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創世の歌 1話 灰色の滅亡

『師に捧げる歴史書 第六巻第一章第三節 


 神聖暦7126年、僕は未来のメキド、すなわち樹海王国から城をいただきました。それでようやく天に浮かぶヘイデン、八番島から降りる決心がついたのです。

 こっそり島生活は身を隠すにはうってつけで、かなり居心地良いものでした。それゆえサナダさんが定年退島するときに服従の首輪を外してもらったにもかかわらず、僕はアイダさんと何百年もの永い間、島に居座ってしまいました。

 この期間に統一王国は、反戦と平和を唱えるメニスの王アイテリオンによって、さしたる戦も紛争もなく瓦解していき……』



「ピピ様、お茶淹れましたよ」

「あ。ありがとソートくん。そこ置いといて」

「あのぅ、あわてて隠さなくてもいいですよ。何書いてるかよーく知ってますから」


 う。

 アイダさんから託された弟子、ソートアイガス。ほんとこの子、めざといんだよね。

 うわ。だから見るなって。さりげなくガン飛ばして原稿見ないでってば。


「きれいな文語体ですねえ。ピピ様って普段は自分のこと「俺」って呼んでて言葉遣いもすんごくきったないのに、良家のおぼっちゃまが喋ってるみたいな文章書きますよね」


 そ、そ、そりゃあ、いちおう人に見せる予定のものだから。

 ちゃんとした敬語体で書かないといけないって思ったんだよ。


「でもそれ、歴史書っていうより一人称の独白日記みたいですよね」


 ソートくん。俺、自分に文才ないのはよーくわかってるから。だからお願いだから、もう突っ込むのやめて? でないと、君の日記帳声出して読んじゃうよ? 誤字脱字大文字だらけのやつ。 


「十歳の子どものいとけない日記と、五百年以上生きてる魔人の叙述を同列に扱わないで下さい」


 ででででもさ、俺はたしか、メニスのアイダさんとつるむまでは本当に、自分のこと「僕」って言ってたよ。です・ます調もさ、俺より目上の人が断然多かったから日常的に使ってたよ。



 キれたとき以外は。



「ぐれたんですね」


 ちがうって。目下の人が増えたんだ。だって泉から上がってもう何年経つんだ?

 6500年ぐらいに噴煙の寺院に来て、今7134年だろ? 純血メニスのアイダさんすら、亡くなっちゃってるんだもの。


「メニスとか魔人とか、いいですね。寿命が永くて」


 あ。ごめん。ソートくんは普通の人間の子だったよね……。


「ムカつくぐらい羨ましいです。でも、なんとかします」


 え? なんとかって?


「今エリシア姫を再生している培養カプセルを使用する前提で、細胞再生遺伝子を活性化させて若返るプログラムってのを構築してます。メニスほどじゃないけど理論的には、人間の僕でも二百年は寿命がのびるかな、と思ってます」





 必要は発明の母って、どこの偉人が言ったんだっけ。

 ソートくんの目つきは真剣すぎてこわかった。

 永遠の命。

 それは……公然とメニスを捕らえて喰らうぐらい、数多の人間たちが切に求めているものだ。

 メニスの体を使わない延命装置か。ソートくんなら作れそうな気がする。ほんとあの子、才能あるんだよな。俺なんかよりはるかに。金属精錬の精度すごいし、ハンダゴテなんか自由自在、伝導体も半導体も芸術的な絵画みたいな模様のをぱぱっと作っちゃう。

 俺は永い時間をかけて修行したから、それなりに技術を身につけることができたけど、それでもサナダさんが作った赤いルファの目を修理したら百年ぐらいしかもたなかった。きっかり何年何ヶ月何日何時間何分何秒後に電池切れるように仕込むとか、そんな余裕の遊びかますなんて絶対無理。いつも全力投球だ。

 筋がいいとサナダさんが褒めてくれたのは、浮き島の技師長として、部下にやる気を出させるための激励だったんだと思う。

 エリシア姫が完全に回復して培養カプセルが空いたら、好きに使っていいよと、俺はソートくんに機器の使用権限を与えた。

 カプセルの通電状況をチェックしてくるというのでニコニコ顔で「よろしく頼む」と送り出し、「師に捧げる歴史書」の続きを書く作業を再開する。午後休憩の時間に数ページ書くことが、ここ数年の日課になっている。

