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幕間4 白の契約 (ヒアキントス視点)

(今回はヒアキントス視点のお話です)

 


 蒼く澄んだ湖上。

 透き通った湖水の上を、一艘の小舟が進みゆく。

 船頭はいない。

 白い衣の男がひとり、船の上に立つ。

 燦然と輝く杖を掲げながら。



「あ……」


 その日。岩窟の寺院の岩舞台へ至る階段の踊り場に、「その方」はひとり佇んでおられました。

 蒼き衣まとう幼い私は、風編みをなさっているお師さまをその踊り場でお出迎えしようと、岩の階段を登ってきたところでした。

 そこは登り段の途中にあるちいさな洞窟のような穴で、壁一面に壁画が描かれています。

 中でもとりわけ美しいのは、白い衣の導師の絵。

 湖上を渡る一艘の小船に乗ったその導師は、銀の杖を燦然と掲げています。

 スラリと背の高いその方は、その壁画をじっと眺めておいででした。

 その方は私の気配に気づかれて、壁画を背にして微笑を投げかけてこられました。 

 私を捉えたのは、深い紫紺の瞳。

 鼻筋の通った横顔はとても端正で、肌の白さは白磁の陶器のよう。

 流れるような長い銀の髪に気圧された私は、黙って場の隅に寄りました。

 その方のまなざしはとても不思議で、見つめているとひゅるんと紫の瞳の中に吸い込まれてしまいそうでした。


業師(わざし)のルデルフェリオ様は、よき導師であられましたね」

 

 私は頭を深く下げました。


「ご、ご弔問ありがとうございます」


 ルデルフェリオ様はつい数日前に、お亡くなりになられたばかりでした。

 客人は夜明けと共に船で渡ってこられたのでしょうか。白の絹地に銀糸の刺繍がびっしり入った上着に、膝でリボンを結んだふっくらしたキュロットを履いておられ、あたかも西国の貴公子のようでした。

 ほわっと甘くかぐわしい香りが私の体を包みました。

 甘い、甘い、花のような。果物のような……。


「かわいい方ですね」

「はい?」


 気づけばその方のお顔がすぐそこで、薔薇色の唇が私の口に触れかけていました。 


「さ、最長老様をお呼びします」


 私はあわててあとずさり、ぶるぶると頭を振りながら 岩の舞台へと登りました。

 ちょうど導師様方の風編みの歌が終わったところでした。

 先頭のカラウカス様。その後ろに続いてこられる長老様方。そして、我が師やほかの導師様たち。序列の順にやって来られる黒き衣の方々の列は、朝日を浴びて神々しく輝いておりました。

 ここまでわざわざ師を迎えにくるとは殊勝なことだ、と、最長老さまは私を優しくお褒めになったので、何事か? と眉をひそめた我が師のお顔が和らぎました。

 カラウカス様は、すぐに踊り場へ行かれたのですが。


「おや。誰もおられぬな」


 すでに銀髪の御仁のお姿はありませんでした。その場にはまだ、あのくらくらする甘い香りがかすかに残っていました。

 カラウカス様は私の説明をお聞きになると、一瞬困惑のお色を貌に浮かべられました。誰がいらっしゃったのか、七つの鍵持つ寺院の主人はすぐにお解りになられたようでした。


「ごくろうだった、ミストラスのメル」


 最長老様は私の頭に優しく手をお載せになりました。


「そのお方は、壁画の中に帰っていかれたようだな」

「はい?」

――「メル! おいで」


 いらいらと我が師がお呼びになりましたので、私は急いで寺院の長の御前から辞しました。


「申し訳ありませんお師様」


 我が師は私の腕をきつく掴み、並んで岩の階段を降りられました。


「他の導師となれなれしくしてはならぬ。とくにあのスメルニアの狸は用心しなさい」

「はい、ご心配をおかけしてすみません」 

「おまえが心配でたまらぬ」


 大丈夫です、と私は務めて明るく答えました。


「また誰ぞに苛められたのでは?」

「いいえ」


 私はそっと蒼き衣の袖を降ろして、すり傷を隠しました。

 厳しい視線の先をそらすため、氷結の韻律の編み方をお伺いしますと、我が師は嬉しそうに語り始めました。


「音波によって分子波動を抑える方法はいくつかあるが、そのひとつは――」


――「うぉあああああああ! まったく何でおいらが! お迎えいかなきゃなんないんだよぅ!」


 そのとき。長い回廊を、まっ白な毛玉が猛然と駆け抜けていきました。

 私達の黒と蒼の衣のすそがブワリと巻きあがり、顔につかんばかりの勢いで。


「なんだあれは」


 あれは……最長老様の使い魔ウサギ?

