、すべからく独自の記録箱に登録している。加えて、これは、という目立った動きをする著名人は、いかなる階級の者であろうとたちまち同盟本部の「草」たちにマーキングされる。

 アイテリオンが抱えている「草」は千里眼を使える能力者だったり、ごく普通の事務系文官だったりと形態が様々だ。相当数いて、どこに潜んでいるか全くわからない。

 つまり外に出たら全く油断ならないということであり。あのマミヤさんは「草」たちにひそかに護衛されている、ということでもある。村人の何人かが「草」であるらしいので、俺はマミヤさんに近づかないに越したことはない。


「マミヤちゃん、少し横になったら? 育児で疲れてるんじゃない?」

「そうよ、顔色ちょっと悪いわよ。寝不足じゃないの?」

「ローズちゃん、レモンちゃん、ありがとう。でも……」

「遠慮しないで。あたしたち、いつも赤ちゃんの面倒みてるのよ」 

「それじゃあ、お薬飲んで少し休ませてもらうね」

「お薬?」

「お乳がよく出るようになる薬湯なの。あの人、たくさん作っていってくれたのよ……」 


 あの人とは――薬師レイアーンのこと。

 アイテリオンの数ある仮面のひとつだ。

 数多の「草」に加えて、アイテリオンは自身でもよく動く。さまざまな人物に変装して、灰色の技を根絶やしにせんと自ら大陸中を旅して回っている。

 メキド王家の情報筋によると、建国の英雄たちにはりついていた、ラナンと名乗る医者。フリートと呼ばれる法学者。ミーンという商人もみんなアイテリオンその人であるらしい。

 薬師レイアーンはここ数年、ザンギ周辺の鉱山開発を探りにきていた。

 メキドが緑の蛇以外の神獣や遺物を隠し持っていないかと懸念したようだ。

 なにせ「鏡の向こうの宰相」大鍛冶師ソートアイガスが支配してた国だから、メキドは奴にとって最警戒対象だ。あのソートくんのこと、とんでもない武器のひとつやふたつ隠してるなんて、ざらにありそうだもんな。

 レンギ村の少女と、流れ者の薬師の恋。

 俺は妖精を使ってその出会いを全力で阻止しようとしたけど……

 無理だった。

 会わせないように会わせないようにと手を回しすぎたのが、裏目に出た。

 ふたりは、出会うべくして出会ってしまった。

 不動の運命というものが、あるんだろうか?

 二人の仲は……ちょっと恥ずかしすぎていえないぐらい、わざとらしさ満載の恋愛小説風に進展した。

 薬師が「猿も木から落ちる」的に病で道端に倒れ、妖精たちが救護隊を呼んでる隙にマミヤさんが偶然通りかかって彼を拾ってしまい、親身に看病。数ヶ月間に及ぶ妖精たちの妨害をあっさり乗り越えて、マミヤさんと薬師はゴールイン。

 そしてほどなくマミヤさんは身ごもった。

 生まれたのは、双子。

 ひとりはごく普通の人間の赤子。もうひとりは……菫の瞳ではっきりメニスの混血とわかる赤子だった。

 子供が生まれたとたん、薬師は豹変した。


『私の正体がわかっただろう。この国ではメニスは特に嫌われる。私は弾圧や差別を受けるだろう。君を悲しませる。苦労をさせる。そんなことは耐えられない』


 薬師はメニスの血統が出た子と共に、マミヤさんから去った。

 メニスの里へついていくと泣く彼女を、人間は受け入れられないのだと冷たく拒否して――。

 実は百年以上昔に、これとまったく同じことがスメルニアで起こったことが判明している。メキドの王家筋から入った情報によると、流れ者の商人ミーンなる者がとある村で行きずりでもうけた子供は、やはりメニスの血を引く子だった。

 赤子は父親に連れ去られ、のちに異形のものを異界から召還する「魔王」となって大陸の東部に現れた。

 俺とソートくんがなんとか倒したそいつは、銀の髪に紫の瞳の子供の姿。羽化不全のヴィオそっくりだった……。

 この時の「魔王」は、メキドを潰すためにアイテリオンが人間との間に故意に作った子。俺とソートくんは、そう確信している。

 つまり今回の、マミヤさんとの子も……。

 行きずりの異種族の女を母親に選ぶのは、子供に愛情を持たないようにするため? それとも、生まれた子を確実に「魔王」にする遺伝子法則みたいなものがあるとか? 

