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輪廻の歌 10話 映し見の鏡

 フィリアにもらった右手は素晴らしいものでした。

 素材は灰色の導師が創る鉄の鳥と同じもの。白銀と数種類の特殊な金属が混ぜ込まれた

合金で、工房にたくさん在庫があったそうです。


「この金属は有機体とすごくなじんで、自動的に神経を繋いでくれるの。それにしてもここにある工房はすごいわ。どんな金属も揃ってるし、炉も高性能なものが完備されてるの。夢みたい」


 精巧に再現された関節。自由に動く指!


「フィリア、ありがとう、なんて、お礼をいっ――」

「それじゃ私、忙しいから。何か不具合があったらすぐに言ってね」 


 母親譲りの技術を持つメニスの少女は、僕のお礼の言葉を皆まで聞かぬうちに工房に走り去っていきました。

 おかげで我が師は上機嫌この上なし。最高にニヤニヤしています。


「脈ないな。うん、全く皆無」

「え? 僕が、あの少女と、ですか?」

「どーなの? おまえ好きなの? あの子好きなの?」

「いえその、かわいいなとは、思いますけど」

「けどあっちの方がすっごく年上だもんなぁ。フィリアちゃんがおまえに惚れるなんて、ありえないよなあ。それよりさ、弟子、おまえ寺院に未練ある?」

「え? 」

「最長老が殺されちまって、バルバトスが北五州でいちびってる今、寺院はきっとヒアキントスの天下になってるよなぁ」 


 あの冷酷なヒアキントス様のこと。北五州の金獅子家を攻めるのに失敗しても、バルバトス様にすべての責を負わせて切り捨てることぐらい簡単にやりそうです。

 だからこそ自分は、寺院から一歩も動かずにいるのでしょう。


「弟子は嫌か? このままヒアキントスをほっとくのは」

「もちろんです」


 僕は即座に答えました。


「許したくありません。あの方は、罪を償うべきです」

「正義の心が疼くってやつか。若いなぁ。俺はガンガン復讐してやろうって気にはならんのよ。人に嵌められはしたけど、おかげであの窮屈な寺院の外に出られたわけで、なんだか解放感みたいなものを感じてるんだよな。あんまり居心地がいいもんだから、寺院のことは忘れてのんびりここに居座るって選択肢もありかもなって思っちまってる」


 街を焼かせ、我が師を貶め、殺人を犯した人が平気で寺院の長老の座につくなんて。

 罪を償わないなんて――。


「ああ弟子、そんな顔するな。わかってるって。放っておいたらヒアキントスは、またいずれ自分の利権のために戦を起こすに決まってるわな。この島で殴りこむってのも豪快でいいなぁ」


 それはいい考えかもしれません。

 しかし寺院には毎日強力な風編みの結界が張られています。島にある兵器でそれが破壊できるでしょうか?

 我が師はたぶんムリだろうと苦笑しました。


「導師の風編みの力をなめちゃいけないぜ。でもとりあえず、この島だけ切り離して動かすようにするって、エリクの野郎ががんばってるわ。あいつもこの島を使って、寺院に帰ることを考えてるのかもな」

 ――「ハヤトさーん」


 円堂で話している僕らのもとへ、フィリアが手を振りながら戻ってきました。


「兄弟子さんからの伝言忘れてたわ。ごめんなさい! ちゃんと映し見の鏡で見張りしろ、監視鏡でちゃんと見えてるぞコラ、ですって」 

 


 


「ったくエリクの野郎、人使い荒いよな」


 きっと「僕の世話をする」という名目でさぼりたかったのでしょう。

 あてがはずれた我が師は渋々、僕を背負って円堂から離れました。

 白くて小さな花が一面咲き乱れている庭の真ん中に、円柱が円く並び立つ遺跡があります。

 その真ん中にはまっている大きな蒼い鏡のようなもの。それが映し見の鏡です。

 我が師が鏡に近づいて縁の蒼い宝石を押すと、さっそくどこかの国の、大きな街の様子が映し出されました。

 緑の森にうっそうと囲まれた、白漆喰の建物がひしめきあう街です。


「すごいだろ? 島のそこかしこについてる鏡みたいなやつが捉えた幻像が、あっという間にここに転送されてくるんだぜ。拡大も縮小も思いのままさ」

 