 末の弟子のハヤトが、風編みを終えた師のお迎えに行けなくなったのでしょうか。しかし大遅刻もよいところです。

 ふと見ると。すぐそこの中庭でごそごそしている人影が見えます。

 あれは……


「最長老の弟子どもか?」


 ハヤトにエリク。二人ともあそこで何を?

 ハヤトがため息をつきながら床からかき集めて箱に突っ込んでいるのは……

 札遊びの札。


「なんという堕落か!」

 

 たちまち我が師は鼻白み、朝っぱらから遊んでいる二人の弟子を叱ろうと中庭へ入られました。


――「ちょっと今のないよ。エリク、仕切り直して」

「なんでだよ」」

「六翼の女王と竜王の『大決戦』の模擬戦だよ? 実際の用兵を再現してんだよ? なのになんで、こんな札が俺の山札に紛れ込んでるの?」

 

 ハヤトが口を尖らせて一面蒼い札を兄弟子につきつけています。


「うわ、蒼鹿アリンじゃん」


――「!!!!」


 そのとたん。我が師は蒼ざめ、金縛りを受けたかのように硬直なさいました。

 私は慌てて、氷の彫像のごとき我が師の体を支えました。


「エリク、俺の山札に積み込んだでしょ?」

「うっそぉ、俺がそんなズルするわけないじゃんか。ハヤトが自分で間違って入れたんだろ。ゲームぶちこわすゴミ札なんて、いくら何でも入れないわ」

「まるっきりコレクター用の札だよ、これ。引いた奴は金獅子に食われて即敗北。この場に鹿をくらって暴走した金獅子が場に強制召喚されて、対戦相手も大ダメージ喰らって対戦終了、勝利者は金獅子……って、何の意味があるの?」

「全っ然意味ねえよなー。金獅子持ってるプレーヤーに、なんかメリット付加されるならともかくよぉ」

「箱の底に置いといたのに、まぎれるはずないよ。エリクが入れたんだろ?」

「いやいや、違うってー」


 私も我が師も、ラ・レジェンデの札遊びは大嫌いです。

 あの札は金獅子家が統べる北州で作られて、大陸中に広められたもの。ゆえに「蒼鹿を食べると金獅子が大陸最強になる」という、ひどい設定がつけられているのです。

 むろんアリンの札はその無茶苦茶な設定ゆえに、決してゲームで使われることはありません。

 哀れな蒼鹿の定位置は、いつも箱の底。


「エリクがやったんだろ? それとも蒼鹿がひとりで動いて、俺の山札に入ってきたとでも?」

「あぁなぁたに~♪ 食べーられたーくて~♪ 食べーらーれーたーくて~♪」

「やまふーだーにー♪ 駆けーこーんだーのぉ~♪ って、んなわけあるかー!」

「ぎゃはははは!」


 札遊びに流行り歌。

 我々蒼鹿家はこうやってあらゆるところで、金獅子家に貶められつづけているのです。

 哀しいことに。

 




 私は目を見開いたまま固まっている我が師を引っ張り、なんとか小食堂へお運びしました。


「お師さま、神獣戦争なんてもう何千年も過去のことです。神獣などすでに使われない時代なのですから、あのようなものは、本当にただの遊びで……ああお師さま、しっかりなさって下さい」


