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序歌 4話 捧げ子

 親を決める儀式に、僕はとてもびっくりした。

 舞台の上の七人の魚喰らいがいきなり僕ら五人の白装束を脱がして、生まれたまんまの姿にしたからだ。


「えっ。待って、ちょっと! どうして?」


 うろたえたのは、僕だけ。

 肌黒のラウは大事な所を隠さず堂々としてて、余裕でさらりと長い黒髪をかきあげてる。

 金髪のレストはどんと腕組みをして、座席の魚喰らいたちに不敵な笑み。


「なんか、奴隷市場みたい……」


 僕がそわそわしてつぶやくと。


「いいえ、売買ではありません。私たちは導師様に選び取られて、その方の弟子となるのです」


 両手で前を隠しつつも、すっと背を伸ばしているリンが囁いた。


「生まれたばかりの姿に戻りしことは、すなわち『新しく生まれ変わる』という、擬似的な転生をあらわすものなのです」


 リンの言葉は難しくてよくわからなかったけれど、この子はものすごく賢いんだな、というのは分かった。

 ふと横を見れば、赤毛のトルが胸を隠している。僕はどきりとした。トルの胸にはなんだかすごい傷跡がある。首の下からお臍のあたりまで、縦一線。口を引き結んでうつむいてるから、見られたくないんだろうな……。

 僕は傷跡に気づかないふりをして真正面に顔を向け、自分の大事なところを隠し、遠慮がちに立った。レストとかラウみたいにふんぞり返って「どうだ見ろ」ってのは、どうにも無理だった。

 石の座席にいる魚喰らいたちはどの人も、刺してくるようなきついまなざし。なんだか僕に視線が集中しているような気がするのは――気のせい?

 魚喰らい全員が、僕ひとりに注目しているような……あ、全員じゃない。

 ふと、石の舞台と目と鼻の先の一番低い座席に座っている人が目に入った。鼻をほじりながら、のんびり空を見上げてる。黒い髪がばっさばさに伸び放題で、無精ひげがびっしり。でもその人ののんびりした顔を見ると、なんだかホッとした。この人だけ、こっちを見つめてこないからだろうか?


「第一の捧げ子は」


 金縁取りのレクサリオンが一番左の金髪のレストの腕を掴んで、舞台の中央に引っ張っていく。


「生前名レストワリ・アリンシーニン。出身は北五州。十一歳。蒼鹿家第二公子。頭髪、金。虹彩、蒼」


 レストが紹介された直後。黒い衣の魚喰らいたちの視線が一斉に、僕から腕組みする金髪の少年に移った。僕は体から槍を抜かれた気分になって、ふうと安堵の息をひと息。


「アリンシーニンですぞ、方々」

「おお、あのアリンの」「あのアリンですな」

「北五州の古代王家の子がきましたか」

「血統は最高ですな」「最高といいますか、まあ、高貴さにかけては随一」

「金の髪が何よりの証拠、魔力もそこそこかと。さすが混じりけのない血筋」


 黒い衣の魚喰らいたちが、ザワザワひそひそ。ずいぶん威張っている奴だと思ったら、公子さまだったのか。魚喰らいの囁きを聞いた僕は唖然。

 金縁取りのレクサリオンが、ざわめきを止めるよう杖をどんと突いた。


「この子の親になりたい者は、舞台へ参られ名乗りをあげられよ」


 しんと石の座席が静まり返った。みんな顔を見合わせて、お互いの顔色をうかがっている。

 鼻をほじってる魚喰らいは……一瞬ちらりとレストを見やったけれど、またのんびり空を見上げてる。ぜんぜん、興味ないようだ。

 みんな公子さまは畏れ多いと思ってためらってるんだろうか。僕が首を傾げると同時に、ひとりの魚喰らいがすっくと立ち上がった。


――「その子をいただきます」


 その人はレストと同じ、まぶしい金髪の持ち主だった。肩幅が広くて、がっしりしていて、まるで戦士のよう。


「黒き衣のヒアキントス。すでに一人弟子がおりますが、レストワリをぜひ二人目の弟子にしたく思います」


 金髪のレストが嬉しそうににっこりした。あ、こいつ、ちゃんと子供らしい笑顔ができるんだ……。


「やった! ヒアキントス様だ。絶対選んでくれると思っていた」

「親戚なのか?」


 黒肌のラウがこそっとレストに聞く。金髪の公子はうむ、ともったいぶってうなずいた。


「従兄弟の叔父上なんだ。我が家の後見をしてらっしゃる」

「なるほど、蒼鹿家のご参謀か」


 レストが欲しいと名乗りを上げたのは、その金髪の人ただひとり。


「汝はヒアキントスのレストとなった」


 レストはそう宣言されて、師匠となった人に手を引かれ、裸のままで露天の広場を出ていった。

 師も弟子も、お互い大満足といった顔だった。





「第二の捧げ子は……」


 次に年寄りのレクサリオンは、肌黒のラウを紹介した。

 ラウは十一歳。南方連合と呼ばれる南の国々のひとつ、テングーワ王国の王子さまだった。

 そういえば初めて会った時、この子が着てたひだいっぱいの服はすけていた。南の王国は暑いんだろう。

 ラウを欲しがったのは、肌の黒い人と、すごく太った人の二人。ほかは黙して動かず。鼻をほじってる魚喰らいは――ちらっと見ただけで、また空を見上げてる。

 金縁取りのレクサリオンは、太った人の方にラウを渡した。どちらも二人ずつ弟子がいるらしいけど、太った人の方が、「序列」というのが上だったらしい。

 こうして肌黒の王子さまは「オレウムのラウ」となり、師になった人に手を引かれて、裸のままで広場を出て行った。





 次に「第三の捧げ子」として紹介されたリンは十歳。スメルニア皇国という、僕でも知ってる北の大帝国の、二十一番目の皇子さまだった。お母さんは聞いたことのない部族の人で、十二番目の夫人らしい。


