表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アスパシオンの弟子(コンリ版)  作者: 深海
王者たちの歌
60/104

王者たちの歌 2話 太陽神の槍

 ドドッ。ドドッ。ドドッ。

 広い円形競技場を、野太いダゴ馬が一直線に走っています。

 馬上には、軽鎧を来た人間兵士。その片手には、一メートルぐらいの短い木槍。その先っぽは、丸められています。

 ひゅん、と騎手が向こうから近づく馬上の兵士に槍を投げました。

相手の兵士は投げられた槍をさっと空中で掴み。馬首を返して陣地へ戻る馬を追って肉迫し。 


「やあ!」


 投げられた槍を投げ返しました。

 一直線に空を切り裂く木の槍。振り向きもせずに兵士はサッと馬の背から半身を下げ、馬の腹にぶら下がって槍を避けました。

 とたんに競技場の観客席からあがる、どよめきと歓声。

 客席には観衆――メキドの大臣たちがずらりと列席しています。

 僕ら王宮の面々は、今、木槍の視察に来ているのです。

 槍を避けて逃げるように疾駆する馬が競技場の端につくと、新しい騎手が交代で競技場に躍り出て。槍を投げ返した騎手を猛追跡。競技場のもう一方の端へと逃げていく騎手に、槍を一投!


「当たった!」


 槍が騎手の肩に当たった瞬間、観客席から大喝采が上がりました。


「へええ、変わった一騎打ちだな」


 鼻をほじりながら、我が師は興味津々で競技場を眺めました。隣にいる兄弟子様もほうほうとうなずいています。

 ここは、王都の真ん中に位置する太陽神殿の境内。本殿のすぐ目の前が、この立派な長方形の競技場になっています。東西に伸びた砂地の両端には、二つの陣営に分かれた騎手たちがダゴ馬に乗ってずらりと並んでいます。

 東は日の出隊。西は日没隊。

 騎手たちは一騎ずつ繰り出し、槍の投げあいで一騎打ち。槍を多く相手に当てた陣営が優勝。

 僕はがたいのいいダゴ馬の疾走の速さに舌を巻き、さらにこの競技場の広さに眼を見張っていました。

 とにかく広いのです。

 端から端までは、馬が全力疾走しても数十秒はざらにかかる距離。

 騎手たちは来月行われる神事に向けて練習しているのだと、国務大臣は誇らしげに騎兵たちを指し示しました。


「我がメキドでは年に四回、この競技を太陽神への奉納儀式として執り行っております。いにしえの樹海王朝よりもはるか以前には、神前審判としてしょっちゅう行われていたものと聞きます。戦を行うか行わないかなど、重大な審議はすべて、この競技の結果で決められたそうです」


 なるほど。だから神殿の境内で競技するんですね。

 でも、メキドの国土は森に覆われているところが多いです。かなり広い土地がないと出来ないように思うんですけど、全国規模でやらせることってできるんでしょうか。

 心配する僕に国務大臣はにっこりとしました。


「太陽神殿はメキドの全国各地にございます。大きな都市だけでなく、小さな町や村にも必ず。さすがに本山のここほど広くはございませんが、どこの神殿にも木槍の儀式をする敷地が確保されておりますし、神事の日にはたくさんの人が見物にまいります」


 つまり、メキド人なら知らぬものはない、というわけですね。

 競技を見学したあと、僕らは大臣の先導で神殿の中に入り、太陽神のご神体を拝しました。 

僕らを出迎えた大神官は、いにしえのメキドのことを語ってくれました。

 それによると。千年以上前の神獣たちの時代には、この国は樹海には埋もれていなかったどころか、乾燥した平地ばかり。民の多くは、遊牧をして暮らしていたそうです。

 広い草地でダゴ馬を駆り、家畜を追う生活。それゆえに、馬を駆って戦う技が発達したのでしょう。


「槍に使う木は、神殿に植わっているご神木の枝から作られるのです」


 大神官が、祭壇に飾られている先端が丸まった木槍を見せてくれました。


「奉納競技は実戦ではありませんので、刃をつけず、先を丸めるのです」


 なるほど。って……あ……。


「どうした弟子? 眼を抑えて。痛いのか?」


 我が師がウサギ姿の僕を抱き上げました。


「なんか、熱いんです。時々、じりじり燃えてる感じになるんですよ」

「かわいそうに。俺がいたいのいたいのとんでけーしてやる」

「結構ですっ! だ、大丈夫ですからっ」

「おぶ」


 僕は我が師の腕から無理やり逃れ、大神官に訊ねました。


「それより、このメキドに全然森がなかったなんて意外です。なぜこんなに緑豊かな土地になったんですか?」


 それは神獣のせいだと、大神官は答えました。


「緑虹のガルジューナ。伝説の神獣がこの地を護るようになり、黒竜家の神獣黒竜ヴァーテインを撃退してから、この国は樹海に埋もれる国となったのです」

 