 今は六巻目で、統一王国の崩壊とその後のことを主に叙述している。

 ちなみに一巻目は、岩窟の寺院での修行生活について。

 二巻目は、北五州のことと、我が師アスパシオンが巻き込まれたヒアキントスの陰謀のことについて。

 三巻目は、灰色のアミーケとフィリア、神獣ルーセルフラウレンの生まれ変わり、そして変若玉(オチダマ)と魔人について。

 四巻目は、メキド王国のトルナート王と神獣ガルジューナについて。

 五巻目は、トルナート王と蒼鹿家間の争いについてしたためた。


『歴史書っていうより独白日記』


 うん……ソートくんの言う通り、たしかにこれ、独白だな。ほとんど自分史だもの。我が師へ捧げるってことにしているけど、覚書とあんまり変わらない。

 俺はペンでガリガリと、いつものごとく羊皮紙に書き込んだ。


 

『統一王国が瓦解したあと。

 北五州管轄だった八から十二番のヘイデンは、始め金獅子家が建てた王国のものになり、他の島々も、もともとの管轄区域だった地方に建った国のものになりました。

 けれども浮き島はそれからいくらもたたぬうちに閉鎖され、放棄されました。

 白の導師にしてメニスの王アイテリオンが、古代兵器と遺物の封印法の取締りを強化しろと大陸同盟に訴えたからです。


〈戦は何も生み出さぬ。平和こそ、至高〉


 アイテリオンはひっきりなしに大陸同盟会議に姿を現してはかく訴え、なんでもかんでも禁止させました。兵器だけでなく、便利な乗り物や生活用品や娯楽品のたぐいまで、すべて。

 航空機も、潜水艇も、幻像装置も、端末(フォン)も、またたくまに取り締まられ、姿を消していき。錬金と科学の粋を極めた大陸の技術は、みるみる原始的なレベルにまで衰退していきました。 

 各王国の軍備なんて、鉄器に騎馬兵というお粗末な水準にまでだだ下がりました。

 一方で、メニスの王アイテリオンの主張に同調して他国の兵器や技術品を糾弾しながら、自国はちゃっかり古代技術を保持していた国もありました。

 イマダさんの故郷、蒼鹿家のアリン王国や金獅子家のレヴ王国といった北五州の王国、それからカネダさんが引き抜かれていったスメルニア皇国。

 これらの国々は、アイテリオンを全面的に支持して強力に後押しした国々で、のちに軒並み大陸同盟の理事国になりました。つまり察するところ、白の導師と密約を結び、彼を支持する見返りに、神獣や古代兵器の保有を特別に許されたのでしょう。

 しかしその他の国々は、文明衰退の一途をたどるばかり。医療技術すら廃れ、メニスの白の技、つまり癒しの技がもてはやされるようになりました。

 メニスが司る白の技の地位の向上。それが、アイテリオンの目的の一つだったのは明白でした。

 超技術で作られたものは「古代遺物」と称されるようになり、動力機関を抜き取られ、王侯貴族や特権階級の人々が収集して飾っておくようなオブジェに成り果てました。

 中でも審議会から「危険物」とみなされた物は、黒の導師たちが住まう「岩窟の寺院」の地下に収集され、次々と封印されました。

 貴重な「危険物」を取り扱うゆえに黒の導師の権威は非常に高まり、始めは古代遺物を引き取るべく諸国を訪れ遺跡巡りをしていた導師が、いつしか担当巡回国の後見人となる、という伝統ができあがりました。

 こうして、白の技の水鏡の寺院と、黒の技の岩窟の寺院は隆盛を極め……』


 俺は羊皮紙の上で踊るペンに力をこめた。


『灰色の技の噴煙の寺院は、大陸同盟の強制執行命令で閉鎖されたのでした。


 白と黒。二つの寺院の共謀によって――』





 八番島に集積されていた古い記録をほっくり返すと。

 太古の昔、神獣の時代以前は、灰色の技は「魔力がない落ちこぼれが覚える技」とみなされていたのが分かった。噴煙の寺院は、特に水鏡の地に住むメニスたちからはあからさまに「収容所」扱いされてたらしい。