 そう言いながら、我が師が今度は鏡の縁の赤い宝石を押すと。

 情景がぐぐっと拡大されて、市場の上空が映し出されました。

 屋台に並ぶさまざまな果物や腸詰肉。いろんな種類の蜂蜜。ガラクタが積み上がる蚤の市。

 通りを行き交うたくさんの人々……。

 雪はどこにもなく、人々の服装は半袖や袖なしで涼しげなもの。木々はヤシやシダ科の南国に生えるものがちらほら見えています。島はずいぶんと南方に来ているようです。

 どうよ? と、自分が作ったものを自慢するかのように我が師は胸を張りました。


「弟子、この赤いのと青いのと黄色い宝石以外いじっちゃだめだぞ? 変なとこ押してみろ、きっと下の大地にまぶしい殺人光線がどばーっと降り注ぐからな? だから絶対いじるなよ。見るだけだぞ」

 

 あ。もしかして我が師は、兄弟子さまにそう念を押されてここの機能説明をされたのかも。

 とても得意げですけど、うんちくも操作方法も統一王国の時代に生きていた記憶がある兄弟子さまに教えられたんでしょうね。 


「ここ、なんて街ですか?」

「んー、ずいぶん西南に飛んでるんだよな。こいつはたぶん、メキド王国の王都じゃね?」


 しごくサラっと、我が師は言いました。


「今この島はその真上にいるってわけさ」

「え? メキド?!」


 ここが、トルの国――!

 僕は食い入るように鏡に映った幻像を眺めました。きれいな街並みや、通りを行き交う人々の幸福そうな顔を。

 そして思い出しました。赤い髪の、親友の顔を……。


「すっごくいい国みたいだなぁ」

 

 鼻をほじりながら我が師がのんびりつぶやきました。


「お師匠様、王宮を、王宮を見せ……ひくしっ」

「うわ、くしゃみ? 下は暑いけど、ここは高度高いから寒いよな。温室戻るか?」

「いえ! もう少し、見せてくださいっ」


 それならばと我が師は僕を鏡の縁に寝かせ、防寒になるものを取ってくると言って居住地域へ走っていきました。

 僕は大通りの先にあるメキドの王宮をつぶさに眺め、トルの姿を探しました。

 城壁の上には南国らしいヤシのような木がきれいに植えられ、そこから周囲の掘に滝が幾本も流れ落ちています。コマをひっくり返したような円錐形の巨大な宮殿には、尖塔がいくつもついていました。

 王宮の窓際に人影がたくさん映っています。もっと拡大すれば人の顔が……

 右手がちょうど泉の縁についたので、黄色の宝石をいじってみると。


「ううっ、切り替わった? そんなっ」


 画面が一変して島の周りが映し出されてしまいました。

 白い雲海や近くに浮かぶ島々。滝が流れ落ちて底の方で循環している島や大木の根が網の様に底部を覆っている島が見え、かなりの絶景です。


「ああもう、トルを探したいのに」


 しかし金属の手だけが自由に動くのは、おそらくその組織が変若玉(オチダマ)に犯されていないから。つまりメニスの純血種の呪いは、有機体には浸透するけれども金属には作用しない、ということでしょう。

 僕はおのが右手をまじまじと見つめました。

 

 もし、左手もこの手だったら?

 もし、この足もそうだったら?