 いずれにせよ。ヴィオとノミオスは、故意に生み出されたのは間違いない。

 どこかの何かを。誰かを。滅ぼすために――。



 午後いっぱい、妖精たちはマミヤさんの家で赤子の面倒を見た。

 慣れない育児で疲れていたんだろう、マミヤさんはその間、泥のように眠っていた。

 父親に連れ去られたフラヴィオスは、メニスの里ですくすく成長するだろう。いずれ里から独りで出てきて母親を探し、ちゃんと再会できる。

 心配なのは、マミヤさんと一緒にいるノミオスの方だ。

 十五年後、メニスの血が覚醒する赤子。アイテリオンがこの村に「草」を置いている目的は、マミヤさんの護衛だけでなく、赤子を監視するためでもあるはずだ。なのに血の覚醒の直後にさらわれたとすれば――それは他でもない、父親の差し金である可能性が出てくる。

 父親が保護しているなら、ノミオスは未来で、どこかで生きているんじゃないだろうか?

 もしそうでなければ……俺たちで、なんとか護ってやりたい。

 マミヤさんが十数年も、哀しい思いをしないように。




 

 夕方、俺と妖精はレンギ村をあとにして、ポチで少々東進した。


「さて、塔を呼ぶか」


 地上への出口がある分岐点で止めて、右の義手につけた腕輪をいじる。

 大昔の地下鉄の駅だったらしい遺跡から出て、深い森の中でしばし待っていると。山とみまがう大きな塊が、夕闇の中をずずずずとゆっくりゆっくりやってきた。

 最近ようやく、俺は潜みの塔に自走機能をつけた。

 塔は俺の腕輪にしこんだ発信コードで操作できる。ずっと森の中に建っていた塔は木々や植物がぼうぼうに生えていて、一見すると山にしか見えない。この上移動できるとなれば、位置を特定されにくいって寸法だ。


「しかし……おまえたちの父さんはすごいなぁ」

「お父様?」「ソート様ね?」

「うん。だってこの塔を、ずっと隠し切ってたんだからさ」  


 動かぬ塔にいたのに、アイテリオンに住処を決して特定されず、百年以上持ちこたえたソートくんはまじですごい。

 最近になって、あいつは俺の盾になってくれていたんじゃないかって思う俺がいる。

 ソートくんが俺を潜みの塔に突っ込んだのも。アイテリオンに対してわざと挑発的な態度をかましていたのも。あいつなりの私情に加えて、俺を護るためだったんじゃないかって……ちょっと思ってしまう。

 アイダさんにはかなわないって嫉妬があるから、そう考えたいのがしょーもない親心っていうか、師匠心、というところだ。

 そしてソートくんが岩窟の寺院に引きこもった今は――


「おじいちゃん、おかえりなさい!」

「おじいちゃん、ごはんとお風呂どっち先にする?」 


 あいつが創り出した赤毛の妖精たちが、俺を護ってくれている。

 その生い立ちの事情から、始めはすごく抵抗あったけど。でも……


「あ。明日アオイのお見合いだよな。うまくいくといいなぁ」

「おじいちゃん、あたしにもいい人見つけてきてね」「あたしもー」「私もおねがいっ」  

「みんな受身ね。あたしは結婚したくないなー」

「うんうん。レモンみたいな子のためにさ、うちで会社を立ちあげるよ。一生皆で暮らせる環境ってのも作るといいかもって思ってさ」

 