 メニスが司る癒しの白の技と、人間が編み出した呪術主体の黒の技。韻律を駆使する二つの技に比べて、灰色の技はほとんど韻律を要しないからだろう。

 つまり灰色のアミーケも、アイダさんも、普通のメニスたちから見れば「出来損ない」。完全に爪はじき者。

 だから二人は、アイテリオンを憎んでいた。一族から離され、噴煙の寺院送りにされて棄てられたからだ。

 でもアミーケを始めとする灰色の導師たちが「神獣」を生み出したことで、灰色の技は一躍大陸中の国々の注目を集め、爆発的に需要が高まった。そして統一王国の時代には、王国政府の重要機関として権勢を奮うまでになった。

 神獣たち。改造兵士やルファの目。星を航行する船。天に浮かぶ島。

 灰色の導師たちが作り出したものが、大陸中にあふれた。

 つまり灰色の技は白と黒の技を差し置いて、完全なひとり勝ち状態になった。

 黒の技は統一王国においては原始的な技だと蔑まれ、まったく見向きもされなくなった。

 白の技も、被差別民族が扱う技として弾圧された。

 メニスの王にして白の導師アイテリオンにとっては、超面白くない世界だったわけだ。

 ゆえにアイテリオンはメニスの玉座に座るなり、行動を起こしたんだと思われる。

 この大陸を、メニスであるおのれにとって居心地よい世界に変えるために――。 


『神聖暦6712年に、灰色の寺院は大陸同盟会議で「廃院」となることを宣言され、弟子をとることを禁止されました。その二十年後には、院自体が「後継者がいない」という理由で閉鎖されました。

 閉鎖にあたってアイテリオンは、噴煙の寺院にある時の泉を水鏡の寺院に移すようにと、灰色の導師たちに命じました。しかし移動するのは物理的に無理、ということがわかったので、これを結界で封じて大陸同盟の監視下に置くと共に、灰色の導師たちに同じものを水鏡の寺院と岩窟の寺院に作れと命じたのでした』 


 俺はペンをふと止めて、泉設置作業のことを思い起こした。あれはまだ、アイダさんと浮き島に住んでたころのことだ。

 灰色の技を潰そうとしているくせに、その最高水準の技術の粋をもって作られた時間流の泉をほしがるとは、ずいぶんと虫がよすぎる――とかなんとか、二人でぶうぶう文句を言い合ったっけ。

 なんでもかんでも便利な物は禁止されて、端末(フォン)も使えなくなり、楽しみにしてた歌謡曲やマンガの配信も止まったもんだから、俺達はアイテリオンが推進する世界改革に不満たらったらだった。

 大人気配信マンガ「ギヤマンの仮面」の最終回どうなったんだよ! と今でも気になって気になって夜も眠れない……。

 もとい。

 腹の虫が収まらず、一矢報いたい気分だった俺とアイダさんは、泉設置決定のニュースを聞いた直後、寺院の一級技能師たちの手によるその作業をお手伝いしに行った。青いオリハルコンの衣の上から別の色の衣を羽織り、マスクにサングラス姿で変装して、助手として設置チームに入りこんだ。

 灰色の導師たちは俺やアイダさんと全く同じ考えだったので、チームは一丸となって泉に細工をかました。

 噴煙の寺院にある泉の時間流は緩やかで無制限に堰き止められ、体さえもてば何万年も移動できる。

 だけど他の二つは機能縮小版。

 出発点から前後五、六十年の時間流しか堰き止められないようにした。しかも時間流がプールされる速度を四、五倍ほどにぎゅうっと凝縮。中に入った者にはんぱなく負荷がかかるよう設定。中で滞留しつづけると、確実に記憶がふっとぶようにした。

 つまりはちょとっとやそっとじゃ誰も利用できないだろこれ、ざまあみろぉおという代物だ。灰色の導師たちの、最後の意地ってやつだった。

 俺とアイダさんは噴煙の寺院の記録と技術書を一級技能師たちからひそかに受け渡してもらい、八番島に封印した。アイテリオンが泉の完成と同時に、噴煙の寺院の記録を全部消去するよう大陸同盟の古代遺物取締まり機関に働きかけたからだった。