 いや、いっそのこと……


――「弟子ぃ、あったかそうな布見つけてきたぜ」


 我が師が毛皮とも布ともつかぬふわふわした布を持ってきて、僕の体にかけてくれました。窓のない部屋の四方にかかっていたカーテンだというのですが。


「くすんでて汚いけど、すげえあったかいだろ?」

「そ、そうですね。ありがとう、ございます」


 僕はかいがいしい我が師の顔色を窺いながら、工房に連れて行ってくれと頼んでみました。けれども。


「もしかして、フィリアちゃんに作ってもらうつもり?」


 その考えはしっかり見透かされていました。


「手足も体も、全部つくりものにしてもらうつもり?」

「……はい」

「だめだめ! ぜったいだめ! 機械人間なんてきもすぎるっ」


 我が師は口を真一文字に引き結んで、激しく拒否しました。

 でもそれ以外に、僕が自由になれる可能性はないような……


「俺がなんとかする! 任せろ!」


 我が師は偉そうに胸を張りました。とても自信に満ちた顔で。


「要するに。弟子が弟子じゃなくなればいいんだ」


 我が師は自信満々で変身術の韻律を唱えました。

 その呪文の言葉はまさしく、ウサギに変じさせるもの。

 なるほど、「今の僕」でなくなれば、メニスの支配の力は及ばな――


「あれっ?」

「あ、だめみたいですね」

「うそおおおっ」


 長い耳も白い毛も少しも生えて来る気配なし。

 魂が抜けなくなっているので、輪廻に密接に関わる変身も無理なのでしょう。

 我が師はガックリとその場に両手をつきました。


「ちくしょう! ちくしょう! 最悪っ!」

「やっぱり、脳味噌をとって体を全部金属に……」

「だめだ! もふもふウサギのサイボーグならともかく鉄の兵士と同じになるなんて!」


 我が師が拳を地に打ちつけたとたん、ヴンっと鏡の画面が切り替わりました。

 一瞬三色の宝石以外のところを押してしまったかと、我が師はびくついて鏡から身を引きました。幸い他の色の宝石には触れなかったようです。

 映し出されたのは、島の真正面。

 空イルカたちが群れを成して、こちらに泳いできています。

 哨戒区域を順繰りに巡っているイルカたちは、迷わず島の周りを回っています。視覚以外のもので島を感知しているのかも。って……


「ちょっと、お師匠様、これっ!」


 イルカの群れのしんがりを見て、僕は引きつりました。

 灰色の導師の大きな鳥の形の船が、群れを追いかけるように飛んできているじゃないですか!

 イルカの動きのせいで島の存在が気づかれた? 


「うわ。やっぱイルカでばれたか。ヤバイと思ったんだよなー。ったく、エリクの野郎とろいから」


 兄弟子さまはこの事態を危惧していたゆえに、島を他の島から切り離そうとしていたようです。


「弟子、俺は基地に潜って出してくる。おまえはここにいて、何かあったらそこの紫の宝石押して報告しろ。基地に繋がるからな」

 

 出してくる? 一体何を?