 今はもうほとんど実の娘みたいになってて、かわいいったらない。

 俺は彼女達を、「プトリ」という姓で戸籍登録している。

 名門貴族にしてメキド王家の祖の傍流家系ということになっており、王都に構えた数軒の家が本籍地だ。一年に二人確実に増えてく仕様をごまかすため、お嫁に行った妖精たちにそこに棲んでもらい、チビ妖精たちの実親ということにしている。


「まずはポチを使う運送会社を作るつもりだよ。それから旅館をやるってのもよさげだよな。それに歌劇団とか?」

「劇団!」「おもしろそう!」「毎回だしもの考えるの楽しそうね」

「女王と金獅子の恋物語とか、竜王と歌姫の物語とかお芝居してみたいわ。歌姫のお話って、雑誌で連載中ですっごい人気なのよ」

「歌姫リンデの話ね。あたしも大好き!」「あたしも~!」

 

 きゃあきゃあと妖精たちがはしゃぐ。いやほんとに、顔が自然にほころぶぐらい彼女たちはかわいらしい。俺はにこにこ顔でうなずく。


「うんうん。やりたいこと、なんでもやろうな」

――「おじいちゃん、メキドの陛下から伝信がきてます」


 おっと。定時報告かな。

 ヴィオレットの取次ぎを受けて、俺は工房の隣の小部屋に入り、大きな鏡の前に立った。

 これはソートくんが永らく使っていた、「影のご意見番」用通信道具だ。

 ご意見番が寺院に隠れてしまった時、俺は代理として王家の者たちに名乗りを上げた。以来、ソートくんの代わりに情報をもらったりアドバイスしたりしている。本当の顔を見せたらやばいので、鏡の前に立つ時は、必ず鼻ひげがついてるメガネとマスクで応対してる。そのせいか先方からはひそかに、「ちょびヒゲおやじ」と呼ばれてるらしい。

 メキドの現王は、プトリ家から分かれたノイエチェルリ家の当主だ。赤鋼玉の義眼を受け継いでいないので、シュラの称号名を持っていない。ノイエチェルリ家はここ何代か、もうひとつの分家ビアンチェルリ家と交代でメキドの王統を保っている。二つの家にはそれぞれ大貴族が仕切る支持政党がついていて、最近かなり対立してるのが、頭の痛いところだ。


『摂政代理さま、ごきげん麗しく。本日、後見導師ノグシオン様が寺院より参られました。お連れがひとりございます。遺跡巡りのご用向きで、いらしたそうです』

「ってことは導師なんだな?」

『はい。カラウカス様とおっしゃる導師様です。封印遺跡を数箇所視察したいそうです。ご案内してもよろしいですよね?』


 カラウカス。

 王からその名を聞いたとたん、俺の体はぶるっと震えた。

 俺の創造主。我が師アスパシオンのお師匠様。

 まだ最長老にはなってなくて、きっと壮年ぐらいだろう。

 会いたい……!

 その気持ちが、俺の口を勝手に動かした。


「こちらから三人、使者を遣わす。そいつを接待団の中に入れてくれ」

『かしこまりました。では王宮にて、ちょびヒゲ様の……あっ、ええと摂政代理様のご使者をお待ち申し上げます』


 今の王様、ほんと若くて真面目なんだけど、時々口が滑っちゃうんだよな。

 ノイエチェルリもビアンチェルリも、いい家だ。エリシア姫の面影をどこかしら受け継いでるし。

 次の日。俺は妖精二人を連れてポチに乗り、いそいそと王都へ赴いた。

 俺自ら、生みの親に会うために。





 王宮の接待団がもてなしたカラウカス様は、とても気さくで人あたりのよいお人で。俺が雲間で会った時よりも、格段にお肌がツルツルだった。 

 三箇所にわたる古代遺跡の視察は半日でさくさくと終了。

 バーリアル級の動かせない封印物がある神殿がひとつ、発掘途中の遺跡が二つというコースだったが、終始ニコニコ笑顔でこなされた。むろん、俺やソートくんの肝いりのメキド王家が管理してる遺跡だから、やばいところはひとつもなし。