 氷結した我が師が溶けたのは、私が気つけのワインをなんとかその御口に注いだ時でした。


「白鷹の私生児ごときに、我ら蒼鹿家が貶められるとは口惜しくてならぬ」 


 いまだ能面のごとき我が師は、切々と訴えになられました。


「いつの日か蒼鹿家に、大陸最強の神獣を保有させることができれば……」


 我が師の悲愴なお貌に、私は我が身が裂けそうな思いでした。

 私もひと世代上の我が師も、蒼鹿家本家筋にとても近しい親族。

 我が本家の歴史の真実を幼い頃より教えられています。

 蒼鹿アリンが金獅子家のレヴツラータに敗れたのは、たしかに事実。

 鹿は果敢に戦い、力及ばず砕かれました。

 その結果、蒼鹿家が統べていた州は半分以上、金獅子家に奪われました。

 しかし金獅子家はそれだけでは飽きたらず、いまだにアリンを保有していた蒼鹿家の評判を地に落としつづけているのです。

 鹿が獅子に恋をしたなど。

 一撃で倒されたなど。

 よりによって牝鹿であったなど。

 みな、真っ赤な嘘っぱちです。

 しかしアリンのおかげで私達は世間から馬鹿にされ続けているのです。

 蒼鹿家出身者が寺院でなかなか長老位につけぬのも。五つの大公家の中で一番勢力が弱く、大陸会議ではほとんど発言力を持っていないのも。みな、金獅子家の画策によるものです。

 金獅子家は、由緒ある蒼鹿家をつぶそうと必死なのです。

 神獣の時代以前から存続し、金獅子家よりもはるかに長い血統を誇る、北五州で一番高貴な家を。

 金獅子家の者どもは、寺院でも容赦ありませんでした。少しでも弱みを見せれば、北五州の他の大公家に関わる師弟も容赦なく便乗してきました。

 権謀術数はむろんのこと、実際に恐ろしい呪いも幾度となく飛ばされてきます。

 私は四六時中、金獅子家後見レクサリオン様の弟子から、ラ・レジェンデの札遊びをしようと誘われました。むろんそれは、蒼鹿家出身の私の眼前でアリンを笑い者にするためでした。

 断ると、待ち伏せされて暴力を受けました。その子は取り巻きを大勢持っていて、私が逃げられぬように人垣を作らせるのでした。

 私と一緒にメキド出身のオラトという子もよく苛められていましたが、彼は果敢にもいつも言い返していました。


「金獅子の力を傘に着てるようだけど、あんなの最強でもなんでもない。竜王こそ大陸一の神獣だ」

「ふん、何を言う。お前の国の蛇よりは強いぜ」

「僕の国のガルジューナは竜王の恋人だった。危機に陥れば必ず竜王が助けにきたんだぞ」


 他力本願じゃないかと金獅子家の弟子はせせら笑いましたが、オラトは胸を張りました。


「それだけ竜王に見込まれてたってことさ」


 しかしオラトは、ほどなく事故に見舞われて死にました。

 

 金獅子家に呪い殺された。

 

 公にはなりませんでしたが、だれもがそう信じて影で噂しました。

 私は沈黙していじめに耐えました。はむかえば、攻撃がさらにいや増すと悟ったからです。


 どんなことをしても生き延びる。


 それが、我が心に決めた確たる抵抗でした。





 私が「その方」にまたお会いしたのは、最長老カラウカス様のご葬儀の時でした。

 金獅子家のレクサリオン様がかの方を陥れ、皆に呪い殺させたのです。

 最長老の弟子たちのひとりは追放となり、もうひとりはレクサリオンの預かりとなりました。

 長老達は何くわぬ顔で最長老の死因を病死と公表し、ひと通りの葬儀を執り行いました。

 導師様たちが岩舞台で弔歌を歌い終わられた時、私は我が師をお迎えに階段を登りました。

 階段の途中で私は驚いて止まりました。壁画のある踊り場に「その方」の姿を見つけたからでした。

 あの、白い衣の導師の壁画の前に。

 不思議なことに、お姿は十数年前と寸分変わらず若々しいまま。

 あの時と同じ、白地に銀糸の上着を着ておられ、甘くかぐわしい芳香を漂わせておられました。


「最長老カラウカス様は、よき導師であられましたね」


 私は黙って頭を深く下げました。  


「お悔やみをありがとうございます」


 銀髪の御仁は以前と同じように、お優しく微笑まれました。


「新しい最長老様にご来訪をお伝えします。そのまましばらくお待ちください」

「いえ。よいのです」

「いいえ、どうかお待ちください」

 

 私は岩舞台から降りられてきたレクサリオン様に、事の次第をお伝えしました。

 踊り場に案内してみれば。「その方」はまた、すでに姿を消されておられました。

 新しい最長老様も私の説明をお聞きになると、困惑されました。

 誰がいらっしゃったのかすぐにお解りになられたようで、かつてカラウカス様がおっしゃられたのとまったく同じことをつぶやかれました。


「そやつは、壁画の中に戻っていったのであろう」




   

