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序歌 3話 湖渡り

 次の日の朝。僕らは船に乗せられて、鏡のような湖を渡った。

 船には白装束の子五人。黒い衣の魚喰らいが五人。

 見送りは、盛大なものだった。

 銀色の三角帽子の神官さまは、香炉を揺らしてもくもく甘い煙をたてて、神さまに祈りを捧げてた。

 その後ろの楽師さんたちは、フィーフィーと物悲しく鳴る楽器を吹いてた。

 そのさらに後ろに並ぶ管理官さまたちは、花びらを湖や船にふり撒いてた。

 それはまるっきり……


「お葬式じゃんか……」


 遠ざかる見送りの人々を眺めながら僕が蒼ざめると、隣の赤毛の子が肩をすくめた。


「死者に、なるから。僕ら」


 黒髭ぼうぼうの魚喰らいは、死者になるみたいなことを言ってたから、僕は気が気じゃなくなった。 

 寺院に連れて行かれたら、いけにえにされるんじゃ? 

 そんな心配が頭をよぎって首のあたりがざわざわしてたまらなかった。でも、とって食べられることだけはなさそうだ。魚喰らいは魔力が落ちるのを防ぐために、お肉は食べないって噂だから。

 僕を連れて来た一番偉い魚喰らいが、船の舳先に立っておごそかに僕らを見渡した。


「これより名を取る」


 魚喰らいは順繰りに僕らの前に来て、頭にぱっと広げた手を載せて。白装束のみんなから、生まれた時にもらった名前を取っていった。


 金髪のレストワル・アリンシーニンはただのレストに。

 黒い肌の女の子、ジャワララウ・テングーワはただのラウに。

 色白の女の子、シェイリン・ヘイロンはただのリンに。

 赤毛のトルナート・ビアンチェリは、ただのトルになった。

 そして僕は―― 


「ペペは、ペペでよい」


 そう言われた。すると金髪のレストがぷっと吹き出した。


「犬の名前か?」


 肌黒のラウがくすくす笑いを噛み殺してる。鳶色の髪で白い肌のリンは、優しそうなあわれみをたたえた目で僕を見てる。隣にいる赤毛のトルが、そっと囁いてきた。


「苗字無い、珍しい。お生まれは?」

「すぐそこの村だよ。白麦村。白麦村のぺぺ」

「そう。ご出身、僕のは、メキドだ。西の」

――「共通語をまともに話せないのか、メキド人」


 あぐらをかいてる金髪のレストが、腕組みをしてニヤッとした。同い年ぐらいなのに、すごく偉そう。


「ずいぶんと低能な家庭教師を雇っていたんだな」

「メキドはへき地ですもの。仕方ないですわ」

 

 肌黒のラウが、船べりにくたりと頬づえをつく。背筋を伸ばしてきちんと正座している少女リンが、賛同の意を表してこくりと頷く。金髪のレストは僕を見てくつくつ笑った。


「犬でもちゃんと喋っているのにな」


 次の瞬間、カッと目に炎を灯らせて、赤毛のトルは金髪のレストに掴みかかった。


「犬、言うな! 失礼千万!」


 僕は驚いた。トルはなぜか僕のために怒っていた。自分こそ散々言われたのに。僕はあわてて二人の間に割って入った。


「や、やめろよ二人とも」


 そのとたん。


『シレンテイウム!』


 雷のような声がとどろいた。

 黒髭ぼうぼうの魚喰らいが呪文を唱えたのだ。そのひと言をくらった直後、レストとトルだけでなく、みんな一斉にリンみたいに正座の姿勢になった。

 金髪のレストは呪文を放った相手を睨んだけど、黒髭の人は怖い顔をして取り合わなかった。

 赤毛のトルが僕を見てにっこりしてる。怒ってくれてありがとうと言いたかった。でも口は、魔法のせいで貝のように閉じて開かない。だから僕もにっこりし返した。

 

 湖を渡る航海は、数刻もかからなかった。パンとワインを乗せた供物船があとからついてくる。湖の上に不思議な風が吹きわたっていて、船の帆はぱんぱん。ものすごい追い風だ。

 まるで綱でもついていて手繰り寄せているかのように、船はするすると湖の上をまっすぐ、ものすごい速さで進んだ。前方にうっすら向こう岸が見えてきたとき。黒髭の魚喰らいが白装束の僕らに申し渡した。


「まもなく寺院に到着する。戒めの韻律を解くゆえ、さきほどのような騒ぎは起こさぬよう」


 その直後。ぶつぶつ唱えられた呪文と同時に、僕らの体は自由になった。


「さあ、いよいよだ」


 すると金髪のレストがさっそくにやりと口を開いた。


「寺院についたら、誰がどの導師様のものになるか、決められるぞ」


 向こう岸が迫ってくる。

 左右は険しい岩山。正面には、砂地の岸辺に沿ってそそり立つ、天を突くような岩壁。その岩壁に、丸い孔がたくさん開いている。孔は……。


「うわ……これ、窓?」


 僕はびっくりして息を呑んだ。まあるい窓がいくつもいくつも、岩壁に開いていた。

 数え切れないぐらい、何百も。





 僕が目をこらしてそそり立つ岩壁の寺院を眺め上げると。無数の孔の窓に、子どもたちがいっぱい張りついてるのが見えた。

 どの子もみんな、蒼い衣を着てる。

 手を突き出してこっちをゆびさしてたり。押しあいへしあいしてたり。結構たくさんいる。 船が木製の細長い船着場に音もなくつくかつかないかのうちに、その子どもたちがわらわらと石の階段を降りてやってきた。そこには二人の魚喰らいがいて、船が来るのを待っていた。

 船を降りた白い死に装束の僕らは、その二人に案内されて岩をくりぬいたアーチ門をくぐった。ふと後ろを振り向けば、船に乗っていた五人の魚喰らいたちは、蒼い衣の子どもたちに囲まれていた。


「お師匠様、お帰りなさい!」「お師さま!」「さびしかったです!」


 みんな、ものすごく嬉しそう。魚喰らいたちも。蒼い衣の子どもたちも。

 トンネルのような暗い門の先はひらけた中庭。僕らを先導する白髭の魚喰らいは土の匂いがする地面をつっ切って、向かい側にあるアーチ型の門をくぐった。

 二つ目の門の先もちょっとひらけた空の見える空間で、目の前には円筒形の大きな壁。そこにも、岩の門があった。白装束の僕らは、その三つ目の門のむこう、円筒形の壁の中に連れて行かれた。


「うわ?」「わあ」「けっこう広いね」


 中に入るなり、思わず目を丸くする僕たち。

 そこは空突きぬける露天の広場。丸い石の舞台をぐるりと段々の石の座席が取り囲み、すり鉢状にせりあがっている。そして石の座席には、黒い衣の魚喰らいがずらり――。

 白装束の僕らは石舞台の上に並べられ、四方からじいっと、黒い衣の大人たちに眺められた。

 何人いるんだろう。百人?二百人? 

 すごくこわい雰囲気だ。みんな、無言で食い入るように僕らを見つめてる。

 僕らを連れて来た五人の魚喰らいが広場に入ってきて、舞台に上がってきた。

 そうして舞台に七人の魚喰らいがうちそろったとき。どこからかゴオンと大きな鐘の音が響き渡った。

 僕を連れて来た金縁取りのレクサリオンが、おごそかに告げた。杖を掲げ、まるで神さまのように。



「これより、捧げ子の親を定める」

 








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