 黒竜ヴァーテインは北五州の大公家のひとつ、黒竜家が保有した神獣。

メキドは水を操るこの竜の侵攻を受けたことがあるというのでした。


「言い伝えによると。ヴァーテインは十日十晩、すさまじい雨をこの地に落としました。しかし雨水は蛇の通り道にことごとく流れ込み、この地は水没せずに済んだのです」

 

 蛇の通り道。

 それはまさしく、メキドの地下に網目のように張り巡らされた地の大動脈のこと。ガルジューナが通ったあの地下の道は、あの神獣が蛇の形をした鋼の眷属たちに掘らせたもの、と伝わっているそうです。

 地の大動脈に流れ込んだ水は少しずつ上の地層に染み出して、国土をひたひたと潤し。地表の森はその水を吸い上げて、今も勢い衰えることなく、爆発的に増え広がっているのだそうです。


「神獣の力ってどんだけですか……」

「すごいよなぁ」


 息を呑む僕に、我が師は鼻をほじりながらあほんと言いました。


「北五州が湖だらけなのも、黒竜が暴れたせいだって言われてるし。東にある赤い大砂漠は、黒獅子が大地を焼き焦がしてできたって話だしな」

「俺様は大渓谷を作ったぞー」


 ぽろっと兄弟子さまがうそぶいてきました。


「大地をな、すぱーっとケーキ入刀するみたいにな、六枚羽のかまいたちですぱーっと」

「あー、ルーセルすごいなー、あーすごい」

「黙れハヤト。すっごい棒読みで褒められても嬉しくねえわ」

「なんだと、ああ?!」

「ととともかく、神獣はすごいってことで」


 バチバチ火花を散らしそうな二人の導師。その間にあわてて割って入った僕でしたが。


「う? ううう……」


 また、義眼がひどく熱くなってきました。困ったものです。


「お? おい弟子、大丈夫か?」

「ん? それ、壊れかけてるんじゃないか?」


 兄弟子さまがひょいと覗き込んできました。


「王宮に帰ったら、アミーケに見てもらうか。しばらく外してるといい」

 




 王宮に戻って閣議を開いた結果。

 メキドの国民に広めるスポーツは、木槍競技(ジェリード)に決定しました。

 国民の誰もがすでによく知っている、というのが大きな決め手でした。

 現在は神殿兵しか行わない競技ですが、彼らを教師として一般人にも広める。馬を使わない簡易な競技方法も考案する。ということになり。満場一致の拍手で懸案が裁可されると。僕は義眼を見てもらうため、さっそく兄弟子様の部屋にお邪魔しました。


「兄弟子さま、木槍って、軍事訓練て感じですよね」

「だなぁ」


 兄弟子様の部屋には今、灰色の導師も一緒に寝泊りしています。

 鋼の鳥を作り出す腕前をもっているアミーケは、僕の義眼を手にとってちらちら眺めました。兄弟子様は目を眇める彼と、長椅子にぴったり仲良く並んでいました。


「もともと、遊牧民族の実戦経験からできあがったものみたいですもんね。メキド人のみなさん、かなり鍛えられそう」

「だなぁ」

 

 上の空で答える兄弟子さまの視線に映っているのは、赤い義眼のみ。

 興味津々のお顔です。


「普段から訓練しておいたら、いざ徴兵する時に楽ですよね」

「だなぁ。楽だよなぁ。って……んん?」 

「兵士の位階は甲乙だけじゃだめかな。もっと細かく区分するべきですかね」

「え? ぺぺウサギ? おまえ一体何考えてるの」

 