 銀の髪のあの方は、一体誰なのか。

 皆目解らぬまま、月日が流れていきました。

 金獅子家のレクサリオン様の御世になられると、私たち蒼鹿家への風当たりはいっそう強くなりました。

 我が師は私や下の弟子たちを極力護って下さり、レクサリオン様に幾日も掛け合って、なんとか私を導師にして下さいました。

 その対価として、膨大な貢物と領土が蒼鹿家から金獅子家に贈られました。

 私は反対しましたが、師はこれでよいのだと譲らず、黒き衣をまとった私の姿を眺めて、大変喜んでおられました。

 しかし心労からか師はお倒れになり……急激にお体を悪くされて、臥せがちの毎日を送られるようになられました。


『最弱アリンの家のくせに』


 金獅子家の最長老の決定にもかかわらず、私が導師になったのを気に入らない者たちはかなりいました。師や私の部屋には、毎日たくさんの呪いの波動が黒い式神となってやってきました。

 私の弟弟子たちは一日に何回も、臥せる師の部屋から悪しきものを追い払わねばなりませんでした。

 とある日。弟弟子たちは二人とも、手足に大火傷を負いました。

 放たれる呪いの矛先が、ついに弟子の二人にも向けられたのです。

 レクサリオン様は弟子達が寺院に放火したという不祥事をでっちあげ、寺院から追放しました。

 私は鍾乳洞に置き去りにされた弟子たちを助け、小船に乗せて逃しました。 

 黒き衣を返上したい。

 私は幾度も、師に相談しました。そうすれば、私たちへの攻撃は止むでしょうから。

 しかし我が師は、それはだめだと頑固に拒みました。


「ヒアキントス、蒼鹿家の後見には、必ずや蒼鹿家の者がつかねばならぬ。さもなくば我らが一族に何をされるか。後継は、おまえしかおらぬのだ。それにな……おまえの魔力は寺院随一だ。これほど優秀な者が黒き衣をまとわずなんとする?」 


 我が師は黒衣姿の私を誇らしげにご覧になられ、優しく手を握ってこられるのでした。 


「おまえにならできる。我らが蒼鹿家に、いつの日か最強の神獣を持たせることが。我らが家の名誉を回復させることが」





 私が再び「その方」にお会いしたのは、我が師の葬儀の時でした。

 私は必死に師を呪いからお守りしたのですが、病魔を追い払うことはできなかったのです。

 岩の舞台で導師たちとともに弔歌を歌い終わり、岩の階段を降りた時。

 私の視界に壁画の踊り場が映りました。

 そこには――銀の髪の「その方」が、おられました。以前にお会いした時と、やはりまったく変わらぬお姿で。


「氷結のミストラス様は、よき導師であられましたね」


 踊り場に入った私は、その方に深く頭を下げました。

 かぐわしい甘い匂い。


「我が師を偲んでのお悔やみ、かたじけのうございます」

「おや」


 微笑がその方のお顔に広がり、私の頬に白魚のような手が触れました。


「今回の契約の遂行対象物でしたか」


 契約? 対象物?

 その方の紫の瞳の中に、私は吸い込まれてしまいそうでした。


「ミストラス様とつい先日、契約を交わさせていただきました」


 なんですって? 

 師は、一体どんな契約をあなたと結んだのですか?

 聞くのが恐ろしくて、私は口を半ば開けたままためらっておりました。

 その方は踵を返し、小首をわずかにかしげて目の前の壁画にそっと手を触れられました。


「神聖なる白き契約により、これより半世紀、私があなたの御身を守護いたします。千の精霊と万の神霊があなたを不死のごときにするでしょう」 


 私の背筋は凍りつきました。その方がにこやかな笑顔で述べたその言葉に。 


「契約主の魂を、しかと受け取りましたゆえ」

「そん……な!!」 


 師が身罷られるまでのこの数週間。私はずっと師に付き添っていたのに。

 一体いつの間にそんな契約を?