「頭髪、鳶色。虹彩、菫。母君は、水鏡の里のご出身であられる」


 リンの紹介を聞き終わると、魚喰らいたちはざわついた。

 鼻をほじる魚喰らいは――一瞬だけ指を止め、リンをちらっと見たけれど。どうでもいいという感じにまた空を見上げてる。

 リンが欲しいと名乗り出た人の数は、なんと十人以上。彼らはリンの近くに寄ってまじまじと眺め回した。


「これはすばらしい。メニスの混血とは」

「菫の瞳を見てもしやと思いましたが、間違いないでしょう」

「スメルニア皇家は三世代内に一度、必ずメニスの血を入れる。寿命が劇的に延びるゆえにな」

「私はこの子でよい。混血の子を育てるのは面白かろう」


 目の前でささやかれる魚喰らいたちのヒソヒソ話を、リンはものすごく哀しげな顔で聞いていた。

今までも、お母さんの血筋のことでいろいろ言われてきたんだろうか。

 序列が一番高い鋭い目の人には弟子が四人いたので、リンはまだひとりしか弟子を持ってない人に渡された。とても穏やかそうな顔をした人に。

 僕はそれを見てなんだか安心した。リンのお師匠さまになった人は、魚喰らいたちがヒソヒソしている間何も言わないで、ただにっこり、リンに笑いかけてたからだ。

 こうしてリンは「メディキウムのリン」となり。手を引かれ、裸のままで広場を出て行った。





「第四の捧げ子」として紹介された赤毛のトルは、かなりかわいそうだった。

 はじめ、欲しがる人がひとりも出てこなかったからだ。傷のせいじゃないかと、トルは身を縮めてますます胸を隠して縮こまってた。

 赤毛のトルは十歳で、西の果てのメキドという王国の三番目の王子さま。

 魚喰らいたちは、なぜかみんな渋顔。そのとき、鼻をほじるあの魚喰らいが声をあげた。人差し指をすぽっと抜いて、トルを指さしながら。


「あー、そう言や、メキドの王家ってさ、つい先日反乱起こされて、国王ぬっ殺されて、王家は大没落したんだっけ? だからだれもいらないの? これじゃ引き取ってもメキドの後見にゃぁなれないもんなぁ。じゃあ、俺もらっちゃおうかな? いい?」


 すると石舞台の上にいるあの黒い髭ぼうぼうの魚喰らいが、ハッと我に帰った顔でずいと進み出て、赤毛のトルの腕を掴んだ。


「アスパシオン、待ちなさい。弟子をもつには、君はまだ若すぎる。この子は、私がもらう」

 

 すると。


「そうですよ、アスパシオン。あなたはまだカイヤールを読破してないんですから。その子は私がいただきます。弟子は五人まで持てますからね」

「ええ、アスパシオンはまだまだご自分の修行をなさいませんとね。私のところも四人ですので、まだひとり空きがございますよ」

 

 なんと石の舞台の上にいる魚喰らいたちが、トルの周りに群がった。


「おお、さすが長老様! みんな人徳あっついなあ。じゃあ、俺は遠慮しまーすっ」


 鼻をほじる魚喰らいは、肩をすくめて鼻くそをぴんと飛ばし、また空を見上げてる。なるほど、石の舞台にいる七人はみんな長老さまなのか。

 結局トルは金縁取りのレクサリオンをのぞく六人の長老さまに名乗りをあげられ、一番始めに声をあげた黒髭の人の弟子になった。長老の中では弟子の数が一番少なくて三人しかいないから、というのが、その人に決まった理由だった。

 こうして「バルバトスのトル」となって、赤毛のトルが師に手を引かれ、裸のままで出て行くと。

 いよいよ、僕が紹介された。


「第五の捧げ子は、ペペ。推定十歳。エティア王国極北特別管区白麦村出身。頭髪、黒。虹彩、菫」


――「ぺぺ?!」


 とたんに、あの鼻をほじる魚喰らいがすっとんきょうな声をあげた。


「まじで、ペペ?」


 鼻にひとさし指を突っこんだまま、目を丸くしてこっちを見てる。なんだよ。今の今までぜんぜんこっちを見てなかったくせに。この人も犬の名前? とかいって笑い出すんじゃないだろうな……。


「この子の親になりたい者は――」


 金縁取りのレクサリオンがみなまで言わないうちに。石の座席からどやどやと、魚喰らいたちが降りてきた。


「え? えっ? ええええ?!」


 僕は目を白黒させて、あとずさった。ち、ちょっと、一体何人来るの? 

 石の舞台にいる長老たちも、みんな僕の目の前にやって来る。鼻をほじる魚喰らいも、なんだか難しい顔をしてのそのそとこっちに来る。

 わけがわからず、僕はぽかんと口を開けた。黒い衣の人垣のすきまから見える石の座席は、すっかり空っぽ。誰も、座っていなかった。

 

 ただの、ひとりも。
















 

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