 しつこく話しかけたら、兄弟子さまはようやくのこと義眼から目を離してきょとんとなさいました。

 僕は、真剣な顔で切り出しました。


「軍隊。必要ですよね」





 先の革命で破壊されたもの。

 それは王家と王都だけではありませんでした。

 王立軍はすっかり解体されていて、今のところ国の護りは、地方を治める貴族たちの私軍頼み。

 王宮はケイドーンの巨人たちが警護していますが、その数は千人たらず。

 とても国防を担える兵力ではありません。


「もしかしたらこれからすぐに、蒼鹿家とやり合うことになるかもしれないじゃないですか。なので閣議にかけて、常備軍を編成する裁可を得ようかと」

「ふうん?」

「民衆から大規模な募集をかけたいので、それで今回の木槍競技を、兵士選抜の指針に加えたらどうかと思うんですよね」

「ほうほう」

「ちょっと聞いてるんですか?」

「あー、いいんじゃね? その方向で」


 兄弟子様は難しい顔でまたじろじろと、赤い義眼を眺め回しました。 


「どうだアミーケ」

「表面的な傷はなさそうだ。中のシナプスが不具合を起こしているのかも」

「相当古いもんなぁ」

「とりあえず物質固定の韻律をかけて保護してやる。万が一破裂しても周りに砕けぬようにな」

「あの。だから、軍隊の話なんですけど」


 義眼を覗きながら、兄弟子様は僕に適当に手を振ってきました。


「なるほどいい計画だと思うけど、もふもふなウサギに力説されると、なんか違和感感じるわー。オモチャの兵隊でも集めそうな雰囲気でさあ」

「僕だって人間に戻りたいですよ! でも解除するそばから、お師匠様が変身術かけてくるんですっ」


 我が師はただ今浴室で入浴中。

 背中を流せ、一緒に入ろう、体洗ってやるからぁとか、キモすぎるので一発蹴り飛ばして湯船に沈めてきました。


「ハヤトってほんとにおかしいよなぁ」

「モフモフできないと残虐非道になるとか、信じられません」

「あのさ、ウサギ調達して、あてがえばいいんじゃね?」

「僕も最近そう考えてました」

「じゃあこれから俺様と一緒に地下市場に行って、ウサギ買うか?」 

「市場?」

「ちょっくらあそこに野暮用があるからさ。おまえも一緒に来たらいいわ」

――「ウサギ~どこ~? お着替えしよう~?」

 

 回廊から幼い子供の声が聞こえてきました。とたんに襲ってくるおそろしい悪寒。

 うう、ヴィオです。また僕を着せ替え人形にするつもりです。

 兄弟子様は、こちらを振り向いて二ヤッとされました。


「こえーのが来たなぁ。つかまる前に、特別に人間に戻してやろうか?」

「お、お願いします!!」


 



 久しぶりに人間のすらっとした姿になった僕は、解放感いっぱいでした。

 湯に当てられて寝台でぐったりの我が師を尻目に、こっそり身支度。兄弟子様と一緒にダゴ馬を駆り。王都の地下の市場に潜り。さっそく三羽ほど、白いウサギを購入しました。

 いい手触り。完璧なモフモフ加減です。


「このウサギ、『なんでやねん』ってお師匠様にツッコミ入れてくれないかな」

「そんなことできるウサギは、この世に一羽しかいねえな」


 ん?

 地下の市場を行き交うおびただしい人々にまぎれて、なんだか切々とした視線が背後から刺してきます。

 これは一体誰のもの……? 兄弟子様も鋭く気づいたようです。


「さて、どこの手の者かねえ?」


 恭順の態度が微妙な大貴族の手下?

 それともヒアキントス様の息がかかっている大商人フロモスの手下?

 フロモスは厄介な奴です。先日我が師がその行いに対して糾弾の手紙を送りつけたのですが、彼は厚顔にも関与を全否定してきました。

 我は陛下の従順なるしもべであると、長大な釈明文を返してきたのです。でもさすがに王都にいるのはまずいと感じてか、今は病気療養と称して地方の温泉地に逃げ込んでいます。

今頃こっそりヒアキントス様と通じ合って、次の手を考えている可能性が大。油断なりません。我が師たちはフロモスにこっそり式や密偵たちを送りました。うまく、これまでの非道な行いの尻尾をつかめるとよいのですが……。


「敵の差し金か? フロモスとか」「そうかもしれません」


 僕と兄弟子様はさりげなく、背後から注がれる視線の主をちらりと見やりました。


「茶髪だな。なんか軽薄そうな奴」

「うわ。あれって……」


 僕とフィリアを売ろうとした、元宮廷音楽家じゃないですか。

 えっと、ジュージェさん、でしたっけ? 