 カラウカス様は王都をぜひ見物したいと仰ったので、接待団は観光名所の塔だの大通りの市場だのを案内して回った。

 俺も大発展している王都の景観を楽しんだ。

 大樹の隙間に立てられた白亜の建物のつらなりは、とても美しい。

 ここがいずれ、戦火に遭ってしまうのは……とても哀しい……。

 数十年先の未来で、トルが一所懸命復興させようと整備していた王都は、本当に素晴らしい都市だった。


「おお。これだこれ」


 カラウカス様は、にぎやかな市場の家畜売り場で足を止めた。


「寺院に一匹、南方産のウサギがまぎれこんでてのう。あまりにかわいいもんでもっと欲しくなってな、それで南方への視察を志願したんじゃ」   


 と、上機嫌でのたまわってウサギを一羽抱き上げる。


「かわいいのう。やはり普通のウサギとは目つきがちがう。賢そうじゃ」

「そのウサギは、普通のとどうちがうのですか?」

  

 接待団の団長がきょとんとして尋ねれば。将来の俺の生みの親はからからと笑った。


「全然違うぞ? 初めて見た時はびっくりしたわ。ほれ、耳の中の色合いがビミョーにちがう」 

「ぶっ」


 俺は思わず、飲んでた屋台の樹液ジュースを噴き出した。 

 ぱねえ。

 やっぱり俺の親はただ者じゃない。たしかに小動物の耳の中の平均的な色より、色彩明度十度上がるように設定したよ。完全に、俺の好みだけど。


「瞳の水晶体の色も濃いし」


 うん。そこの彩度はめっちゃ上げた。それも、俺の好みだけど。


「なによりこの毛の長さときめの細かさ! 最っ高のモフモフ加減じゃあ♪」


 ……。

 ……。

 激しく頬ずりとか。この師にしてあの弟子あり?


「てことで、つがいで戴こうかの。寺院で増やして使い魔にしたいんじゃ」


 どーぞどーぞ。どうか増やして下さい。めちゃくちゃ生めよ増やせよやってください。

 ん?

 てことは、前世の俺って……

 俺が作った品種のウサギに魂つっこまれたわけ?

 そうか、だからウサギのぺぺは喋れて文字書けたわけだ。お笑いの相方もできるとか、そこは想定してなかったけどできるんだな!      

 もしお師匠様に再会したら、ウサギだけの漫才とか目の前でさせてみるかな。あー、きっと泣いて悶え死ぬわ。


「ウサギだけでよろしいですか? テンジクネズミとか普通のネズミとか鶏もいますけど。あと爬虫類系も、ずらりと取り揃えて……」


 俺が勧めると、カラウカス様は嬉しい悲鳴をあげた。


「おお! 亀がおるな。こいつも激しくかわいいのう」


 こうしてカラウカス様は、ウサギのつがいと亀のつがいと小鳥のつがいと出目金魚のつがいを購入された。

 たぶんぺぺと、アルティメットギルガメッシュニルニルヴァーナと、ブーレイブーレインデードーと、潮丸一号二号三号の先祖になるやつだろう。

 やっぱりこの方、目が高いよ。全部俺の仕込み入りのやつを選んだよ。すっげーこわいよ。

 しかしずいぶん増えたもんだ。大陸北部にも、あと数年でほぼ伝播するだろうな。


 あと少し。


 俺は大満足でウサギに頬ずりするカラウカス様を見守りながら、高鳴る胸を抑えた。

 

 あともう少しで、あの人に会える。

 俺の、お師匠様に――。




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