 我が師が走り去っていくらもたたぬうちに、島の真上に灰色の導師の飛空船が現れました。

 肉眼で見えるぐらい近づいてきたその船体には、無数の鉄の鳥たちがびっしり。

 うっすら輝く結界の目前に近づくと、鳥たちは一斉にバッと飛び立ちました。

 すると。目の前の映し見の鏡が真っ赤に染まり、点滅し始めました。


「シリアルナンバー1212ヨリ緊急報告。敵発見。敵発見。八番島、至急迎撃セヨ」

「シリアルナンバー1213ヨリ緊急報告。八番島、至急迎撃セヨ」

「シリアルナンバー1214ヨリ緊急報告……」


 点滅する鏡に映る空イルカたちの頭から、光の波紋が出ています。

 今まさにこの島を回っている彼らが、警告を送っているようです。

 そのイルカたちの群れに襲い掛かる、弾丸のような速さの銀色の塊……


「鉄の鳥たち!? そんな!」


 恐ろしい勢いで飛ぶ鳥たちは、一瞬にして次々とイルカの胴体を貫いていきました。

 およそ鳥とはいえない動き。眼にも留まらぬ速さ。

 優雅に雲の海を泳いでいたイルカたちが、鳥たちに無残に射抜かれて雲の海に落ちていきます……。


「お母様やめて!!」


 泣きそうな顔でフィリアが地表に飛び出してきました。


「鳥たちを使わないで! でないと撃つわよ!」


 手に金属の太い筒のようなものを担いでいます。

 けれども、鳥たちは動きを止めませんでした。

 イルカたちを駆逐した鉄の鳥たちは、今度は結界めがけて突進してきました。

 鋭いくちばしを向けて体当たりしてきて、はじかれて、砕かれていく鳥たち……。

 彼らが我が身を捨ててひびを入れたところに、灰色の導師の船の舳先が食い込んできました。船がギリギリと無理やり穴を押し広げると。

 ギヤマンが砕け散るように島の結界が割れて、粉々に消え去りました。


「お母様のバカ!」


 フィリアは震える手で金属の筒から一発大きな光球を打ち出し、へなへなとその場にへたりこみました。

 光球は船のそばをかすめて虚空に飛び、消えていきました。 


「お師匠様! 結界が、破られました!」


 僕はすかさず紫の宝石を押して伝えました。

 そのとたん花咲く庭ががくんと陥没して、そこかしこから黒光りする四角い砲台が地下から

せりあがってきました。

 台の上には望遠鏡のような細長い筒。その筒が一斉に飛空船に向かって光線を吐き出しました。

 我が師が出すと言ったものはこれ?

 空中にも、異様なものが浮かびあがっています。

 凄まじい速さで回転する、黒い鉄球のようなものがたくさん。

 球の表面の小さな穴から、船に向かって熱線が飛び出しました。

 島の攻撃に負けじと飛空船の鳥の頭の船首が輝き、迎撃の熱線が周囲を一閃。

 一瞬にして庭が焼かれて燃え上がり、斬られた地面が音を立ててはねあがりました。

 砕けた大地が、へたれこんでいるフィリアに振りかかって……


「きゃああ!」


 危ない!!


 その瞬間。信じられないことに、僕の体が――


「ぺぺ?!」


 動きました。僕の思った通りに!

 フィリアをかばった僕は、彼女をしっかり抱きしめて地に転がりました。


「体が……動いた?! なんで?」


 目を見開く少女の頬に、ふわりと僕が被っていた布がかかりました。

 我が師が持ってきてくれた、不思議な肌触りの布が。

  




――『私のペペ!』


 激しく応戦する飛空船の中から、主人たる者の声が聞こえます。


『どこにいる!』


 はい……僕は、ここにいます。


『こちらに来い!』


 けれども。僕の体は、不思議なことに動きませんでした。


「ぺぺ、それ!」


 フィリアはかばわれた姿のままで、僕が頭から羽織っている布を指さしました。


「オリハルコンの布じゃないの!」


 我が師が持ってきてくれた布はとても大きく、ずるずると地をひきずるぐらいです。


「この布……ああ、やっぱり! これ、神秘の合金の糸で織られているのよ。すごいわ!お母様の命令を遮断するのね!」

 

 つまりこの布で全身を覆っていれば……自由に動ける?   

 布を頭から被った僕は、よろよろと立ち上がりました。

 まったくの偶然ですが、我が師が本当になんとかしてくれたのです。


「ぺぺ、逃げるわよ! もし結界が破れたら、この島から退避するようにって兄弟子さんに言われたの」


 僕らはすぐに庭の裏手に置かれている大きな鉄の鳥の背に乗りました。


「心配しないで。ハヤトさんは兄弟子さんと一緒に脱出するはず」


 鉄の鳥はすぐに飛び立ちました。 


『待て!』


 島は、火の海。燃え上がる飛空船からよろよろと灰色の導師が出てきて、飛び立った僕らに向かって右手をかざしてきました。

 不気味な韻律と共に光の矢が襲いかかってきて、鉄の鳥の翼に大穴を開けました。


「くそ!」


 僕は銀の右手を布から突き出し、なんとか結界を張りました。


『私のウサギ! 戻れ!』   


 怒りを帯びた導師の声が、はるか頭上の天空から響いてきます。


『戻れ! 我がもとへ! 我が娘を連れて戻れ!』


「浮力が足りないわ」


 フィリアは歯を食いしばり、何とか風に乗せようと鳥の姿勢を幾度も変えました。しかし――


「だめ、浮き上がれない。動力も射抜かれたみたい。しっかりつかまって!」 


 鳥は雲の海に落ち、ぐるぐる回転しながら下がっていきました。

 眼下に広がる大地へ向かって……。




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