 こうしてアイテリオンは灰色の技を潰し、世界を退化させていったわけだが……


『しかし白と黒の二つの寺院は、うまく共存することができませんでした。岩窟の寺院はアイテリオン率いる水鏡の寺院の台頭を疎んじました。メニスに大陸の覇権を取らせまいと、大陸諸国の後見となった黒の導師たちが、密かにメニスの脅威を王たちに吹き込んで、弾圧や迫害を行わせました』


 案の定、白と黒は仲間割れ。


『そのためもとから被差別民族だったメニスはさらに激減し、水鏡の寺院がある地に隠れ住むようになりました……』


 王族はメニスを庇護すべし、という保護法を制定したり、王家に一族を嫁がせたり。アイテリオンは現在、白の技と種族を守るために手を尽くしている。

 未来で黒の導師を目の仇にしていたのはそのせい。メキドに干渉してきたのも、おそらくは岩窟の寺院を潰すための一手なんだろう……。


――「ピピ様」


 卓上の水晶玉が点滅した。ソートくんからの伝信だ。


「培養カプセルに変化が」


 あ……そろそろ、か。

 卓上の暦を見る。赤丸をつけた日から三日ぐらい早いかな。


「エリシア姫が、目を開けています」


 俺はペンを置いて深呼吸した。心臓がにわかにとくとくどくどく高鳴る。

 メキドの王子暗殺未遂事件。木槍試合の折、第三王子カイヤート・シュラメリシュ殿下が命を狙われた。

 暗殺は、ひとりの貴族の姫君エリシア・プトリによって回避された。

 黒幕は、兄王子二人のどちらかだろう。第一王子の背後にはメキドの後見たる黒の導師がついていて、第二王子の背後には白の導師の勢力が密かについている。

 性根優しい第三王子が狙われたわけは、見る目を持ってる今上の王が、後見の導師の進言を無視して世継ぎにしたからだ。(シュラ)の名と、ルファの義眼。王たる者の証がすでにカイヤート殿下に与えられている。

 エリシア姫は、そのカイヤート殿下をかばった。かつて俺が、赤い義眼の記憶で視た通りに。

 姫を止めようとしたけど――だめだった。

 もしかしたら俺が知ってる歴史は、変えられないのかも。未来からの干渉も加えてあの歴史になってるってこと? と、半ば絶望しながらも。姫の献身を無駄にしたくなくて、俺は瀕死の姫を抱いて嗚咽する殿下に宣言してしまった。


『君を護る。君を必ず王にする』と――。


 姫をカプセルに入れて三ヶ月。魔人の回復能力にくらぶれば、普通の人間のそれは遅々としたものだ。

 ようやく。彼女の笑顔をまた見られる。耳に心地よい声が聞ける……。


「すぐそっちに降りるよ。まだカプセルの蓋は閉めたままにしておいてくれ」

「はい、マエストロ」 


 ソートくんが最敬礼で返事してくれた。培養カプセルでの再生プログラムを構築するのは、ものすごく大変なことだと身を以って知ってるからだろう。いったい何年、かかったかな……。




――「ピピ様、なんですか、その格好」

 

 え? あー、えっとソートくん、これはね。ほら、姫君とお会いするからだよ。粗相のないようにっていうか?


「僕、席を外した方がいいですかね?」

「あ。うん。その。そうしてくれた方がいいのかな」

「いちおうカプセル越しに、命の恩人の名前は言っときましたけど。まぁ、せいぜいがんばって玉砕してきてください」

「あ、ありがとね」


 緊張でガチガチになりつつも、俺は淡く光る培養カプセルのひとつに近づいた。

 真っ青なオリハルコン地の、キュロットと上着という盛装姿。髪はきゅっと一つにまとめ、おでこ丸出しオールバック。両手には――

 盛りだくさんの花束を抱えて。





「ギヤマンの仮面」

端末(フォン)で配信されていた大人気マンガ。ぺぺさんが気に入って購読していた模様。

伝説の舞踊劇である「月光女神」のプリマドンナをいつかやりたいと、

大陸一の舞姫を目指す少女のお話、らしいです@@


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