 屋台の影からこちらを切なげにチラチラッて。なんだか密偵というより、僕を見つけてって懇願してる表情に見えるんですけど……。


「うっ!?」


 ジュージェさんの顔が義眼で拡大されたとたん。またもや右目が熱く燃えてき

ました。


「ぺぺ? お、おい大丈夫か?」

「ち、ちょっときついです」


 ものすごい熱さです。ぐるぐると頭をめぐる――炎。

 思わず眼を抑えましたが、頭がおそろしくグラグラします。

 熱い……熱い……!

 熱い……!

 




『殿下!』


 あ。この人は……。


『馬の蹄鉄が外れるなんて大変! 私が先に行くから、その間に換えの馬を受け取って』


 刹那、かいま見えたのは。

 ダゴ馬に乗った、赤毛の女性。馬上の彼女を見上げる僕。

 痛そうに地を搔いている、僕の馬。

 とても広い、競技場。すぐ横には、巨大な神殿。

 彼女は兜を被り、先の丸まった槍を持って馬を走らせました。

 馬は、疾風のごとく走っていきます。

 どんどん離れていく彼女は、速くて。とても速くて。

 相手の陣営から出てきた騎手を追いかけて。槍を投げて――

 

 当たった!

 

 湧き上がる歓声の中、彼女が陣地に退いてきます。

 追いかけてくる新手の騎手。どんどん追いついてくる相手。

 速い!なんて速さ。

 槍を振り上げて彼女を狙っています。太陽の光が、槍を照らします。

 槍の先がきらりと光ります。

 ……きらりと?

 あ……!!

 槍の先に走るのは。銀色の。

 尖った、金属の煌めき――。


『避けろエリシア!』


 叫ぶ僕。その瞬間――

 しゅん、と彼女の馬の尻に、どこからともなく飛んできた弓矢が刺さって。

 彼女の馬はいななき立ち上がって。

 一瞬止まった的に、投げられる槍。

 ああ……! 槍が。銀色に煌めく槍が。


『エリシア!!』

 




「う……あああっ!」


 また、夢……? 妙にリアルな。本物のような。夢?

 いつの間にか意識が飛んでいたようで、僕は兄弟子様に背負われていました。


「ペペ、大丈夫か? 急に倒れてびっくりしたわ。ていうか、おまえおんぶしてウサギのカゴも持つって辛い。起きたんなら降りて」

「す、すみません!」

「ふいー、重かった」


 聞けば僕の義眼は、しゅんしゅんと音を立てて瞳孔が縮まったり広がったりすごかったそうです。

 変な夢を見たと話すと、兄弟子様は神妙な顔で言いました。


「夢じゃねえわそれ。眼に蓄積された記憶だわ」

「本当にあったこと、でしょうか」

「だろうな」

 赤毛の女性は、本当に存在していた?

 彼女は木槍の試合に参加して。そして……


 殺された……?


 胸が哀しみでギュッと締まりました。たった今、その悲劇を目の当たりにしたかのように。

 この気持ちは。今にも涙がドッとこぼれそうなこの想いは。

 とても口にできません……。


「顔が真っ青だぞ? 大丈夫か? 野暮用すぐ済ませるから、帰ったら休め」

「は、はい」


 兄弟子様はずんずん、地下の屋台市場を進んでいきました。

 いかがわしい雰囲気の小さなお店がゴチャゴチャ並ぶ所に入り。僕がかつてフィリアを探した通りに入り。そして。

 見覚えのある細くて暗い路地へ――。


「え? ここって!」


 兄弟子様の「野暮用」の行き先に僕は驚きました。


「ば、薔薇乙女一座?!」


 暗い路地の奥にある、場末の地下劇場。兄弟子様のお目当ては、まさしくそこでした。


「ここ、王都で密かに大人気なんだそうだな。瓦版に紹介されてたわ。入るぞ~」


 兄弟子様は後ろからついてくる元宮廷音楽家にも、驚く僕にもかまわずに、するりと劇場の中へ入っていきました。

 とてもゆっくり足を動かし。

 余裕でふんふんと鼻歌を歌いながら――。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