「手始めに十体、我が眷属をあなたのそばに配します。これでほとんどまかなえると思いますが万一――」

「返してください」


 私は、即座に訴えました。 

 

「我が師の魂を返してください。私の魂を、代わりにお取りください」

「契約報酬の変更をなさりたいと? それは無理です。あなたは契約主ではございませんので」

「では新たに、あなたと契約を結びます。私の魂を対価にして、我が師を……」


 声が、震えました。


「父上を……返して下さい……!」


 師は何も仰いませんでしたが、私は察しておりました。

 私が幼き頃。数年に一度蒼鹿家へ視察にやって来られた我が師は、私をことのほか可愛がられ、必ず膝の上に乗せてくださいました。

 あの頃から、私は察しておりました。夫のいない我が母が、なぜ皆の尊敬を一身に受けて蒼鹿家の本家に住まっていたのかを。

 だから導師になりたいと、私は自ら志願してこの寺院へ来たのです。

 父のお役に立ちたかったのです……

 

「そう求められましたら、こう答えろと。契約主様からお言葉を託されております」


 その方は紫の瞳でじっと私を見つめてこられ、私の目からこぼれる涙を長い指でそっとすくい取られました。


「大望を果たさずして、我の復活を成すことは決して許さぬ、と」

「!」


 刹那。

 いまわのきわの我が師の顔が私の脳裏に浮かびました。

 切々と訴えてくるあのまなざしを。瞳からこぼれるひと筋の涙を。

 私の腕をギュッと握ったあの、暖かい腕を。



『どうか蒼鹿家に神獣を……おまえにならできる。私のメル』





『やっほー。うっほー。うわあすげえ! ちょっと弟子、おまえも見てみろよ。すてきなお部屋が見えるう』 


 水晶玉を前にして、頬杖をつく私はため息をつきました。

 アスパシオンの馬鹿声は、大変耳障りです。彼のアホ面も見ていて呆れます。

 コルとロル。メキドに送り込んだ弟弟子二人の素性がばれるとは、少々奴をみくびりすぎていたようです。


『うわぁあ真っ青! やっぱなんだかんだ言って、こいつアリンのことが……』


 好きですけど何か?


『弟子い、見て見て。ほら碧眼。かっこいい? ボク青鹿アリン。すごく、つよいんだよ。ぶっ……ぎゃはははは!』


 ……。

 ふん。

 レクサリオンにお目こぼししてもらった落ちこぼれのくせに。


「我が守護者殿」

「はい。お呼びになられましたか?」


 水晶玉の回線を切り、私は背後を振り向きました。

 銀の髪の方が小首を傾げて微笑んでおられます。私の刺すような視線を、その方は柔らかな表情と甘い香りで受け止めておられます。


「守護者殿。メキドにいる黒の導師どもが、私に攻撃をしかけてきそうです」

「それは大変ですね」

「黒の導師どもを排除してくださいますか?」

「かしこまりました。ご契約の通り、あなたの御身をお守りいたします」


 その方は軽く頭を垂れ、次の瞬間、霞のごとく消え失せました。

 いつものように。

 彼の鉄壁の守護のおかげで、私は寺院で着々とそれなりの地位を築くことができました。金獅子家のレクサリオンを排除できましたし、まだ寺院内だけですが、ラ・レジェンデの札遊びを禁止させることもできました。

 私が渇望するものも、もうじき得られることでしょう。


「お師さま! なんで最長老の位を固辞されたんですか? 長老様方がみんな推されたんでしょう?」


 息せき切って蒼い部屋に駆け込んできた我が弟子に、私は目を細めました。


「レスト、私はまだ若輩ですよ。一気に上りつめては敵を増やすだけです」

「でも!」

「もう一度長老の皆様が求めてきましたら、お受けします。披露目の宴を開きますから、花火をあげてくれますか?」

「は……はい! 任せてください! お師さまのためにたくさん、たくさん打ち上げます。俺の腕前をごらんになってください!」

 


 お師さま。

 私は必ず大望を果たします。

 無邪気で無知な蒼鹿の子が、このまま辛さも哀しみも知らないでいられるように。

 あなたが死の奈落から呼び戻されて再び目を開ける時。

 あなたはきっと知ることでしょう。

 

 我らのアリンが世界中の神獣を従えて。 

 北五州を統べる、王家となっている様を。

 


メルの本名はメルサリス・アリンシーニン。

数百年後に寺院の弟子になるセイリエンのサリスと同じです。

メルサリスは蒼鹿家で代々使われる名前のようです。


しかし蒼鹿家視点だと、師匠たちがすんごい悪役のように見えますね^^;

戦う者にはそれぞれの理由がある、ということで。


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